19. 憎しみ
古い記憶。
ミーアの隣には父がいる。
ミーアは二人に連れられて町を歩く。
「仲良しさんですね」
近所のおばちゃんがミーアたちに笑いかける。
「ははっ。僕の大切な娘です。可愛いでしょ」
父が笑う。
嬉しそうな笑顔だ。
楽しかった。
父といる時間が幸せだった。
なのに……ぐにゃり。
突然、視界が潰れる。
「なあミーア」
そして次の瞬間、父の歪んだ顔がみえた。
「お前なんて生まれて来なければよかった」
そこに優しかった父の面影はない。
「なんで……」
――なんでそんなこと言うの?
「お前のせいで僕の人生は台無しだ」
「違う」
「お前がいたから母さんは死んだ。全部、お前が壊したんだ」
「違う!」
ミーアは父から逃げた。
◇ ◇ ◇
気がつくと、ミーアは女子寮の前に来ていた。
「うわっ、魔族の子よ」
「穢らわしい」
見慣れたはずの視線がミーアに突き刺さる。
――なんで私だけこんな目に遭うの?
みんな毎日楽しく学園生活を送っている。
友人がいて、家族に愛されて、何不自由なく生きている。
それなのにミーアだけが不幸だった。
魔族の血を引くというだけで、ミーアは差別される。
「気味が悪いわね」
聞き慣れた言葉がミーアの耳に届く。
「こっち見てきた。なにあの目。やっぱり卑しい魔族だわ」
赤い目が忌み嫌われている。
ずっとそうだった。
幼いからずっとミーアの居場所はなかった。
誰も手を差し伸べてくれなかった。
石を投げられて、白い目で見られて、暴言を浴びせられて。
それでもミーアは耐えてきた。
自分が耐えれば、すべてが丸く収まると思った。
だが限界だった。
――だって、こんなにも世界は不公平で……醜いんだから。もう我慢する必要なんてないよね?
心の奥底から憎悪が溢れ出す。
「みんな死ねばいいんですよ」
ミーアの体から大量の魔力が流れ出た。
そして――
「――風の暴走」
次の瞬間、彼女を中心として、荒く激しい風が吹き始めた。
まるで何もかもを拒絶するかのように……。
◇ ◇ ◇
黒いフードを被った女が、遠くからこっそりとミーアの様子を伺っている。
認識阻害を使って性別の誤認させるのは、彼女の常套手段だ。
そうすることで、自分の正体がよりバレにくくなる。
女はミーアが殺意と暴風を撒き散らす様子を冷静な目で観察していた。
「魔族とは本当に穢らわしい存在ですね。ですが良い実験体でもあります」
ミーアに刺した短剣には、精神と魔法領域の両方に影響を与える特殊な術式が施されていた。
簡単にいえば、感情と魔力を暴走させる術式だ。
一般的に負の感情が強いほど、魔法のコントロールが効きにくくなると言われている。
ミーアは今まで差別されて生きてきた。
蓄積されてきた負の感情は相当なものだろう、と女は考えていた。
短剣に組み込まれた術式によって、感情が暴走し、魔力暴走を起こす。
彼女の目論見通り、ミーアの力は解放された。
「すでに暴走状態に達しています……が、まだまだ足りません。彼女ならもう1段階解放できるはずです」
女の目的は、魔法道具の効果を測ること。
心を操り、魔力を暴走させ、意のままに操れる兵隊を作ることが、この実験の最終目標である。
ただし、あくまでもそれは実験の目標であって彼女の目的は別にある。
と、それはさておき。
実験体として、ミーアのような少女は最適であった。
豊富な魔力量に魔族としての壊れにくい体。
魔力量や耐久力などを測るのに、魔族ほどちょうど良い素材はない。
しかし、推定していたほどの暴走に達していないことが気がかりであった。
「予想の範囲内ではありますが……やはり少ないですね」
誤差というよりは何かしらの原因があるとみるべきだろう。
ただそれでも、今のミーアを止められる人物は学園にはほとんどいない。
相当な被害が出るだろう、と女は見込んでいる。
実験に犠牲はつきものと考えている彼女からすれば、多少被害が出たところで全く気にしない。
それよりも研究が進むことのほうがよっぽど重要であった。
そんな彼女の視線の先で、ふとミーアの動きが止まる。
「ん、どうしました?」
すでにミーアの力は暴走している。
発現している魔力量から推定すると、すでにミーアが自我を失っていてもおかしくない。
何もかもを破壊するだけの道具へと変貌しているはずだ。
だからこそ「止まる」という行動に違和感を覚えた。
女はミーアの視線の先を見る。
そこには――
「アラン・フォードですか」
茶髪の小太りな少年がミーアを見つめて佇んでいた。
「所詮、フォード家の落ちこぼれ。大したことないでしょう」
すでに短剣の術式は起動している。
暴走が止まるまで短剣は引き抜けないようにできている。
そして短剣が引き抜けるときは術者が死んだ時。
そもそも風の暴走はかなり強力な魔法である。
無能と呼ばれるアランでは近づくことさえ無理だろう。
女はミーアとアランの行方を冷徹な目で見つめていた。
◇ ◇ ◇
ふふふんふふん。
スキップ、スキップ、ランランラン。
今からエロゲーのイベンドが待ってるなんて最高だな。
期待に胸が膨らむぜ。
ようやく俺にも春が来たってことか。
ここまでの道のりは長かった。
デブに転生(憑依?)して、周りから白い目を向けられながら、必死に頑張ってきた。
俺、頑張ったんだんよ。
だから、報われてもいいはずだ。
エロゲ主人公ルート突っ走るぜ!
心臓がバクバク言い始める。
俺の第六感が今から起こることを告げているようだ。
フハハハは!
今からゆくぞ、このアラン・フォード様が!
待っておれよ、エロゲイベント!
「ん? なんか悲鳴が聞こえてくるんだけど」
まさか、ハードなエロゲだった?
俺、そういうのあんまり好きじゃないんだよね。
てか、女子寮の様子おかしくね?
びゅんびゅんと風が吹いてるし。
ちょっと嫌な予感がしてきた。
女子寮にたどり着く。
「マジか……。なんか知らんけど、ヤバいことになってる」
女の子たちがバッタバッタ倒れてた。
あ~、なるほどね。
そういうことね。
うん。
事情はわからんけど、これだけは理解できる。
エロゲイベントじゃないわ、これ。
俺の期待を返してくれ!