悪い癖ってなかなか直せないですよね
私が修道院に来てあっという間に一月が経ちました。
こちらの生活にはすっかり慣れましたが、それでもジャン様は私の様子を気にして頻繁に孤児院を訪れて下さいます。
(もしかしたら私が来る前から度々、孤児院の慰問にいらしていただけかもしれませんが☆)
そして、その温かい心配りに応えるように、私のジャン様への愛は日々募って行きます。
嗚呼それなのに……。
こんなにも互いに想い合っているのに、どうしてジャン様は私のプロポーズを受けて下さらないのでしょう。
やっぱりあれですよね?
持参金がないのが痛いのですよね。
でも、障害は恋のスパイスって言いますしね!
まだこちらに来たばかりで、これと言った当てがあるわけではありませんが、前世での記憶プラスお妃教育で得た知識をフルに活かして、遠くない将来、一旗揚げて見せたいと思います!!
と、いう事で、金銭的な問題は一旦脇に置いておいて。
ジャン様と結婚するため、まずは重い女を卒業しようと気を付けて生活していたつもりの私ですが、悪い癖はどうも一朝一夕では改まらないようで……。
常にジャン様がどうすれば喜んでくれるか、どうすればジャン様の領地の為になるか、そんな事ばかりを考えてしまいます。
ダメです!
せっかくリュシアン様に改善点を教えてもらったのに、このままだとまたジャン様に重い女って思われてしまいます。
よし、こういう時は何か手を動かして、一旦考えることを止めましょう。
……そう思ったのに、気が付けば孤児院の子ども達と、今から来るであろうジャン様の為にと余った食材でクッキーなんかを焼いてしまっていました。
あ、お砂糖の代わりに甘いお芋を混ぜ込んでますのでお安く仕上がっています。
おやつも子ども達には栄養補給に欠かせませんし、無駄遣いはしていませんよ☆
……って、そうじゃなくて!!
これもリュシアン様がダメだって教えて下さったのに。
早くコレを隠さないと!
そう思ったのに。
「なんかいい匂いがするな」
子ども達と外から帰って来たジャン様はそう言うと、私が後ろ手に隠したクッキーを見つけ勝手に一つとって口の中に放り込むと
「うん、美味いな。いつも、子ども達の為にありがとうな」
そう言って私の頭を子ども達にするようにその大きな手で撫でてくれました。
鬱陶しがられると思ったのですが……。
私の想い、重くはないのですか?
褒められて困惑する私と、嬉しそうな子ども達の様子を、年かさのシスター達が優しくニコニコと見守ってくれています。
「ねぇ、他にもお菓子作ってよ!」
ジャン様につられて嬉しそうにクッキーを頬張る子ども達が、そんな事まで言ってくれます。
リュシアン様は鬱陶しそうにされるばかりでした。
それなのに、こんなに優しい態度や言葉を、こんなにも貰ってしまっていいのでしょうか。
余りに温かで幸せな空間に、私が思わず戸惑ってしまったそんな時でした。
「エリーズのお料理もすっごく美味しいのよ」
子ども達の言葉に
「へぇ、オレも食ってみたいな」
ジャン様が優しく眦を下げました。
「私の作った料理が食べたい=毎日オレに味噌汁を作ってくれ=結婚ですね? 一緒に温かい家庭を築いて行きましょう。私と結婚してください! あと、子ども達が食べ盛りなので孤児院の食費をもっと下さい!」
そう言えば
「味噌汁が何かはしらねーけど……。結婚? あー、それは無理だな」
とまた優し気な笑顔のままバッサリ断られてしまいました。
その代わり、近隣の農家から売り物にならない野菜などを分けてもらえるようジャン様が取り計らってくれたり、ジャン様自ら野生の雉や鹿などを仕留めて持って来てくれるようになったので、子ども達に満足いく量をいつも食べさせてあげられるようになりました。
二か月が経ち、修道院や孤児院での仕事にもすっかり慣れ暇を持て余し始めた頃、ジャン様のお父様に見込まれて、ジャン様のお屋敷でジャン様の領地経営の仕事を時々手伝うようにもなりました。
「お父様のお許しが出て毎日お屋敷で共に過ごしている=同棲=結婚ですよね? ジャン様、将来一緒のお墓に入りましょう。私と結婚してください! そして孤児院の子ども達に教育を受けさせたいので援助額の上限を取っぱらってください!」
そう言えば、
「エリーズはここに住んではいないから同棲ではないし、もう死んだ後の話か? エリーズはまだ今年で十八だろう。随分気が早いな。結婚? あー、それは無理だな」
そう、またサラッと躱されました。
しかし、ジャン様は私が仕分けを手伝ったことにより余った資金を孤児院にまわすことは快くOKしてくれました。
経済政策や福祉面等、統治に口を挟んでも、ジャン様は怒るどころか
「エリーズは凄いな」
と嬉しそうに褒めてくれます。
私が思わず勝手に資料整理をしてしまい、
『どうしましょう?! またやってしまいました!!』
そう気づいて真っ青になった時にも、怒るどころか
「分かりやすく整理してくれてありがとうな」
そう言って、お礼と言って庭に咲いた一輪のバラを自ら摘んできて贈ってくれました。
「はっ! 一輪のバラ=愛の告白=結婚ですね! おじいちゃんになっても大好きです、私と結婚してください! そして子ども達にテーブルマナーを学ばせたいので、カトラリーや食器をそろえる予算を下さい!」
もちろんプロポーズではないとのことで、逆プロポーズは予算の件と共に華麗にスルーされました。
しかし、ジャン様は後日子ども達を数名ずつに分けてお屋敷に招いて一緒に食事を取りながらテーブルマナーを教えてくださいました。
そして、子爵家とお付き合いのある方に季節のお便りを書く際に贈り物を添えたところ(高価な物を添える代わりに、領地で作っている四季折々の果実酒やジャムなどを添えました)、夜会の招待状などが頻繁に届くようになり、高位貴族とのコネクションを欲しがっていたジャン様のお父様や家令からも感謝されました。
夜会=ジャン様のお見合いの様な物でもあるので、私としては少し複雑ですが、これまでなかった他の貴族や商人たちとの関係が出来る事は、将来、孤児院の子ども達が就職するときの良い伝手になるのは間違いないので良しとしましょう。
夜会の招待を受けたついでに家令と相談の結果、仕立て屋を呼んでジャン様の衣装を新しく仕立てることにもなりました。
ジャン様は使用人や領民の為には太っ腹な所があるくせに、自分の事にお金をかけなすぎるので、こんな機会でもないと、
「オレが何を着てもそんなに変わらないだろう」
と永遠に古い衣装を着るか、平服のまま過ごしかねないとのこと。
ジャン様は背が高く肩幅も広いので、ダボッとした野良着でも服の中で体が泳がずそれはそれで私的には大変素敵なのですが……。
まぁ、それでせっかく見直され招待を受けた夜会に行く訳には行きませんからね。
巷ではリュシアン様が好んでお召しになっている丈が短めで割とピタッとしたシルエットかつ首元が割合詰まったジャケットが流行っていますが、ジャン様にはゆったりとした着丈と絞りの少ないボックスシルエット、そしてVゾーンが深いジャケットをオーダーしました。
ジャン様が短めの丈のジャケットを着ると、どうしても寸足らずな印象を受けるので、シルエットに関しては流行りは無視に限るのです。
「でも流行りを無視したら、『これだから田舎者は』とまた馬鹿にされるだけでは?」
オシャレが好きな侍女さんがそう心配そうに言いました。
侍女さん、良い所に気づきましたね☆
でも心配ご無用です。
シルエットの流行を無視した分、用いる生地や細部のデザインを最新の流行りに合わせます。
これで決して流行遅れの田舎者とは誰も言えないでしょう。
流行りの生地は大量に生産されていてお安く手に入れられるので、そこも素敵ポイントなのですよ。
色は瞳よりも濃いブルー、そして飾りにはジャン様の髪の色に合わせた金糸を用いました。
これを纏ったジャン様は、その長身とその整った顔立ちがよく映えて、実に素敵に見える事でしょう。
私は今まで彼を軽んじてきた貴族達にジャン様の真の素敵さを夜会で見せびらかしてギャフンと言わせたいような、そうすればあっという間にイケメンに飢えた貴族の令嬢にかっ攫われるだろうから行って欲しくないような、そんな複雑な気分になったのでした。