6月27日 ――0日その3
「新たに生まれた子供達は、全くの未知の存在。20歳で死ぬ親世代とは違い、長い寿命を持っている可能性だってある――そう、所長は考えたの」
聖良さんの説明は続きます。
ならばこの『産屋』は、その子供達の産屋にして学舎。そしていずれ旅立っていかなければならない古巣でもある。
だから凪さんは、子供達が育つ『産屋』をダンジョンにしたのだそうです。
「――きけばきくほど、どこか一般の方とはかけ離れた思考をお持ちの方なんですねえ」
「……否定できないわ」
一応自分の上司である存在をそう悪し様には語れないのか、聖良さんは抑えた表現で頷きました。
子供達には強くなって欲しい。
……そんな、凪さんの親心なのでしょうか。
かつて読んだことのある、ゲーム仕立てになっていた珍しい本の内容が思い出されます。
その本は通常の本とは違い、素直に前からページをめくっていくものではありませんでした。
読み進めていくうちに選択が迫られ、その選択と共に提示されているページに進むと、行動の結果が判明するのです。
そんな選択の分岐を繰り返すことで、読み手だけの物語が紡がれていくという……そんな不思議な本でした。
そしてその本では、選ばれた勇者はダンジョンに入り、強大な敵を倒す力を得るとされていました。
それと同様に、新たに生まれた子供たちも、強さを得るためにダンジョンに挑まなければいけないということなのでしょうか。
……ううん、到底理解できません。
「……すばらしい! 自分の死後も子供の事を考えているなんて、さすがは受胎の第一人者所長さん……まさに、親の鑑!」
ああ、ここに一名理解者がいました。
話を聞いて感動で打ち震えている現さんの前で、私は一枚の紙を広げます。
それは、今はまだほぼ白紙。
ここにこれから進んでいく道を書き記し、地図を作り上げようというのです。
ダンジョン攻略にはマップが必須ですからね。
ですが、目の前に広がる広大な、そして3次元的なダンジョンを見ると、なんだか無謀な試みのような気がしてきました。
「先は長いですねえ……」
思わず漏れそうになるため息を、慌てて堪えます。
ため息なんかついたら、一生懸命探している現さんに失礼です。
「ですよねー……って」
顔を上げたら、誰もいませんでした。
「あ、ら……?」
右を向いても左を向いても。
上を見ても下を見ても、手掛かりの足跡さえありません。
「もしかして……開始早々、迷子ですか?」
地図を見ている間に、皆さんが先に行ってしまったことに気付かなかったパターンでしょうか?
「ど、ど、どうしましょう」
急いで地図を畳むと、ポケットにしまいました。
「……あ」
その時、ポケットの中の丁度良いものに手が当たりました。
そうです。私には、これがあったのです。
いそいそとポケットの中から取り出したそれは。
「お・か・し~!」
てれってっててれて~んと軽快な効果音などを想像しながら広げたのは、とっておきの木の実の乗った焼き小麦菓子。
お菓子……なんという甘美な響きでしょう。
現存する人間の数に対して、必ずしも食料が豊富ではないこの時代にも拘らず、この『産屋』は、妊娠中の私たちの為の栄養補給のために多くの食材で潤っていました。
失われつつある人類にとって、私たち、子供を産み育てる存在は最後の希望。それを支えるために。
本当にありがたいことです。
外ではめったに得ることのできない甘味も、作れば食べることだってできます。
いえ、正確には、人類は食に対する感覚をもかなりの割合で失っていて、感知することのできる味覚はほぼ甘味一択。
そのため、果物をはじめとした甘味に関する食料は、厳しい争奪戦が繰り広げられていたのです。
旧感覚者である私も、嗅覚は残っているものの感じる味覚は甘味がメイン。
そんなわけで、この『産屋』でいただけるお菓子のなんとありがたいことか。
「……ひとまず、これを食べて一息ついてから皆さんを探しに行きましょう」
解決にもなっていない結論を出し、小麦菓子に手を伸ばそうとしましたら。
「あ……?」
ありません。
ハンカチの上に置いておいたお菓子が、ありません!
もっしゃもっしゃもっしゃ。
驚く私の隣で、咀嚼する音が聞こえてきました。
同時に香る、小麦と木の実。
「あ……!」
私の隣に、紫色の入院着を着た女の子がいました。
座って、そして私の大事な小麦菓子を食べています。




