2月26日 0日 ――誕生日 その3
「は、あ……」
目が覚めました。
いつの間にか嵐は過ぎ去って、気持ち悪いのもどこかに消えていました。
それでも体は動かず、お腹はずきずきと痛んでいます。
腕には針が刺さり、薬を送り続けていました。
「あ……」
そして、私のお腹はぺたんこでした。
何も、何もありません。
全てが終わったんだと理解できました。
気が付けば、あの匂いもありません。
あの匂い……
妊娠初期からずうっと付きまとっていた、血の匂い。
私の体から血が流れるたびに、匂ってきました。
子宮内膜が流れ落ちる月経の期間が終わっても、妊娠中も絶えることなく私の胎内から流れ出る血。
その血が内膜の、経血ではないと、実は、はっきり分かっていました。
剥がれ落ちる内膜が出てくる経血は生臭くて、生きている匂いでした。
でも妊娠中の出血はだらりと腐ったような匂いで。
死の、匂い。
出血は量を増し、やがて体の一部分ではないかと思うほどのどろりとした塊まで出てきて――
そして気づけば、私の身体そのものが、その死の匂いに包まれていたのです。
――聖良さんの匂いが分かるようになった筈です。
今までは、ずっと同じ匂いだったから。
そして今は違う匂いだから。
だから、感じるようになったのでしょう。
「検査の時間よー」
がらりと扉が開き、凪さんがやって来ました。
私の身体を確認すると、問題ないという風に頷きました。
「うん、良好良好。あと3カ月も休んで回復を待てば、また子供も作れるわ」
3カ月……そんなにもかかるのですか。
私はそれよりも、聖良さんとその子供の事を聞きたかったのですが、声が出ません。
私の言いたいことに気付いたのか、凪さんが教えてくれました。
「そう。あなたの、変調に気付いたのは彼女よ」
ああ、それも知りたかったのですが、微妙に今知りたい事とは違います。
聖良さんとその子供の事が知りたいのに、少しズレた凪さんの説明は続きます。
「1号……聖良は、言ってたわ。あなたから、あの時と同じ、死の匂いがする、って――きっと、今は違うのでしょうが」
それだけ言うと、凪さんは上機嫌で去って行きました。
その機嫌の良さから、聖良さんの子供は無事なんだろうと、なんとなく察することができました。
そして、私は。
私の仕事は、もう終わったのでしょうか。
あと3ヶ月は動く事ができないで、ただ大人しく待っていなければいけないのでしょうか。
またしばらく、聖良さんにも会えずに……
「うぅ、う……」
ぎゅうっと、胸が痛みました。
精神的にも、物理的にも。
「う、ううう……」
胸を押えながら、首を振ります。
嫌だ。
そんなの、嫌です。
今までの私には、受胎には、何の意味もなかったのでしょうか。
現ちゃんの子供探しの時のように。
こうして何事もなく終わって、ただ休んでいるだけでいいのでしょうか。
皆ががんばってる3ヶ月。
私に、私にも何か出来る事はないでしょうか。
ぐるぐる。
ぐるぐるぐるぐるぐる。
夢の中と同じ様に、一生懸命頭を回転させます。
今まで動かさなかった分も。
だけど、出てくるのはヴェール……今まで読んだ、本の内容ばかり。
ああ、光の君大人しくして。
許されない恋人たちはもっと落ち着きなさい。
振り向いちゃ駄目。
目を逸らしても駄目。
もっと、もっと、賢く動かないと――
「あ」
ふと、天啓のように。
今まで読んだ本の中に、大変なヒントが隠されていたことに気が付きました。
「あ……あ」
私は痛む胸を押えて。
紙を、ペンを探します。
「なにか書くものを、それから、資料を……!」
そして私はレポートを書き始めました。




