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2月25日 8ヶ月 ――1日前 その3

「現ちゃん!」

 警戒したように立ちすくむ聖良さんの横で、私は大きく手を振りました。

 人影はすぐには現さんと分かりませんでした。

 何故ならそのシルエットは細く小さく、妊娠していた時のお腹の膨らみは微塵もありません。

「現ちゃん、そのお腹……」

「うん! 10月に無事帝王切開で出産しましたー!」

「わー、おめでとうございます!」

「ありがとー! それで今は、新たな妊娠のために体調を整えている最中なんだよ!」

 どうりで最近姿を見なかったわけです。

 そして、そんな現ちゃんは今なぜこの場所に居るのでしょう?

 私の疑問に答えるように、現ちゃんは笑って見せました。

「ボクも、一緒にダンジョンを探索した仲でしょー。2人がどこに向かうかくらいすぐ分かるよ!」

「なるほどー」

 実はそれは答えになっていなかったのですが、なんとなく納得して何度も頷きます。

「それで、何しに来たの?」

 聖良さんは不機嫌そうな声で現ちゃんに話しかけます。

「えーと……」

 それにはぐらかすように返す現ちゃん。

 今の現ちゃんからは、いつもの甘い香りではない、別の香りが漂っています。

 子供が生まれたからでしょうか。

 元気と、一抹の……嘘?

 現ちゃんと聖良さんの間に何やら険悪な雰囲気が漂い始めましたが、それでも私は、どこか浮かれた気持ちでいました。

 現ちゃんには悪いのですが……何故か、聖良さんのその不機嫌さは失礼とか怖いとかよりも、嬉しい、と感じてしまって。

「ほら、問題を解くのを助けに来てあげたんだよ!」

 現さんは看板を指差します。

 見ると、そこには以前のものとは異なる問題が書かれていました。


『早産となった場合、生まれてきた子供の生存が最低限可能なのは、妊娠何か月ごろから? 1.6か月 2.7か月 3.8か月』

『妊娠、出産、授乳時に主に分泌されるホルモンは? 1.アドレナリン 2.セロトニン 3.オキシトシン』


 ……おそらく、この産屋では常識問題なのでしょう。

 ですが、私にはさっぱり分かりません。

「むーちゃんに任せたら解けないでしょ? あたしが答えてあげるよー?」

「……ごめんなさい……」

 以前のこともあり、小さくなって謝罪します。

 現さんは気にせず、答えのボタンを押していきます。

「これは、1番」

「こっちは、3番ー」

 ぴんぽんぴんぽーん。

 ゴゴゴゴゴ……

 現ちゃんがボタンを押す度に、壁が開いたり穴が閉じたりして、新たな通路が現れていきました。

「こんな仕組みになってたんだねー。でも前のアレは……あれはあれで、凪さんの部屋に行くことができたからむーちゃんのお手柄だったのかなあ」

「……それでも、すみません……」

 新しい道を進みながら、現さんは面白そうに周囲を見回します。

 私も呆然としながら、聖良さんは憮然としたままついて行きます。

 そんな現さんの足が、ぴたりと止まりました。

 その前には、こんな看板がありました。


『近代妊娠及び人口子宮での出産時においては、子宮破裂等母体の危険性を考え帝王切開は通常何回までとされている? 1.1回 2.2回 3.3回』


 ……私にも。

 私でさえも、その選択肢を見ただけで、何て残酷な問題なんだろうということが理解できました。

 同時に、以前凪さんが現ちゃんに言った言葉が思い出されました。

 私に関する話じゃなかったので、覚えていた、言葉が。

 ――4人産めば、子供に会わせてあげる。

 凪さんは、たしかにそう言いました。

 だけど、その質問の選択肢には4という数字がないのです。

 帝王切開を終えたとつい先程私に告げた現ちゃんは少しだけ戸惑ってから、3のボタンを押しました。

 ぴんぽーん。

 明るい音が響き、次いでゴゴゴゴゴという何かが移動する音がします。

「さあ、行こっか!」

「現ちゃん……」

「ボクは、知ってた」

 気遣わしげに声をかける私に、現ちゃんは朗らかに笑ってみせました。

「むーちゃんと違って、知ってたもん」

 それは、以前と全く変わらぬ笑顔でした。

「凪さんに言われた時から気付いてた。産屋では、いや一般的にも、通常の帝王切開は3回までしかできないって。それ以上は、未発達の体は人口子宮に対応できず……最悪、受胎者が死んじゃう可能性もあるから」

「でも、でも、だったらどうして……」

「それでも、ボクの子供に会える可能性ができたんだから。やらなきゃでしょー!」

 元気よく答える現ちゃんに、私はなんと言ったらいいのか分かりませんでした。

「さあさあ、立ち止まってないで行こう行こう!」

「何処へ」

 私の手を取って前方を指差す現ちゃんに冷や水を浴びせたのは、聖良さんの声でした。

「何処、て……」

 口籠る現ちゃんと私の間に、聖良さんは割って入ります。

「えーと、こっち?」

「今、この事態を知っているのは所長とその周辺だけの筈。なのに突然あなたが現れた。ということは……」

 あ。

 ああ。

 さすがに、私も薄々は気づいていました。

 ですが、誰も何も言わないので素直について行こうとしてしまいました。


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