番外編③ 生き急ぐように去って行く美少年の背中を切なく見送りたいと思っていた奥手過ぎる女王様の遅すぎる初恋の話(女王様side)
沢山のブックマーク、評価、誤字報告、そして暖かいご感想本当にありがとうございました。
嬉しさのあまり、調子にのって番外編の続き書いてみました。
糖度高め。苦手な表現などありましたらすみません。
目が覚めた時、隣で天使が眠っていました。
あれ?
私、いつの間に死んじゃったんでしょう??
美少年改め、生き急ぐことなく立派に大地を踏みしめ去って行く美青年の背中を切なく見送るはずが、むしろ見送らせてしまいましたか……。
ぼんやりそんな事を思いながら天使の寝顔を見守れば、天使がその長いまつげを微かに震わせた後、ゆっくりアイスブルーの目を開きました。
宝石と見紛うばかりに綺麗なその瞳に思わず見入った時です。
天使が、その綺麗な声で言いました。
「おはようございます。昨晩はがっついてしまってすみませんでした。……体、辛いところはありませんか?」
天使じゃなかったぁぁぁぁ!!!
リュシアン。
あなた、そんな純真を絵にかいたように綺麗な顔で何て事を……。
余りの事に思わずその場で石化すれば、リュシアンがクスッと笑て肘をつき体を起こすと、私の額に甘いキスを落としました。
キャパオーバーのあまり、思わずリュシアンの事を突き飛ばしその場から逃走した事は反省しています。
ジャンピング土下座の練習は後でしておくとして……。
まずはリュシアンと離れたところで気持ちを落ち着かせよう。
そう思って某国民的人気アニメに出てくる盗賊団の肝っ玉母ちゃんが指定した通り四十秒で支度を済ますと、執務室に逃げ込みました。
昨日は某ハプニングにより仕事をリュシアンと二人長時間にわたりサボってしまいましたからね。
執務室には大量の仕事に忙殺される宰相のレナルドが詰めているはずです。
人目があるここなら、リュシアンも色気駄々洩れのまま追ってくることは無いでしょう。
そう思ったのですが?
意外なことに執務室には誰もおらず、それどころか山積みになっているであろうと思った書類の束も見当たりません。
キツネにつままれたような顔をして突っ立っていれば、真っ白なシャツを着崩し、よく引き締まった胸元を微かに開けたリュシアンが色気垂れ流しのままに部屋に入って来て言いました。
「しばらくハネムーンに入るからと、粗方仕事は仕分けて各大臣に振り分けておきました」
リュシアン、努力の甲斐あって実に有能になりましたね……。
でも、今ばかりはその有能さが憎い!!!
リュシアンは悠々こちらに歩いてくると、優しく私を背中側からその腕の中に抱き竦め、真っ赤になってしまっているであろう私の耳に繰り返し繰り返し愛おし気にその唇を押し当ててきます。
なんですかこの激甘注意どちゃくそイケメンは?!
乙女ゲームのメインヒーローか何かですか???
綺麗な瞳で見つめられ、不意打ちでキスをされて。
私の中のネバーがギブアップしたので、ついに息のしかたさえ分からなくなりました。
リュシアンの腕を三回タップして、降参の意を伝えます。
するとリュシアンはわざと意地悪そうに口の端を吊り上げて見せた後、しかしすぐに花がほころぶようにまた眩しく破顔して見せてくれたのでした。
その眩しい笑顔を見た瞬間、突然胸の奥がギュッとしました。
こんな気持ち初めてです。
切ないような、苦しいような、この気持ち。
こういうの、何て言うんでしたっけ?
あれ? もしかして……。
これが恋? というものなのでしょうか?
そう自覚してしまった次の瞬間、猛烈な羞恥心に襲われ、突然これまでのようにリュシアンの顔を見る事が出来なくなってしまいました。
不思議そうに私の顔をのぞき込もうとしたリュシアンの肩を、再び思わず強く突き飛ばしてしまった瞬間、仕舞ったと焦ります。
「事が済めば僕は用済みですか」
とか捨てられた野良犬のような目をしてめちゃめちゃ面倒な展開になるのかと思ったその時でした。
意外にもリュシアンは拗ねることなく手を離してくれました。
驚いて顔を上げれば、リュシアンは相変わらず柔らかく幸せそうに微笑んでいます。
一方でそんなリュシアンの顔を見た瞬間、私はまた猛烈に恥ずかしくなって自室に向かって一目散に走り去ってしまったのでした。
その後も、
『リュシアンに対して取ってしまった酷い態度を謝らないと』
そう思うのに、どうしてもリュシアンの顔を真っすぐ見る事が出来ず意味も無くリュシアンを避け続けてしまいました。
その癖、彼の姿を少し離れた所で見つけたり、彼からの贈り物やそこに添えられたカードを受け取る度嬉しくて仕方なくなります。
……どうしたものか。
自分の不甲斐なさに頭を抱えた時でした。
リュシアンの祖国である隣国よりパーティーの招待状が届き、リュシアンと二人向かうことになりました。
煌めくシャンデリアの下、新しく仕立てたジャケットを羽織ったリュシアンを見て
「素敵……」
思わず声に出すつもりのなかった感嘆の声を漏らしてしまいました。
衣装を新調する際、仕立て屋が提案した隣国で今流行りのゆったりとした着丈のジャケットのデザインをリュシアンはさも嫌そうに却下し、流行りを無視した丈が短く体にフィットしたタイプのジャケットをオーダーしていました。
そして、それは恐ろしいくらいに彼の魅力を引き立てています。
私が長らく呆けたように彼の姿に見とれていたからでしょう。
「国に居る時には、婚約者の好みに合わせるため自分で服を選ぶことは少なかったのですが……。もともと着道楽なんですよ」
リュシアンがそんな事を言いながら苦笑しました。
『元婚約者』
その言葉を聞いた瞬間、繋いだ手を思わずピクッっと引きつらせてしまいました。
彼の元婚約者というのは確か、あそこにいる子爵婦人だったでしょうか。
先程から楽し気に夫と思しき背の高い男性と談笑している元婚約者の姿を改めて見て思います。
『若い!! お肌艶々のピチピチ!!! そして何あの子、めっちゃカワイイ! 』
長い事見つめすぎたせいか、私の視線を感じた彼女がこちらを振り、思い切り目が合ってしまいました。
そのせいで、あちらとしても私達を無視する訳には行かなくなってしまったのでしょう。
彼女は夫にエスコートされながら優雅な足取りでこちらにやって来ると、私の前で実に優雅にカーテシーをしてみせました。
「息災のようだな」
彼なりのプライドのようなものがあるのでしょうか。
私の国に居る時とは異なり、リュシアンが少し冷たげに見下すような尊大な物言いをしました。
リュシアンのその言葉少ない高飛車な言い方に、大変生意気で世話が焼けて可愛らしかったかつての彼の姿を思いだし思わずまたキュンキュンしてしまいます。
今の柔らかな物腰のリュシアンも大人の魅力を兼ね備えており大変素敵なのですが、やはりこのオレ様モードのリュシアンが私は大好物です。
白飯三倍、いや六杯は堅いでしょう!
久しぶりにサッと扇を広げ、垂れてきてしまったであろう鼻血を洗練された仕草で隠した時です。
子爵婦人と他愛もない言葉を交わしていたリュシアンが一瞬だけ、懐かしそうに目を細めました。
きっと私には分からない、彼と彼女の間でだけ通じる何かが合ったのでしょう。
どこか名残惜しそうに、リュシアンが去って行く彼女の後姿を見送るのを見て胸がズキンと痛みます。
突然感じてしまった苦く苦しい胸の痛みをどうすることも出来ぬまま、リュシアンの横顔を見つめてた時でした。
不意にリュシアンがこちらを振り返りました。
「どうされました?」
そう尋ねられ、何も言えぬまま首を横に振ります。
すると、まだ他の人の、彼が弱みを見せたくないのであろう彼の祖国の貴族達の目があるというのに……。
リュシアンがいつもの様に優し気に、私の為だけに眩しく破顔してみせてくれたのでした。
国に戻ってすぐ、大事な話があるとリュシアンを呼びました。
最初は執務室に来て欲しいと伝えたのですが、
「溜まっていた仕事を急いで片付けないといけないので、少し私室で待っていていただけませんか」
と言われたので、一人ぼんやり窓の外を眺めながらリュシアンを待ちます。
やはり、リュシアンには元婚約者のように年のつり合いが取れた可愛らしい女性こそが相応しい。
そんな当たり前の事にようやく気付いた私は、パーティーからの帰り道、
『どうやってリュシアンに離縁を告げるか』
そればかり考えていました。
この国でのリュシアンの身分はいくらでも保証する。
だからリュシアンが無理して私に義理立てする必要などどこにもない。
大好きで大切なリュシアンには、本当に望む人を見つけ、その人と心通わせ誰よりも幸せになって欲しい。
そんな事を告げようと思ってリュシアンを呼んだのですが……。
まだ見ぬ可憐な令嬢の手をとり、まぶしく微笑み去って行くリュシアンの背中を思い浮かべてしまった瞬間、思わず涙が零れました。
『生き急ぐように去って行く美少年の背中を切なく見送りたい』
がモットーだったはずなのに。
私の涙腺も脆くなったものです。
年のせいでしょうかね。
そんな事を思っていた時、ついにドアがノックされリュシアンがやって来ました。
口を開こうとした時です。
部屋に入って来たリュシアンが酷く辛そうな顔をしている事に気が付きました。
どうしたのかと慌てて駆け寄れば、彼が崩れ落ちる様に床に膝を付き、幼い子どの様に私のスカートに縋りました。
「リュシアン?! いったいどうしたというの!!」
思わずリュシアンの手を取り立ち上がらせ、ベッドに座らせました。
隣に座り、俯き良く見えないその表情をのぞき込みます。
彼の瞳はわずかに潤んでいて、その悲し気な様子に私の胸は張り裂けんばかりに痛みました。
「誰かに何か言われたの?」
私の言葉にリュシアンが口元に自虐的な笑みを浮かべると、それを隠そうとフイと私から顔を背けました。
「ねぇ、話して」
リュシアンの滑らかな頬に手を添えて、ゆっくりこちらを向かせます。
「お願い」
寧ろ私の方が泣きそうになりながらそう必死に頼めば、リュシアンが観念して口を開きました。
「父から叱られました。『元婚約者のエリルローズには既に母親になっているというのに、お前は何をしている。陛下の寵を得るられぬのは全てお前の不徳のなすところだ。この同盟を白紙にする気か? 何度も私を失望させるな』と」
それを聞いた瞬間、私の中で何かがプッツンと切れた音がしました。
あのくそジジイ!!!!
私のウチの天使に何て事を言いやがる!!
何が
『お前の不徳のなすところ』
だ!!!
「この国に来てリュシアンがどれだけ努力して、今では周囲の人に認められるようになったのか知らないくせに! いいわ!! どれだけ私がリュシアンの事を愛しているか分からせてやりましょう!!!!」
怒りに任せ、深く考えずそんな事を口走った時でした。
「アーデ……ありがとう。貴女にそんな風に、そして愛しているって言ってもらえてとても嬉しいです」
そう言って、何故かリュシアンが私の肩を優しく押しました。
ベッドの上に仰向けに倒れ訳の分からぬままリュシアンを見上げれば、脆く繊細な少年のような雰囲気から一変、リュシアンは妖艶で大人な笑みを浮かべています。
……あれ?
私、何か大事な部分を間違えたような???
そんな事にようやく気付いたのは、やはりリュシアンが慣れた手つきで淀みなくドレスのリボンを解く音を聞いた時でした。
…………。
宣言通り、私がリュシアンの事を愛している事、リュシアンには伝わったでしょうか。
伝わったのならいいです。
……いや、やっぱり恥ずかし過ぎるのでどうかどうか全て忘れて下さい。
リュシアン、この国に来たばかりの頃は駆け引き何て出来ないおバカカワイイ我儘王子様だったのに……。
彼の成長が色々と末恐ろしいです。
「そう言えば、大事な話って何だったんです?」
全てお見通しと言わんばかりの顔で、リュシアンがかわいらしく首を傾げながら、しかしとってつけたような黒い黒い笑顔で言いました。
悩んだ末、
「……ずっと私のそばにいてくれる?」
そう勇気を出して心の奥に押し込めていた願いをようやく口にすれば
「えぇ、そう約束したでしょう?」
リュシアンが私が恋してしまった切ないくらいに眩しい笑顔で、そう言ってくれたのでした。