【番外編】リュシアンの勝利条件③(side アーデ)
あれから二月が経ちました。
執務室の中には、一月以上塔に引き籠り公務をサボっていた罰として、馬車馬の様に働かされるリュシアンの姿があります。
悪阻で体調が優れない私の分までも宰相のレナルドから押し付けられているようで……。
机の上に高く積まれた書類の山は今にも雪崩が起きそうです。
前世で過労死した私が、これはいけないとレナルドに掛け合って来ようとした時でした。
「貴女と生まれてくる子どもの為、自分なりに一生懸命やっていただけなのですが……。貴女がそう言うなら、労働条件の交渉は自分でするから大丈夫ですよ」
リュシアンはそう言って自ら休憩の為に手を止めると、侍女に二人分のお茶を持って来るよう頼んでくれました。
そうそう、リュシアンは負ける戦いはしないのでした。
だからレナルド相手の交渉も私が口を出さずとも、きっと自分自身の力だけで上手くやってのけるでしょう。
しばらく話をした後、リュシアンが公務に戻ろうと立ち上がった時でした。
妊娠で情緒不安定になっているせいでしょうか。
不意に離れてしまった体温が寂しくなって、思わずリュシアンのシャツの裾を引っ張って引き留めてしまいました。
「ごめんなさい! 何でもないの」
慌ててそう言い繕ったのですが……。
リュシアンはニコッと笑うと、すぐさま私の隣に戻って来てくれました。
「いいの?」
驚いてそう尋ねれば
「えぇ問題ありません。例えレナルドに五月蠅く言われたとて、公務をサボるのは祖国に居た頃の僕の専売特許でしたからね。それで周囲から冷ややかな目を向けられようと、痛くも痒くもありません」
リュシアンはそう言って、
離れていた分の体温を取り戻すようにギュッと抱きしめてくれました。
また少し時間が経って―
寂しいけど、これ以上リュシアンの邪魔をするのも悪いと席を立った時でした。
リュシアンが優しい声で言いました。
「そうだ、体調が良いなら少し視察に付き合って下さい」
◇◆◇◆◇
公務だと言って。
リュシアンが私を連れて来てくれたのは、高級チョコレートが自慢のカフェでした。
落ち着いた内装の店内で、お手本のように綺麗な所作で香り高い苦いコーヒーを美味しそうに飲みながら
「庶民の暮らしを知る事も大切ですから」
リュシアン様は私に気を遣わせまいと、そんな見え透いた嘘をつきました。
「リュシアン……忙しいのに、連れて来てくれてありがとう。リュシアンと来られて嬉しいわ」
忙しいリュシアンがわざわざ時間を割いてデートに連れ出してくれた事が素直にうれしくて。
そう感謝の言葉を伝えた時でした。
「喜んでもらえてよかった。いつか、三人でまた来ましょうね」
リュシアンはそう言うと、私が愛して止まないあの笑顔で、また切ないまでに眩しく、そしてどこまでも優しく笑ってくれたのでした。




