8. 俺って特別?
放課後になり、俺は公園に来ていた。
クラリスと一緒にベンチに座っている。
なぜクラリスがいるかって?
デートってやつだ!
というのは冗談だ。
俺は図書館で借りた『ゼロから始める無詠唱魔法の始め方』をクラリスに見せる。
「この本に無詠唱魔法のやり方が書いてあるんだ」
「へー、こんな本はじめて見たかも」
クラリスが目を輝かせながら言う。
クラリスを助けた時、俺は無詠唱魔法を使っていた。
彼女は俺の無詠唱魔法に興味を抱いたらしい。
無詠唱魔法の使い手は珍しいからな。
というより俺だけだ。
ちなみに精霊魔法と呼ばれる、精霊の力を用いる魔法は詠唱がいらないらしい。
見方によれば精霊魔法も無詠唱魔法とも言える。
と、それはさておき。
「図書館で普通に貸し出されてるよ」
「図書館? アランって意外と読者好きなんだね」
「最近読書に目覚めたというか、なんというか……」
目覚めたのは読書というよりも新しい自分?
「うんうん、読書は良いことだよ。知識が増えるって楽しいよね」
「あっ、それわかる! 本って凄いよな。自分の知らないことがたくさん書いてあって、色んな世界を体験できるし」
「そうそう! 最近のアランはやっばり話しやすい」
「いや、うん。今までがちょっとあれだったから」
まあ、そりゃあそうだよな。
昔の俺、かなり話しにくかったと思う。
他人を見下してたし、話しかけるなオーラ満載だったから。
「話がそれちゃったね。えっと、無詠唱魔法について知りたいんだったよね?」
「あっ、そうだった」
最近図書館に通ってたから、無詠唱魔法を人に説明できるだけの知識はある。
「まず無詠唱魔法の原理から説明するよ。って言っても魔法陣を魔力で描くってだけなんだけど。やってることは魔術と一緒」
「うん。それは聞いたことある。でも、魔力で魔法陣を描くのが難しいからできないんでしょ」
「そうだね。実際に魔力で魔法陣を描こうと思ったら、緻密な魔力操作と高い集中力が必要になる」
実際俺も発火以外の魔法を無詠唱で発動させるために、魔法陣を描こうとした。
だけどできなかった。
そもそも術式はかなり緻密に描かれたものでなければ作動せず、魔力操作だけで魔法陣を描くのは不可能に近い。
もしかしたら描ける人がいるかもしれないが、それをするくらいなら普通に詠唱をしたほうが何十倍も楽だ。
「じゃあアランはどうやって無詠唱魔法を使ったの?」
「補助してもらっているんだ」
「補助? どういうこと?」
「魔法陣をいつでも引き出せるように、魔法領域に魔法陣を記録させたってこと」
魔法領域というのは、魔法使いだけが使える特殊な記憶領域のことだ。
魂と深い関係があるらしく、魔法が使えるかどうかも魔法領域の有無で決まるらしい。
魔法領域に関してはわからないことが多く、昔からずっと研究されてる分野だ。
「なるほど。魔法領域といえばフォード家だもんね」
「まあな」
この分野の第一人者は俺の父親らしい。
だが、俺が無詠唱にたどり着いたのはフォード家とは全く関係ないところだ。
「魔法領域に魔法陣を記録させてからは簡単だ。魔法領域から魔法陣の型を出して、そこに魔力を流し込む。そうして魔法陣に十分な魔力が行き渡ると、魔法が発動するって仕組み」
「ふーん、なるほどね」
「原理はシンプルだろ?」
「うん。というか魔術とまったく一緒なんだね。逆にそれだけシンプルなのに、なんで無詠唱を使える人が少ないのかが疑問ね。魔法領域に魔法陣を記録させるのが難しいのかな?」
「いや。それも簡単だよ」
「え、そうなの?」
俺は『ゼロからわかる無詠唱魔法の始め方』を開く。
そして発火の魔法陣が描かれているページをクラリスに見せる。
「ここに描かれてる魔方陣に魔力を流すことで、発火の魔法陣を魔法領域に保存できる」
「それだけ?」
クラリスが目を丸くする。
彼女の気持ちもわかる。
俺だって最初は半信半疑だった。
というより、疑いのほうが大きかった。
「うん。俺もこうして無詠唱魔法を使えるようになったし。試しにクラリスもやってみる?」
「うん。やる」
「あっ、でもちょっと気持ち悪くなるかもしれん」
「そのくらい大丈夫だよ」
「わかった」
俺はクラリスに本を渡す。
クラリスが魔法陣に手を置き、
「じゃあ行くよ」
と言った。
しかし……
「何も起こらないよ?」
「ホントに? ちゃんと魔力を流している?」
「うん、流している。でもまったく反応しない。本当にこれで無詠唱魔法が使えるようになった?」
クラリスが疑いの目を向けてきた。
「俺はこれでできたんだけど……」
なんでだろ?
俺のときは魔法陣に魔力を流すだけで使えるようになった。
無詠唱魔法は誰にでもできるわけじゃないのか?
もしかして俺が特別とか?
いやいや、自惚れるな。
そうやって自惚れたからアランはダメ人間になったんだ。
自重しよう。
でも、なんでこの魔法陣反応しないんだろ?