番外編④ 生き急ぐように去って行く美少年の背中を切なく見送りたいと思っていた奥手過ぎる女王様の、ピュア過ぎたが故の過剰防衛の攻略法について(リュシアンside)
ついに本懐を遂げた翌朝、浮かれて睦言を囁けばアーデに突き飛ばされた。
本来ならば腹を立てたり、傷ついたりすべき事なのかもしれないが、真っ赤な顔をしているアーデを見て、ようやく、ようやく男として意識して貰えたのだと嬉しくなる。
アーデに逃げられた後、執務室で残っていた雑務を片付けていれば、やってきた宰相に
「絶対に負けられない戦いではありますが……あの人結構面倒くさいですよ。殿下の手に負えるのですか?」
そう挑発された。
「問題ない」
落ち着き払って短くそう返せば、宰相がさも面白げに眉を上げてみせる。
勝つためには負けなければいい。
「僕は負ける戦いはしない主義なんだ」
挑発を真正面から受け止めるように気だるげに頬杖をついて余裕綽々そうにそう言ってやれば、宰相がいつもの様に厭味ったらしく嗤って言った。
「では、大人になられた殿下のお手並みを篤と拝見させていただくとしましょう」
この国に来て、学んだ戦法を元に策を練る。
僕が学んだのは次のことだ。
①戦いは自分の得意とする領域に相手を引きずり込んで行うこと
②勝てないかもしれない相手とは相手の弱点が見つかるまで戦わず、弱点が分かった後は徹底的にそこを責めること
③互いに疲弊する前に敵を上手い事味方に引き入れ、戦わずして勝つこと
④力技で押し切るのは、あくまで次策だということ
アーデに有効だと思われる僕の唯一の武器は、この容姿。
アーデの弱点は色恋沙汰に酷く疎いこと。
それらを最大限に活かせるのは、自然に着飾ることが出来て、僕の元婚約者のエリーズが出席することになっている、僕の祖国で開かれる予定の大々的な親善パーティーか。
悪くない。
僕の父の存在も旨いギミックとして機能してくれるだろう。
それがもし上手く行かなければ……。
アーデには悪いがその時は力で押し切らさせてもらう。
力での押し切りは最善策ではないが、次策としてはそれなりに有用なのだ。
仕立て屋が、あの貧乏子爵が着ていた形のジャケットのデザインを寄越した時には、そのデザイン画を破り捨ててしまわないようにするのに苦労を要した。
うんざりすることに、祖国ではあれが流行っているらしい。
本来ならばそんな趣味が悪い場になど近寄りたくもないのだが、作戦の為だと懸命に気持ちを切り替えた。
流行りなど全て無視して、ただ自分がアーデの目に際立って見えることだけに心血を注いだ衣装を纏えば、
「素敵……」
アーデが頬を実に愛らしく赤らめながらそんな事を言ってくれた。
上手く行ったと心の中でほくそ笑みつつ、そんな打算など微塵も感じさせないよう柔和に微笑んで見せる。
その瞬間、僕の見目の良さにまんまと騙された周囲の令嬢達がかつての様に色めき立ち、ざわつくのが良く分かった。
僕の心は血の一滴すら全て愛しいアーデのもので、エリーズになど未練の欠片もないというのに。
エリーズを見て不安げにその瞳を彷徨わせるアーデを見ていたら、その健気な様子に胸が痛くなってしまった。
すぐに自分が心を捧げるのは生涯アーデだけだと、その場に跪いてその手に唇を押し当ててしまいたい衝動に駆られたが、これもアーデとの未来のためなのだと思い懸命に耐えていた時だった。
僕の様子に気づいた貧乏子爵が
「オレは利益じゃ動きませんが、同時に男には負けると分かっていても、戦わないといけない時がありますからね」
そんな馬鹿な事を言ってきたから、意図せず脱力する羽目になった。
何が『負けると分かっていて』だ。
仮にもお前は元騎士だろうに。
最悪勝てなくてもいい。
しかし国土を焼かれてしまえば、そこから立ち直るまでに長い時間を要し人も国も疲弊する。
だからこそ本当の戦では決して負けてはならぬのだ。
去って行く貧乏子爵の背をぼんやり見ながら、この国は相変わらず平和ボケしているんだなと、そう思った。
実に詰まらない物を見させられたと視線を戻せば、迷子の子猫のような顔でこちらを見ていたアーデと目が合ったから
「貴方が望むのなら、この国を無血で取って来てリボンをかけて差し出して見せますよ」
思わずそんな事をアーデの耳に囁けば、アーデが酷く困ったような顔をした。
国に戻った翌日。
神妙な顔をしたアーデに執務室に来て欲しいと言われ、ついに勝負の時が来たと気を引き締めた。
待ち合わせ場所に執務室を指定されたが、そこは僕に優位な領域ではない為、上手い事言いくるめ部屋で待つよう伝えれば、初心なアーデは僕の下心を疑うことなくすぐにそれに同意してくれた。
少しでも多くアーデの目を引けるよう服の色合いを昔自分が好んで着ていた物に変え、目薬を差し、大きく深呼吸をした後でドアを開けた。
そして常日頃の、宰相との化かし合いで得た演技力でもって芝居を打ってみせれば、その嘘に気づかずアーデが泣きそうな顔をして僕の頬に優しく触れてくれた。
久しぶりにアーデから触れてもらえた。
それだけで嬉しくてしかたなくて、思わずキスしてしまいそうになるのを耐えるのは苦痛でしかなかった。
その為、本当はもっとアーデをしゃべらせて僕から離れられぬよう言質を取るつもりだったのだけれど……。
「どれだけ私がリュシアンを愛してるか」
思いもかけず、アーデがそんな嬉しい事を言ってくれたからそれ以上我慢が効かず思わずそこで押し倒してしまった。
事後。
結局また、力で押し切ることになった事を一応は反省しつつ、
『離縁なんて言い出したら更なる武力行使もやぶさかでない』
という事を匂わせながら
「そういえば、大事な話って何だったんですか?」
そう尋ねた。
すると、僕に騙されたばかりだというのに
「……ずっと私のそばにいてくれる?」
思いもかけずアーデがそんな、思わず本物の涙が出てしまいそうな事を言ってくれた。
「えぇ、そう約束したでしょう?」
本当はもっと大人って余裕たっぷりに笑って見せたかったのに。
その一言が嬉しくて嬉しくて思わず素の表情を晒してしまった。
『あぁ、僕はまだまだ彼女には勝てそうにないな』
そう思った僕は、改めて彼女に負けだけはせぬことを心に誓うのだった。
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