天賦の才能
グリサリィ入学から2日目、ロネウ含める1-2合計22人がグラウンドに集められた。
しばらくして、身長は170cm後半はある細身の男が22人の前に現れた。
男曰く、これより、能力査定を実施する。直線100m離れた的を正確に射抜けるか。どれほどの規模の魔法を現段階で扱うことができるか。運動神経は如何程か、と。
22人のクラスを三等分、7、7、8にわけて、ロネウは昨日の女の子、カンナと同じグループに配属された。
グループに分けたといっても、終わった人から次に行くようなもので、グループ自体はあってないようなものだ。
ロネウらは、100m先にある的を射抜いた後、魔法の規模、運動神経へと移っていく形で能力査定を開始した。
ここ、グリサリィは世界でも有数の学園であり、入学する生徒の9割以上は適正値が161以上である。
「100m先の的なんざ、この俺、ダリア家長男サシラが易々と射抜いてくれる!」
そう自信満々に、我先にと前へ勇み出たのは、この国ブバルディアの南に位置するダリアの領家である。
ダリア家は代々、水に関する魔法を使う。
水に関するとは、この世界の魔法には派生が複数ある。
派生は原種と呼ばれる木、火、土、金、水の能力と無の能力の二つに適正が130以上あり、原種の方が適正値が1以上高い場合に派生が生まれる。
例えば、水131、無130では派生が成立するが、水130、無131では派生が成立しない。
そして、このサシラ・ダリアは原種使いである。
適正値は186。
ロネウがいなければ、彼は間違いなくこの世の英雄と呼ばれる地位までいけたであろう人物である。
「ウォーターアロー!!」
「名前つけてんだ」
矢の形をした水の塊がまっすぐと100m先にある的の中心を綺麗に貫いた。
ミリの差さえもない、正確すぎる魔法の扱いに周りがざわめき始めた。
「おい、君」
ダリアがしきりにある男を呼ぶ。
呼ばれた男は、猫背になってポケットに手を入れており、いかにも気怠げそうな様子で返答をした。
「君は自分の魔法に名前をつけていないのかね?」
「いや、普通つけないでしょ。名前つけても何の得もないし。……それとも、ダリア家ではそれが普通なの?」
男はそう言うと、サシラを強く睨む。
「いいや。俺の家でも、名をつけているのは俺だけだ。すまない、おかしなことを聞いてしまったな」
案外、すんなりと引くサシラに男は少し驚いているようにも見える。
「次俺行く。」
そう言ったのは先ほどの男。
男はゆっくりと深呼吸をして、教師から弓矢を貰う。
貰うと、再び深呼吸をする。
(俺だって、ただ荏苒と日々を過ごしてきたわけじゃないんだ)
まるで弓道で初めて全国大会に出場したかのような緊張感が辺りを包み、その中心、その男からは、通常の人間が出せる限界を越えるかのような凄まじい集中力を、異彩を放っている。
そうして、空へ羽ばたく、傷ひとつない鳥のように、軽々と矢を放った先は的のド真ん中であった。
矢が的を射抜いた瞬間、時間が止まったように誰もが呼吸さえも忘れてしまうほどに見入ってしまっていた。
「君は、アスメアくんだね。」
「え?あ、はい」
それだけを確認すると、その男は通り過ぎようとした。
通り過ぎる直前、男は小声で羨ましいよとロネウに聞こえるか、聞こえないかの距離で呟いた。
「次!誰か行きたい人いないか!いないなら俺が決めるぞ!」
筋骨隆々の腕組みした、いかにも体育会系な男は声を出して呼びかける。
数秒、それは刹那と勘違いしてしまうほどの、極々小規模な時間の経過の後に、一人の少女、カンナが手を挙げた。
「私、やります。」
真っ直ぐに教師を見据える目をすぐに振り解く。
ロネウを見て、カンナは次、絶対来てよねとだけ言って的の正面に立つ。
右手を胸に当て、静かに、ゆっくりと、目を瞑って深呼吸をする。
やがて、その目は、深呼吸の余韻を楽しむかのようにゆっくりと開けられ、カンナは右手を、掌が的に向くように真っ直ぐと前に突き出すと、掌から杭のようなものを炎で再現している。
澱みのない、ただひたすらに凪いでいるその炎の杭を、放った。
的の中心からは少しずれていた。
的の真ん中にある円を掠っただけで、大部分は、真ん中の円よりも一回り大きい円に吸い込まれてしまっていた。
「はぁ~っ!私こういうの苦手なんだよぉ……」
その場に、手を顔で覆って蹲ったと思ったら急に立ち上がって、ロネウの方へと前進していく。
「約束通り、次はロネウの番だよ!頑張って!」
「わ、わかった」
ロネウは背中を押されて前に出ると、たちまち、みんなから期待の目を寄せられた。
五輪を制した男が、次大会で注目されるように、ロネウもそのような、熱烈な視線が降り注がれている。
その空間の中で、通常と同じパフォーマンスができるのは、プロか、能天気な者だけだろう。
しかし、ロネウはプロでもなければ能天気なわけでもない。
まして、ルーティンなどで自分を落ち着かせるものを持っているわけでもない。
そして、最もロネウを不安たらしめているのは疑心である。
他者からの疑心ではなく、自分が、自分に対する疑心を抱いてしまっている。
自分は本当に全ての能力を操ることができるのだろうか、という苦悶が頭から離れず、緊張のあまり、体が強張ってしまう。
これはあくまでも正確な位置を貫けるかといった、いわば抜き打ちテストのようなものでもある。
的以上の大きさの魔法を扱おうとすれば、その時点で止めに入られる。
足、次に手が小刻みに、本人にしかわからない程度に震え出してきた。
周りからは「あいつ大丈夫かよ」「ほんとに全部の魔法使えるの?」「両親が賄賂かなんかで広めたデマじゃねぇの?」といった声さえも聞こえ始める。
ロネウは無意識に何度も深呼吸を繰り返す。
吸っては吐いて、吸っては吐いて。
けれど、震えは一向に止まる気配はなく、ロネウは極度の緊張に囚われてしまっていた。
ロネウがその場に立って、もうまもなく二分が経過しようとする時、誰かの声が聞こえた。
花園にある蜜のような甘い匂いが、花の幻想を届けるかのような、誰かが背中から抱きしめて、落ち着かせてくれるような、そんな温もりのある優しい声でただ一言だけをロネウは拾った。
「私を、信じて……」
ロネウ自身も驚くほどに震えはピタリと止まり、無意識にやっていた深呼吸も通常の呼吸となって緊張は解かれた。
ロネウはこの世界の魔法のカタチを知らない。
だから、今はまだ、真似をするしかない。
左手の掌を的に向けて、杭のようなものを水で作って、それから、それを放った。
その杭は的のド真ん中に突き刺さって、それからすぐに液体となって、消えてしまった。
辺りは静まり返っていた。
ロネウの杭の出来が良かったとか、的の中心を射抜いた事とか、そんなことで静まっているわけではない。
ロネウの放った杭の通った道が3cmほど抉れていたからである。
砂を飛ばすことは、これまでのサシラやカンナでもあった。
しかし、一回の魔法だけで地面を3cmも削って魅せたのはロネウだけであり、それは、威力の高さを物語るには充分すぎるほどだった。
次の魔法の規模では、文字通り、ただすごい魔法を見せればいいと言うものだけであった。
測定方法は、次の二項目に依存する。
一つ、どれほど長くそれを扱えるか。
魔法の規模と言っても、ただいたずらに爆発を起こして終了というわけではない。
大切なのは、継続性があり、且つそれをどのくらい長い時間扱えるかというものである。
ここでは、最大五分として計測をする。
二つ、被害の有無。
グラウンドで被害の有無を確認する。
まず、教師が30m×30m×30mの立方体、その中にいくつかの家々を生成する。
立方体の魔法自体は教師が魔法を展開させてはおらず、グリサリィが所有しているアイテムで展開させている。
その空間は外からも見えるようになっており、中に生徒、教師が入る必要はない。
その空間の中で魔法を展開してもらい、展開し終わった瞬間から測定が開始される。
しかし実際は、生徒たちは魔法を展開するところから体力を消耗する。
この説明を受けて、多くの生徒は渦を選択する。
なぜなら、渦型の魔法は維持がしやすく、破壊力も下手な魔法よりもある。
教師側も、それが最適解だと認めてもいる。
個人差はもちろんあるが、人によっては渦型で満点を叩き出すことも可能である。
「ロネウ、どーんってやっちゃってよ!」
カンナは明るく、ロネウの背中を押す。
ロネウは先ほどの的で慣れたのか、深呼吸をした後、空間の中で火を作り始めた。
その火は大きくなると、すぐに圧縮して、大きくなると圧縮してを繰り返して、その火は半径2cmほどの球体となった。
そう、ロネウは知らないのだ。
子供の頃から両親に可愛がられてきたのだ。
魔法を習得すること、知識を得ることで更に貴族らの動向が活発化すると恐れて、魔法に関しての知識は皆無に等しい。
正に、宝の持ち腐れ状態に他ならない。
だから当然渦型の魔法を知らず、ロネウはただ持続性のある破壊力お化けくらいにしか考えていなかった。
加えて、時間維持に関しては捨てる覚悟も持っていた。
教師は、軽くため息をついてしまう。
破壊力は、おそらく空間を吹き飛ばすほどあるのは目に見えている。
しかし、持続性という観点から言うと、それは皆無とも言える。
爆発して、終わり。
それがロネウが作り出した魔法だと分かり呆れてさえいた。
しかし、ロネウは考えていた。
どうすれば五分間も持続させられるのか。
「いきます」と一言。
教師は無意味に感じながらもタイマーを進めた。
ロネウのその球体はたちまちに爆発した。
空間を破壊せずに、爆発を繰り返しながら、その球体を動かして、少しでもと空間内の破壊に努めて、そして五分が経過した。
汗だくになり、息も絶え絶え、この姿だけを見て、全能力使いと見抜くのは無理があるほどだ。
「お疲れ様。」
カンナはロネウに肩を貸すと自分が先ほどまでロネウの姿を見ていた場所まで連れてきた。
この能力査定では、白線が引いてあり、それより後ろに待機するといったスペースがある。
カンナはそこにロネウを連れたのだ。
続いてカンナも挑戦する。
カンナは単純に炎の渦を作り出した。
炎の渦は、28m以上にも昇り、半径は10m以上にもなっていた。
カンナはロネウほどの破壊力はなかったものの五分の持続には成功した。
ロネウも体力は、ある程度回復したようで次の身体能力、中距離走に移る。
残すは身体能力のみとなり、こちらは魔法を一切使わないため、純粋な体力勝負となっている。
1500mをどれだけ速く走れるかというもので、おそらく、一番最後にある場合が、最も不利になるであろうものでもあった。
ロネウは5分33秒。
カンナは7分57秒。
走り終わったカンナのもとにロネウは駆け寄る。
「お疲れ様。すごい疲れてるけど大丈夫?」
「う、うん。平気。」
はぁ、はぁと息を切らしながら、なんとか返事をしている様子だ。
ロネウはカンナを座れるところまで運ぶ。
「ありがと。私のために。」
「いいよ。それにしても、意外だったな。運動は得意だと思ってた。」
「よく勘違いされるよ。私、運動はからきしで。魔法は、使えるんだけどね。」
どうやらカンナは少し落ち込んでいるようだ。
出会ってまだ間もないが、ロネウはカンナが、他人に対してがっかりさせたと思い込んでいることを、飽くまで感覚的にではあるが、理解した。
だからこそ、ロネウは「大丈夫。これからだよ。」と、それだけを言って先に寮へと帰って行ってしまった。
一人、まだ脈が早いカンナは呆然としていた。
「私が、なるんだ。ロネウよりも、上に。」
(私が落ち込んでいるのは、運動ができないところを見られたからじゃない。
ロネウの、異次元的な力を目の当たりにしてしまったから。
私よりも、ずっと先にいたから。)
※今作品の後書きは本編に一切関係ありません。
読みたくない方は飛ばしてもらって構いません。
3日目です。
実はこの話、もともと1000字だったんですよ。
けれど、少ないなぁと思って適当に膨らましたら約5倍になってました。
わんだふるってやつです。(←は?)
それじゃ、今回この辺で!さらば!!




