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8月20日 2ヶ月 その3


「……今後は、くれぐれも同様の事がないよう、気をつけてくださいね」

「……はい」

「一歩間違えれば怪我ではすまされません。常識の範囲外です」

「……はい」

「ええと、私もさすがにアレは軽率かと思います」

「……はい」


 項垂れたまま床の上に正座して、延々と続くお小言に耳を傾けておりました。

 凪さんが。


 落下の衝撃は全てプールのように広いお風呂のお湯が吸収してくれて……いえ、そのように計算されていたのでしょう。

 全員、ずぶ濡れになるだけで済みました。

 現ちゃんも問題ない様子です。

 その後、悲鳴を上げてタオルで身体を隠すこのお風呂、そしてこの部屋の主である凪さん。

凪さんに3人分のタオルを貸していただき、皆なんとか人心地ついたのです。

 そして――改めてお説教タイムと相成りました。

 訳も分からず斜めになった床から落とされ、そしてずぶ濡れになった私たちは、口々に仕掛け人の凪さんを責めたてたのでした。

「このような仕掛けを作ったら、大変危険だと理解されているかと思いますが?」

「はぁい……」

「そもそも何故所長の部屋のしかも浴室に出口を作ったんですか」

「ついノリで……」

「それに、このダンジョン。女性の生殖器に対応させるってどういうことなのでしょう?」

「あ、気付いてくれた?」

「あ、その……」

「すごいすごーい! まさかもう解明されちゃうなんて思わなかった!」

 手を叩いてきゃっきゃと喜ぶ凪さんを前に、こちらがどう反応したら良いのか困ってしまいます。

「いえ、全部現ちゃんが考えたもので……現ちゃん?」

「……」

 そういえば、落下してから今まで現ちゃんは一言もしゃべっていないことに気が付きました。

 それどころか、ぷるぷると全身が振動しているのが見えます。

「どうしました現ちゃん? まさかお腹の具合が……」

「……さんだぁ」

「はい?」

「所長さんだ! 凪さんだ! うわぁああ、こんな所でお会いできるなんて! ってゆうかここお部屋ですか? 良い所ですねえお邪魔できて感激ですっ!」

「……はい?」

「え?」

 現さんは今まで抑圧してきた感情を一気に爆発させるかのように語り出しました。

 両手を差し出してぎゅっと凪さんの手を握って。

 彼女……いえ凪さんの身を隠しているタオルが今にも落ちそうでハラハラします。

「あのですね、お仕事中手術中にはお邪魔になるといけないかと思って黙っていましたが……実は、とても、とおおおっても、憧れておりました! 尊敬しておりました!」

「わあ」

「……あ、ありがとう」

 すごいです、現ちゃん。

 私と聖良さんのお説教に神妙に耳を傾けながら、先程までどこか悠然としていた凪さんが押され気味です。

 そういえば、今まで現さんは話の端々で凪さんへの尊敬の感情を滲ませておりましたっけ。

「突然落下した時には驚きましたが、それでも凪さんの事ですからきっと色々な考えがあってのことなんですよね」

「え、ええとその……」

「止めてあげなさいどう見てもそんなこと考えてなかった様子の反応じゃない」

「まさか! あんなにこの世界の将来と子供たちの事を考えていてくださる凪さんがそんな筈ないじゃないですか」

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「……ほら! こんなにすぐに非を認めて謝罪してくれたじゃないですか!」

「いえそれ完全に論調が矛盾してるんですけど……」

 完全に現さんのペースです。

「それよりあなた、受胎中ね。お腹の子供の方は」

「はい大丈夫! 元気に胎動中です!」

「それは良かった!」

「えーと、それでは……」

 盛り上がりつつある現さんと凪さんの間に、私はあえて割り込ませていただきました。

 ひとまず、今一番の懸念を解決する提案を上げなければいけません。

「とりあえず……服を着たらいかがでしょうか?」

「そうさせて貰えると嬉しいわー」

 そっと現ちゃんの手を離すと、はらりとバスタオルを落とし浴室を出て部屋へと向かう凪さん。

 その様子はあまりにも悠然としていて、さすがに目の遣り場に困ってしまいます。

 うろうろと視線を泳がせると、デスクの上の写真立てらしきものが目に入りました。

 ……凪さんご自身でしょうか? 女性の写真が飾られていました。

 戸惑いを誤魔化すように、声をかけさせていただきました。

「えーと、その……ご質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「どうぞどうぞ」

「凪さんは、ええと……男性なのですか?」

「知らなかったの!?」

 声をあげたのは現ちゃんでした。

「ここに入った時に挨拶で言ってたじゃない」

「受胎予定者に渡された資料にも書いてあったはずよ」

 おや?

 まずい風向きです。

 現ちゃんと聖良さん二人の突っ込みに、あっとゆう間に自分が墓穴を掘ってしまったことに気が付きました。

 悪いことはできないものです。

 遅刻して挨拶に出られなかったことと、資料に目も通していないことが、こうして所長さんご本人の前で白日の下に照らされることになるとは思いもしませんでした。

「ええと、ですが、まさか男性が妊娠されていたとは……」

「え、むーちゃん……え、知らなかったの?」

 現ちゃんが酷く驚いた様子でその台詞を繰り返した時です。

「……そういえば、そもそもここは、問題を間違えない限り来ることは無いルートなんだけどなー」

 着替え終った凪さんから更なる追撃がやってきました。

 部屋着なのでしょうか、優しいモスグリーンの入院着です。

「元々、受胎者が来るようには作っていなかったんだけど、一応、間違えようのない問題を置いたのに……」

「そ、そういえばどうしてそんな問題があるのですか?」

 誤魔化し半分、興味半分で質問してみました。

「あぁ。本番では、迷い込んだ子供達の為にクイズを置くつもりだったの。随所に仕掛けられた遊び心を楽しんでもらおうと思って。――とりあえずは、施設用の常識問題を置いてるんだけどね」

「な、何故そんな遊び心が差し挟まれているのでしょう?」

「決まってるじゃない。私たちの子供は、ここで、この『産屋』しか知らないで大きくなるから。私の思いつく、出来る限りのことをしてあげたいの。やがて『産屋』の門を開けて外に出て行く子供たちのために」

「分かりますすごくよく分かります! それは、新たな出産――子供たちは2度、ここから生まれるということなんだよね!」

「そう! 分かってくれたかしら!」

 口を挟んだ現ちゃんの手を、凪さんは嬉しそうに取りました。

 意気投合した二人はきゃっきゃと笑っています。

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