回想と言う名の愚痴をこぼした理由
回想と言う名の愚痴がこぼれた理由の短めな話しです。
昼食を持って屋上と繋がるドアを開けた。
地球と同じ青い空、白い雲、昼の心地よい日差しと空気。
「チクショー! 十八禁エロゲの主人公に転生したのに、何で最推しヒロインがいねぇんだよー!!」
そして、意味不明なシャウトをする赤毛の男が一人。
……これ、どうすればいいんだろう?
この赤毛の男との出会いが原因で、静かに過ごせていた日々が一変した。
この数日後、王族とその婚約者達の思いが入り乱れる『学園物のエロと冒険のゲームの世界』だったと知る。そして、長ったらしい回想を思い出す。
即座に不干渉、無関心、無関係の立場を選んだ。
ヒロイン代行なんざやりたくもない。
滅多な事では使わない、未来を見て知る魔法を使って、これからやって来るイベントから徹底的に逃げる!
ん? 未来について知る魔法があるのならなぜこれまでの世界で使わなかったのかだって?
自分の場合、どんな世界に転生しても、天寿全うする終わりはなく『世界から自主的に去る終わり』しか迎えられないのだ。最終的な終わりは同じなのに、そこに至る過程を見ても楽しい事や嬉しい事は一つも無かったし、体験も出来なかった。
未来は分からないから楽しくも有り、苦しい。故に、知っていても枷にしかならないと学んだのだ。
問いの答えがある。それは、消費魔力量と未来の見え方にある。
この魔法は――見る時間の長さにもよるが――大量の魔力を使う。
一秒から数秒先の仮定確定事項を見るだけなら問題はない。これはスキル魔法の『先見』として少量魔力で発動する。
問題なのは、確定していない未来までも見てしまう事。簡単に言うと、『起こりうる可能性のある未来全てを見てしまう』のだ。
たとえ話として、戦闘中に五秒先を見るとしよう。
一対一ではない乱戦、しかも、一対多の戦闘中に攻撃を弾いた後に発動させる。これでどこから攻撃が来るのかと見ると、非常に混乱するのだ。
何故混乱するのかって? それは、未来は『確定していない』からだ。
どの方向からも等しく攻撃が来る可能性がある戦場には、数多の可能性がある。
ぶっちゃけると、『起きるかもしれない事』を全て見る。
五秒後に、弾けるor弾けないor弾かなくてもいい攻撃、回避の必要があるor出来ないor回避不要な攻撃、防御出来るor防御出来ないor防御不要な攻撃、魔法で撃ち落とすor撃ち落とせないor撃ち落とさなくてもいい攻撃……と色んな可能性が存在し、どれが確定した未来かなのか、判断しなくてはならない。この判断が面倒なのだ。
何せ、一度に大量の情報を得てしまい、処理追いつかなくなり、迷ってしまう。
戦場の迷いは命取りとはよく言ったもので、何度か致命傷を負い、魔法で未来は見ないと、自業自得面があるが、固く誓ったのだ。
戦場じゃなければ使ってもいいんじゃないか? そう思う人はいるだろう。
でもね、一度に大量の情報を得てしまうのがネックで、『これから起きるかもしれない事』を知る事が出来ても、『どれが起きるのか分からない』状態になり、無数に枝分かれした未知の起点に立たされる。
つまり、迷路の入り口に自分から立っちゃうのだ。
でも、今回は流石に不味いと思ったのだ。だって、『十八禁のエロゲー』の世界だからさ。
対策なしで冬の雪山登山に挑むような所業だが、エロは何が何でも回避したかった。
修練と言う名の元に、ガンガン使った。
エロイベントは全て回避した! 無事に卒業だぜ。
……何て、喜んでいられたのは束の間だった。ゲーム期間終了後、とんでもない事が起きた。
留学に来ていた隣国の第三王子との結婚フラグが立ってしまった! 可能な限り逃げ回っていたのに不覚だ。
魔法で未来を見て吃驚仰天。どんな道を辿っても、王子に執着されて捕獲される未来しかないってどうよ!?
初体験である。
なまじ未来を知っていたが為に、絶望感は半端なかった。見なきゃ良かったと後悔もした。
転移魔法で逃亡を図るも、何故かタイミング良く登場するから本当に、不・思・議・だ!?
地道な逃亡を繰り返すが、行く先々に王子が登場する。
どうなっている? この王子は予知が出来るのか?
つーか、従者一同止めなさいよ!
こっちの肩に手を置いて「諦めて下さい」って本音を吐くな!
そもそも、何で自分なの? 顔の良い女なら他にもいるでしょーに。
従者代表格の肩を掴んで前後にガクガクと揺らし、王子の執着理由を尋ねると、恐ろしい(?)理由が発覚した。
そして、すっかり忘れていた事を思い出す。
ここ、ゲームの世界だったよ。
赤毛から聞いたゲームの世界の設定に『魔力の高さで寿命と老化の速度が変わる』ってものが存在する。
高い魔力を持っている奴は『長寿で老化速度が落ちる』のだ。
つまり『数十年かけて十七歳から十八歳に成長します。おばあさんになるのは千年後かしら?』な状態になる。
隣国の第三王子はあまりにも魔力が高い為『最低でも五百年は余裕で生きる』と太鼓判を貰ってしまったらしい。
下手に魔力が低い令嬢や他国の王女と結婚すると、先に老い去られてしまう。王族だから先立たれた後に再婚とかありそう。
何より問題なのは『老化速度の違い』だろう。
旦那が自分よりも若いままって普通の令嬢や王女じゃ我慢できない。プライドが高い女だったらヒステリックになる。
この老化速度の違いについて理解が得られないと王子も大変だろう。公の場に『同い年だけど外見年齢が違う妻』を連れて歩けば、下手をすると『熟女好き』と言った妙な噂が立つ。先立たされる度に再婚すれば『何度結婚するの?』と心無い言葉を貰いかねない。
王子がここまで執着する理由が何となく分かった。
簡単に言うと、王子の婚約者候補に『寿命の長さと老化速度が同じ』女がいない。
王子は看取るのが嫌なので、この際、他国の平民でも良いからと『寿命と老化速度が釣り合う年頃の女』を探し回っていたら、自分と遭遇してしまったのだ。
己よりも長生きし、老化速度も遅い女――しかも、他国とは言え『伯爵令嬢』でいたのだ。
しかも、隣国出身で、学園卒業後は家を出る事が決まっていた為、婚約者もいない。金と顔と身分も良い男に興味を持たない。
色んな意味で理想の条件に合致する女が完全フリーでいた。
これは何が何でもゲットせねばと動いたらしい。
どうせ結婚するなら一回がいいもんね。国内の勢力均衡を考えなきゃならないから、王族が結婚相手を探すのは面倒だ。その辺は分かる。
でもね。
短期間で根回しを全て終わらせた手腕は流石だと、賞賛してもいいんだけどね。
婚儀の日程(卒業から三年後の予定)が決まっていたり、衣装や小物類が全て揃っているってどうよ?
怖すぎる。
マジで逃亡した。
卒業から一年半後。
大陸最高峰の山頂で、王子の執着に敗北した自分は、泣く泣く婚姻承諾書にサインする羽目になった。
王子は自分を担いで意気揚々と山を下りる。
従者一同は疲れ切ってはいるものの、泣いて喜んでいる。
……もう、どうにでもなれ。
敗北に打ちひしがれ、投げやりになった自分は、これから起きる事について考えるのを止めた。
今後、魔法で未来について探るのは極力控えよう。
未来を知らないから、希望が持てる。
未来を知っているから、絶望が訪れる。
この二つを学んだ自分は『未知は素晴らしい』と、王子の肩の上で改めて実感するのだった。
酸素の薄い山頂から見る、雲一つない蒼穹は爽やかだった。
蒼穹は今後の未来を祝福しているのか、酸素の薄さは諦めろと諭しているのかは不明だ。
魔法を使わずとも、分かっている事はただ一つ。
この王子からは逃げられない。
王族の執着心の強さに心の中でシクシクと泣いた。
Fin
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次の後日談で一応終わりです。