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2月 8ヶ月 その3

 温かな、そして香しいお茶の入ったコップが差し出されました。

 懐かしい懐かしい、聖良さんのお茶です。

 差し出されたクッションの上に座り、ありがたくそれを頂きました。

「ん?」

 一口飲んで、どこかいつもと違う気がして首を傾げます。

「美味しい、のですが、いつもと味が違うような……」

 そういえば庭には緑の葉が残っていましたが、お茶にするほどの量があったのでしょうか。

「ああ、これね」

 聖良さんはすぐに察して、丁寧に説明してくれました。

「葉が一番繁った時に大量に摘んでおいたの。それを涼しい所で乾かしておけば長期保存ができるし、こうしてすぐにお茶を淹れることができる。ただ若干香りが飛んでしまうのが欠点だから、この葉を使用する際には別の葉と混ぜ合わせて……何よ」

「ふふっ……いえ、何も」

 聖良さんの講釈を聞くのも久しぶりです。

 久しぶりなのにあまりにも変わらないその様子に、つい口元が緩んでしまったようです。

 何でもないならいいけど……と、聖良さんは少し困った様子で口籠りました。

 そして話題を変えるように、話しかけてくれました。

「具合は、大丈夫?」

「はい。少し前まで安静が続きましたが、今はこうして自由に歩くことが……ん?」

 そこまで言って、ふと気付きました。

 どうして聖良さんは、私が大丈夫ではなかったことを存じていらっしゃるのでしょうか。

「……所長から、聞いてたの」

 私の訝しげな表情を見て取ったのか、聖良さんは答えてくれました。

「体調を崩して、所長から直々に診てもらっていたそうね。……なら、安心だと思ったの。なんだかんだ言ってあの人の技術は間違いないから、それが一番あなたの為になると……どうしたの?」

 淡々と説明する聖良さんの顔を、私は恐る恐る覗きこんでいました。

「その……怒っていません?」

「怒る? どうして?」

「前に、言ったじゃないですか。“体調管理は本人の仕事”と。私はそれを怠ってしまったので……」

「――ああ」

 それを聞いた聖良さんは、申し訳なさそうに微笑んでみせてくれました。

「あれは、私自身のことを言っただけなのよ。自分のことは自分で管理するから――特別扱いや、所長の気遣いはいらないって」

「……そう、なんですかー」

 以前からずっと気にしていた懸念がなくなって、ほうっと息をつきます。

「……そう、ですか」

 それで、いくら探しても聖良さんの姿は見えなかったのでしょうか。

 いえ、理由が別の所にあったのは、はっきりしています。

 私は、核心をついてみることにしました。

「それより、ええと、それは……何時の間に? 見た所、私より大きいような気がするのですが……」

「……」

 そう。

 聖良さんのお腹は受胎者特有の膨らみがありました。

 私よりもずっとはっきりと。

 しかし聖良さんは困ったような顔をしただけで答えてはくれませんでした。

 それどころか、ふいと視線を逸らします。

 ええと……もしかして触れてはいけない所だったのでしょうか。

 それでも聖良さんのその様子に強い拒絶は感じなかったので、今度は別の質問をしてみることにしました。

「それでは、もう少し前から気になっていたことを聞いてもよろしいでしょうか?」

「……何?」

「せーらさんは何故、現ちゃんが子供を探すお手伝いをしてらっしゃったのですか?」

「……」

 再びの困り顔。

 もしかしてこちらも触れてはならないことだったのでしょうか?

 思い返してみれば、聖良さんがあそこまで現ちゃんのお手伝いをする義理はありませんでした。

 まあ、私が現ちゃんの脅しを手伝ったのがきっかけといえばきっかけなのですが。

 毎日探索に手伝ってくださって、おまけにお茶までも用意してくださって。

 何故だったのでしょう。

 当時はあまり気にならなかったその事実が、今は妙に気になります。

 久しぶりに会ったからでしょうか。

 聖良さんに抱き着いた時のれーさんの顔が頭にちらつくからでしょうか。

 聖良さんからのお返事を待ちますが、答えのないままお互いに無言で暫く座っていました。

 手の中のお茶が、次第にぬるくなっているのが分かります。

 それでも、言葉は出てきません。

 せっかく、久しぶりに会った良い機会だというのに。

 すみませんと一言謝って聞かなかったことにすればいいだけのことなのに、何故かその言葉が出てきませんでした。

 こうして、ただ淡々と沈黙が流れていってしまうのでしょうか。

 ――それでも、何故か私はこの沈黙が嫌ではありませんでした。

 もどかしさと共に、感じる、心がほっとするような不思議な落ち着きが、そこにはありました。

 コップを持つ手が、ほんのり温かくて。

 お茶の香りがして。

 そして、聖良さんは隣に座っています。

 私の質問に答えるのを躊躇しながらも、立ち去ろうとせずそのままに。

 聖良さんから、僅かな匂いを感じます。

 何故でしょう。

 初めて会った時から、一度も聖良さんの匂いを感じたことはなかったのに。

 ……これは――私の、匂い?

 今まで誰からも感じた事のないものでしたが、何故だかそんな風に思いました。

 たとえば、まだ妊娠する前、シャワーを浴びる時。

 服を脱いだ時にふと感じる、自分自身の匂いによく似たもの。

 それを隣から感じていて、そう、その匂いに気付いた時から何故か、頭が、クリアになるのです。

 いつもの、頭にヴェールがかかる現象とは正反対に。

 凪さんからいただいたお薬を飲んだときとは真逆の現象。

 もうちょっと、いえ、もっと長く、ここにこうして座っていたいような――


 あみあみあみあみあみ。


「ん?」


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