番外編② 生き急ぐように去って行く美少年の背中を切なく見送りたい (女王様side)
【隣国の美しき女王陛下 アーデルリーザ】
パワハラ、モラハラ、セクハラ何でも有りのブラック企業でバリバリ働いていたら過労死しました。
沢山稼いで早期退職した後、気楽なお一人様生活を謳歌する筈だったのに……。
前世で誰に聞かれるでもなく漏らした最期の言葉は
「もっと沢山、生き急ぐように去って行く美少年の背中を切なく見送りたかった……」
でした。
そして気づいたら、何故かファンタジーな世界の王女として転生していました。
十四かそこらで、どこか他国の王子を婿に向かえる為婚約させられそうになったので
「児童婚反対!」
と前世の知識を総動員し、断固拒否して幼馴染の宰相と時に取っ組み合いの喧嘩をしつつ独り身でも立派に国を治めていたら、気が付けば結婚の適齢期まで逃していました。
後になって、
『そういえば、年ごろになった際にあまりお見合いの話が来なかったな』
と思い宰相に訳を聞けば、
「貴女が変な話ばかりするから、我が国の女王様は非常に優秀な方かつサディストで、綺麗な顔をした男性の泣き顔が大好きだと、そんな噂がまことしやかに流れてるんですよ」
と教えられました。
……エゴサなんてするもんじゃありませんね。
多少ダメージは受けましたが、それでもそんな根も葉もない噂にもめげず
『まぁ、四十前で早期リタイアして、前世で堪能しきれなかった優雅なお一人様の老後を今度こそのんびり優雅に楽しもう』
そう気楽に構えバリバリ仕事をこなしていたら、何と三十歳の誕生日を目前に隣国の王子様が婿入りして来ることになってしまいました。
婿入りしていらっしゃる王子様のお年は何と今年で十九になる未成年だとか。
「私を犯罪者にする気か!!!」
と宰相とつかみ合いをしつつ揉めたのですが、これを断ると更に年若い彼の弟が婿入りしてくることになると脅され、泣く泣く白い結婚を条件に渋々受け入れることとしました。
そうしてやって来たのは、一見優雅に礼儀正しく微笑みながらも、その実深く傷ついた目をし、
『近づくな!』
『気安く話掛けるな!』
といった手負いの獣ののようなオーラをまき散らす絶世の美少年でした。
その造形及び、ジャックナイフのようにとがった仕草が余りに私の中の美少年像の解釈と一致しており大変素晴らし過ぎたので、私は良識ある大人として彼との関係構築に悩む事も忘れ、前世同様彼に思う存分コッソリ課金したり、友人に熱く推しの素晴らしさを何時間も語り続けたりました。
(多忙な宰相は大変迷惑そうにしていました)
そんな風に美少年の我儘も気まぐれも、不遜な態度も癇癪も、全て
「尊い……」
と愛でたいように愛でていた、ある日の事です。
「どうしてこんなに良くしてくださるのですか?」
そう美少年に思いつめた様子で尋ねられてしまいました。
しまった!
BBAが興奮して気持ち悪かったかと真っ青になり
「違うの! 『生き急ぐように去っていく美少年の背中を切なく見送りたい』というのが私の性癖だけど、決して! 決してショタコンでも犯罪者でもないの!! お布施をさせていただきながら遠くから愛でるだけでいいの! だから怯えないで!!」
慌てた余り思わず気持ち悪さMAXの心の声を実際に声に出してしまい、自分で自分のやばさにドン引きしました。
「……でも、一方的に愛でられる側からしたら気持ち悪かったよね。本当にごめんなさい」
大人の仮面を慌てて引っ張り出して被り直し、殊勝な声でそう言えば、美少年にポカンとされてしまいます。
「……気持ち悪い何てとんでもない。陛下は誰よりもお美しいです」
私の瞳をのぞき込むようにして膝をかがめ、近距離からこちらを見上げた美少年の瞳に、こちらを慰める様な淡く優しい色が揺れます。
彼がこちらに来て半年が経ち、ハリネズミのように気を逆立てていた彼は、最近では少しこんな風に生来持っていたのであろう穏やかな気質を見せてくれるようになりました。
うん、これはこれで実に尊い。
そして、美少年の上目遣いパネェ……。
私は持っていた扇をサッと広げ、垂れて来てしまったであろう鼻血をなれた仕草でサッと隠します。
「でも、なんで見送るんです? ……あぁ、少年期を過ぎ、とうが立てば僕は用無しですか?」
久しぶりに、私の大好物であった当初を思わせる『傷ついた野良犬のような目』をされ、またその素晴らしさにまた思わずキュン!! としてしまいます。
……あ、キュン!! としている場合ではないですね。
真面目な話をしているところでした。
「だって、散々迷ったり苦しんだりする姿を(勝手に共に苦しみながら)見守った後は、その人には愛する人と幸せになって欲しいじゃない? だから見送りたいの!!」
旅立つ彼の姿を想像して、思わず眩しく目を細めながらそう言えば、彼がどこか救われたように、でも一方でどこに向かえばいいのか分からない迷子の子どもの様、に所在なくそのアイスブルーの瞳を彷徨わせました。
リュシアンがこの国にやって来て、あっという間に三年が経ちました。
リュシアンは未だに
「自分は無能ですよ」
そう言って酷く自分の事を貶める様な事をしばしば口にしますが、元王太子だけあってそれなりに政治も学んできた様で、補佐を任せてみれば統治能力がない訳でもありませんでした。
勿論こちらに来たばかりの頃には壮絶に世間知らずではありましたが(そこにも大変萌えさせていただきました。大変美味しゅうございました)、今となっては民の暮らしに誰よりも明るく、迷った際にはあの宰相がリュシアンに意見を求める程です。
リュシアンは自分は優秀ではないと思い込んでいるようですが、恐らく大器晩成型の人間なのでしょう。
そして壮絶に顔がいい。
美少年だった彼は、この三年ですっかり大人の色気を纏った美青年に成長しました。
そして元々根が純粋で優しいのでしょう。
常に驕ることなく、私の言葉に耳を傾け、周囲の取りまとめに尽力してくれる様は王配としての責務を立派にこなしており、彼は最近では不思議なカリスマ性さえも備えつつありました。
「よし、決めた! 王位はリュシアンの子どもに譲ることにする」
ある日、唐突にそう思い至ってそう宣言すれば、リュシアンの頬がバラ色に染まりました。
何故かは良く分かりませんでしたが、周囲が生暖かい空気に包まれます。
しかし、次の瞬間でした。
「そうとなれば、リュシアンのお嫁さん探しを急がないとね!」
私の言葉に、周囲とリュシアンの表情が今度は硬くビシィィィッと音を立てて凍り付きました。
……そうですよね。
分かります!
巣立っていく美少年の背中を見送るのって切ないですよね!!!
でも安心して下さい、その切なさについて熱く語り合うべく同士(私)はここに居ます!
涙枯れ果てるまで萌について、尊さについて夜通し共に語り合いましょう!!!
そう思い、周囲に
『分かってる、ちゃんと分かってるって』
と頷いて見せながら
「最近噂の聖女様とかどうかしら? 藍に近い珍しい色の髪が美しく、誰よりも相手の事を思いやる事が出来る素晴らしい子だとか……」
リュシアンのカワイイお嫁さん候補の話を再度振った時でした……。
「アーデルリーザ様。僕は愛する伴侶との間に子どもが欲しいです。お許しいただけますか?」
気持ちを切り替える様に頭を振ったリュシアンが、これまでになく壮絶な色香を意図的に振りまきながら優雅に微笑み言いました。
「もちろん!」
あぁ、この子は何て美しく立派に育ったのだろう。
ホントにどこにお嫁に出しても恥ずかしくないわぁ。
そう思いながら力強く肯定した時です。
身体がフワッと宙に浮きました。
突然の事に何が起きたのかしばらく理解出来ませんでしたが、どうやらリュシアンにお姫様抱っこをされているようです。
「リュシアン??? ……何してるの????」
「ようやくお許しをいただけたので、アーデの気持ちが変わらないうちにと思って」
「大丈夫、約束は違えないって誓うよ! リュシアンが望む人と結ばれることを必ず全力で応援する!!!」
『だから安心して降ろして』
そう言おうと思ったのに……
「安心しました」
これまでになく間近で、その綺麗な顔で上機嫌でリュシアンが笑うから、その色気に当てられ思わずボッと音がしたのではないかと思うほど全身が真っ赤になって思わず声が出なくなります。
いつの間にかリュシアンは、私を抱えたまま危なげなく階段を上り切っていました。
一見細身に見えますが、流石男の子だなと感心します。
……って感心している場合じゃなかった!
「分かったならいい加減降ろし」
『て』を言う前にリュシアンがにっこり言い切りました。
「僕が愛する妻は生涯でたった一人、アーデだけです」
「……はい????」
リュシアンが一体何を考えているのか分からない私の思考を置いてけぼりにして、リュシアンがいつもの様に穏やかそうな微笑みを浮かべながら、意外と足癖悪くガン! と寝室の戸を蹴り開けました。
そして、これまで使われてこなかった夫婦のベッドの上にまるで壊れ物を扱うかのように丁重に降ろされます。
えっ?
ちょ、……ちょ待てよ?!
リュシアンさん????
「とうが立った僕はやはりお嫌いですか?」
リュシアンに捨てられた犬の様にシュンとした声でそう問われ、そんなはずない、今のリュシアンがどれほど素敵か、私がどれほどリュシアンの事を大事に思っているか思わず必死になって言いつのれば
「よかった」
リュシアンがもう誰も叶わない無敵の笑顔でこれ以上は問答無用とばかりに、それはそれは美しく笑いました。
その笑顔に思わず魂を抜かれポーッとなっている内に、あっという間に羽織っていたケープがベッドの下に落とされドレスのリボンがシュッと音を立てて解かれます。
「りゅ、リュシアンさん……なんか、妙に手際がよろしすぎませんか?!」
慌てふためきながら思わず声を裏返させ往生際悪くそんな事を言えば、
「僕が素行の悪さ故、王位継承権をはく奪された王子だった事……まさか忘れていませんよね?」
リュシアンが動じることなく妖艶に微笑みます。
「そんな素行の悪かった僕がハニートラップにかかる事も無く、侍女に手を付けることもなく、三年もの間、愛する人を前に耐え抜いてきたんです。……僕が長い間いかにあなただけを思って来たのか、精々思い知ってくださいね」
…………。
宣言通り、リュシアンの思いを思い知った後―
「リュシアン、そんなに急いで大人にならなくてもいいんだよ。……生き急がないで、ゆっくり長生きしてね」
泥のように重い手を挙げてその綺麗な前髪を思わず撫でれば、
「僕はどこにも行きませんよ。共に生きましょう……」
リュシアンがそう言って背中ではなくその綺麗な顔を私に向けて、また切ないくらいに眩しく笑ったのでした。
番外編までお付き合い下さり本当にありがとうございました。
そして沢山の誤字報告、気になった部分のご指摘、ブックマーク、評価本当にありがとうございました。
おかげ様で憧れだった『なろう』で最高 総合日間12位 異世界転生恋愛部門日間1位にしていただけました。
ご感想もとってもとっても嬉しかったです(ノД`)・゜・。
と、いう事で調子にのって新作upしました。
『断罪されたりもしたけれど、私は元気です!』
以前ムーンで書いていた物のヒーローを変えて全年齢向けに書き直したものですが、よろしければお付き合いいただければ幸いです。




