明治元年 日本を揺るがすテロリズムの端っこに巻き込まれちゃった?
国家転覆を目論むテロリスト共が偽造書類を手に捏造御旗をひけらかし遠路遥々北上だ、海外の武器商人から密貿易した新式銃を撃ってくる。
ったく……いい気なもんだよ。
こっちは国産ゲベール銃、滑腔式で飛距離が短く次弾装填に時間のかかる、旧式にしたって旧式すぎる先込め銃のコピー品。どっちにしてもお互い陣地に引っ込んで、こんだけ距離が離れてちゃあ当たるもんも当たりゃしねぇ。
無駄弾を撃ち合ってるだけ、出番はない、つまらねぇな。
久々の出張だから面白そうだと思って来たってのによぉ。
つ ま ん ね 。
張り切って損した。
ドカンと腰を下ろして竹筒の栓を外すと、アルコールが嫌な気分を消毒してくれるような気がした。半分ほど残ってぬるくなった日本酒を口に運んで飲み下すと、「ふーぅ」と周囲の温度を奪う溜め息と共に、我慢していた愚痴まで漏れた。
「こったらトコでパンパン撃ち合ってても埒が明かねぇよ」
「確かに、そうですね」
背中を預けた松の木の、すぐ後ろから、声。
咄嗟に姿勢を低くして、腰の小刀へ手を……
っと?
「ああ、なぁんだ。ただの人殺しか」
「ハハハッ、ひどい言われようです」
爽やか笑顔だ。
今朝方、教練を指揮していて「カタナでやる」と叫んだ血気盛んな若造がいた。地元の道場じゃそれなりに強かったんだろう、気持ちはわからないでもないから、まぁ落ち着けと言ったところで静かに登場した。
鉄砲で、パァン。
死んだ。
こいつが殺した。
「腐ってますね……?」
「ああ……腐ってるよ」
「戦場で一杯機嫌とは、良い御身分ですね」
「悪ぃか? どうせ、なんもやらんでしょ」
なにしに遥々来たんだ、俺ぁ。
ちぇっ、退屈だねぇ本当によ。
「おたくの大将、大久保サンって言ってたっけか? ありゃなんだ、斬り結んでる最中は忽然と消えちまうじゃねぇか。挙句の果てにゃ劣勢と見るや、なんのかんのと理屈を捏ねてトンズラだぁ?」
「いやはやまったくお恥ずかしい限りで」
「百戦錬磨の特殊部隊……違ったかよ?」
背後に立っている女みたいな顔をした男を見上げて睨むと、またも「ハハハッ」と乾いた笑いが薄い唇を割って漏れ、柳に風と受け流している。
笑い事っちゃねぇよ……拍子抜け、前評判と随分違う。
目の前で立ち上がった鉄砲組がヘッピリ腰のままパンと撃った、慌ててしゃがんで身をかがめると、雑草の中へゴソゴソと消えていく。敵陣からは悲鳴のひとつもあがりゃしない。
散発的な威嚇発砲だけ、膠着状態が続いている。
「こいつらのゲェベルさぁ、ちっとも当たりゃしねぇな」
「この距離では御相手の新式だって当たりませんけどね」
「人斬り包丁じゃ、どっちも、どうにもできねぇけどよ」
こいつらだって鉄砲なんて持たされて、隙を見ては立ち上がるのがお仕事なんて気の毒な役回りだよ。命中精度は低くっても、ウッカリ当たりゃ、さぞ痛かろう。こっちだって鉄砲玉が怖くってコソコソしてるんだ。
敵も味方も、お互い様かぁ。
舌打ちして、一杯どうだと誘おうと振り向いた。
音も無く鯉口を押し拡げたので、ギョッとした。
凍り付くほど涼しい眼元は鋭く敵陣を遠望していた。
「試してみますか?」
「おいおぉい! ……テッポー相手にどうすんだよ」
「僕と敵陣まで走って行く。慌てて撃ってくるだろうけど、よくよく狙いを付けて撃たない限り鉄砲玉は当たりません」
「行ってどうすんだよ、穴だらけじゃねぇか」
「敵陣で胆の据わった射手を探してください」
「胆の据わった?」
「勝ち戦だ、死にたくない、間合いの有利な武器を持っている、死んだら大損だ。どうしますか?当たるも八卦当たらぬも八卦で引き金を絞った奴等には攻撃手段がない、死に体です。つまり僕らが敵陣に辿り着くまで撃たずに我慢できた奴だけが敵、さほど多くはないはずです」
「じゃ、そいつは撃ってくるんじゃねぇか!!」
やけに整った綺麗な笑顔。
女なら、さぞや断りにくかろう。
「大丈夫ですってば」
「んなわけあるかよ」
そんな博打は御免被る。
それじゃ無駄死にだよ。
すっかり酔いも覚めてしまった。
竹筒に栓を押し込みながら、ポロリと愚痴がこぼれた。溜息をついてから首をゴキリと鳴らし「犬死にすんのがオチ」と断る。
「アレは撃つ時に銃口が止まるうえに真っ直ぐしか弾が進まない、そこをスパッと真一文字に丸ごと斬ると、どうなりますか?」
「どうって……どうかしてるよ」
「弾丸が切れるじゃないですか」
「ったく……切れっこねぇだろ」
あぁ、正気の沙汰じゃねぇな?
コイツはコイツで大久保何某と違った意味で頭がイカレてらぁ。
理屈はそうでもできっこねぇ。
巻き込まれちゃたまんねぇや。
「そんなの賭け事じゃねぇかよ」
女みたいな顔が、冷酷に歪んでいく――。
無音でするりと腰のものを抜いて見せた。
「鉄砲玉は斬れるんです」
「 お ま い う ~ ?! 」
コイツは戦場で、鬼神としか表現できない無類の強さを誇る。
芸術とも言える剣技で生命を搾取する絶対的強者。
いわゆる『 俺 TUEEEEEEEEEE! 』だ。
そんな奴でも、それとこれとは別問題。
技術で振り抜いても高速で撃ち出された弾丸は切れやしない。
だからこそ、今朝方、新参者に銃の優位性を証明して見せた。
それにしても、見事な業物。
砥ぎに出してもいないのに歪みがない。
一刀のもとに斬り捨てる、実際そんな芸当をできる奴は少ない。
骨に当たって肉に喰い込み繊維が絡み付く、刀は曲がって脂が巻いて使えない、鞘に強引に押し込み、幾分かマシな得物を拾いながら転戦してきた奴等が多いが、これ一本で北上してきたのだろう。
切っ先三寸、物打ちに欠けがあるだけ。
『 欠 け …… ? 』
何人も斬っていた、西洋式とやらで防具を纏わない兵士が多かったのもあるが、腕や胴をずんばらりと両断していた、致命傷を負わせる、そんな生半可なもんじゃなかったんだ、ばらんばらんに散らばった。
「なにを斬ったら欠けた?」
「銃口の光を、斬りました」
「光?」
「 弾 丸 が 斬 れ る 」
斬ったのか ―――― ?
百戦錬磨の特殊部隊だ、鉄砲玉がビビッて避ける。当たったはずの弾丸が忽然と消えるのを確かに見た、そう言う者もいた。1つ2つじゃない、コイツは、狙って弾丸を斬っていたのか?!
「 正 気 …… な の か よ ?! 」
じろりとこちらの腰を見た。
嘆息しながら抜いて見せる。
「思ったとおりです。刃毀れひとつ無い」
「一緒にすんな!こちとら抜刀、鉄砲玉を斬ったりしねぇんだよ」
「その小柄な体で野太刀を抜刀だ」
「 見 て や が っ た の か ?! 」
あの大立ち回りの最中に?
常に銃口を警戒して、周囲に気を配っていたのか。
……それにしては呑気に数をかぞえている。
「お、おい、頭っ!」
「御安心ください。射程で有利な新式も布陣が悪く当たりません」
射程圏外だから、頭を出しても安心だって?
理屈じゃそうだが、万が一ってこともある。
「走って行けば撃ち終わっている、弾込めまで突っ立っている案山子が2…30?僕ら2人で斬り伏せられる数ですよ」
「それに付き合えってのか!」
「ずっと僕らのターン …… 無 双 開 始 で す 」
「だ~か~らぁ! こちとら生身で抜刀だ、出したり引っ込めたりしろってか? 痛いのなんて御免こうむる、死んだらどう責任とってくれんだって言ってんだよ。お前みてぇなチートの無敵キャラと一緒にすんなよ?!」
「 れ っ つ ら ご ~ ぉ !! 」
「 い い か ら 聞 け よ !! 」
・
・
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後日、藩は降伏恭順へ方針変更とやらで引っ張り戻された。
別れ際「北へ向かう、五稜郭で待っている」と言うので必ず合流すると約束し、約束どおり脱藩したものの準備と渡航に時間がかかりすぎた。
既に決着はついてやがった。
「おいおぉい、箱館で待ってるんじゃなかったのかよ」
彼の最期はアッサリしたものだったと人伝に聞いた。
俺ぁなにしに遥々来たんだ。
ジャガイモ畑を少々貰ったが、酒ばかり飲んでいる。
チャンバラごっこの時代も終わりか、つまらねぇな。
この店の蕎麦は美味いけど。
「こったら未開の地でどうしろってんだよ」
「おやまぁ随分とこりゃ立派なモンを腰にブラ下げて」
「どうせ竹光だろぉ?こんな長い刀が抜けるもんかよ」
あぁ、最近ここいらで息巻いてやがるガキ共か。
ギロリと睨……んだつもりがフラリとよろける。
世界がぐらりと一回転、椅子から滑った尻がぺたんと土間に落ちた。
どうやら呑み過ぎた、ゲラゲラ下卑た笑いが安普請の店内を揺らす。
「どうした?抜いてみせろよ、チビのヨッパライが!」
チビ …… チ ビ と言った?
頭が急速に冷却されていく。
右手が型通りに滑り左手の親指が鍔を押し出して鯉口を切りながら膝を落として腰をまわす、鞘の中で刀身が加速していく、瞬時の出来事だ、反応できずに鼻先を掠めた切っ先。
ガキは目にしたこともないだろう、ぴかぴかの大業物だ。
切っ先から三寸、物打ちに刃毀れが一箇所あるだけ。
「刃渡りは関係無ぇ……腰で抜くんだ、覚えときな?」
決まったな、って?
なんてぇ様だよ、小便漏らして腰が抜けていやがる。
これじゃ官軍と変わんねぇや。
なぁにが新政府だ、腰抜け共の生き残りじゃねぇか。
強ぇ奴等はどいつもこいつも、くたばっちまったよ。
「矢でも鉄砲でも持って来やがれ、鉄砲玉も斬るけどよ……ってな、なんだぁ?!」
「 コ ラ ―――――― ッ !! 」
あれ …… あ れ れ …… れ ?
この程度で邏卒が走ってきやがるのか、まいったな。
つまらねぇ時代になったもんだ。
あの頃だって楽しくなんてなかったさ、損得勘定で動いたやつもいたんだろう。でもよぉ、少しはマシな国になって、一所懸命なやつが偉くなったり、弱いもんが真っ当な扱いを受けられる、そういう当たり前の時代が来るんだって、敵も味方も信じてた……そうだろ?
アンタが生きてりゃあ、少しは違ったんじゃねぇのかよ。
どこで歯車が狂っちまったんだろうね?
ただただ窮屈な世の中になっちまった。
「ったく、そうは思わねぇか? ……なぁ、土方君よォ!!」
母方の親戚の爺さんの話を今風に書いてみました。
挿絵:©厠 達三さま ありがとうございました!!