【番外編】リュシアンの勝利条件②(side アーデ)
リュシアンに囚われたあの日から、あっという間に三日が経ってしまいました。
「問題になる前に早く城に帰して。お願い!」
何度そう言っても、リュシアンは頑としてそれを聞き入れてくれはしません。
早く帰らないとリュシアンが罪に問われてしまう!!
そう思って焦るのですが……
「戻って他の人をあてがわれるくらいなら、貴女を迎えに来た兵にここで殺される方がマシです」
そう言ってリュシアンは私の頼みを聞き入れてくれる事はありませんでした。
結局、私を救出に来た兵により、あっさりリュシアンは捕らえられ―
「少しはそこで頭を冷やして下さい!!!!」
そう激怒する宰相の命により、西の塔に幽閉される事になってしまいました。
しばしの謹慎期間を経た後、何とか宰相の許しを得てリュシアンを迎えに行ったのですが……。
「僕が今ここに居るのは、宰相との攻防に負けたからだとでもお思いですか? 言ったでしょう、僕は負ける勝負はしないと。僕は好き好んでここに居るんですよ。ここで朽ち果てる事によって、貴女が僕を忘れられなくなれば僕の勝ちです。」
私自ら鍵を明け渡しに行って、戻って来てくれるよう必死になって懇願したのですが。
リュシアンはそう暗く嗤うばかりで塔から出て来てくれませんでした。
衣食住でリュシアンが決して不自由する事の無いよう、リュシアンの世話係をしてくれている兵士や侍女にはよくよく頼み込んでありました。
しかし、そう言ったお世話のほとんどを当のリュシアン本人が拒んでいるようで……。
リュシアンの不健康に少しこけた頬と、伸びた前髪、そしてわずかに垢じみたシャツを見て。
どうしようも無いくらい悲しくなり、涙が止まらなくなってしまいました。
ずっと……。
本気になった末、いつかリュシアンに捨てられるのが怖くて。
色々弁えている振りをして。
リュシアンに対し一線を引いてきてしまいました。
リュシアンはずっと真っすぐ私に向き合って、思いを伝え続けてくれたのに……。
私が臆病だったせいで、リュシアンをこんなにも深く傷つけてしまいました。
今更謝った所で。
リュシアンはもう許してくれないかもしれません。
でも、リュシアンをあのまま死なせてしまう事なんて決して出来ません。
私は一体どうリュシアンに償えばいいのでしょう……。
そう思い両手で顔を覆った時です。
ふとリュシアンの口癖を思い出しました。
『僕は負ける戦いはしない』
リュシアンの勝利条件。
リュシアンはそれを、塔で朽ち果てる事によって、私がリュシアンを忘れられなくなる事だと言いました。
しかし、それだけでしょうか?
リュシアンの勝利条件、それにはもう一つ上位の物があって、それを差し出せるのならば……。
リュシアンにただの勝利ではなく、大勝利を捧げる事が出来たらなら?
リュシアンはそれを受け入れ、帰って来てくれるのではないでしょうか。
◇◆◇◆◇
「え?? 何で??? 何でそんな物持って、こっち側にいるんです????」
枕持参で牢の内側に自ら乗り込んで来た私を見て。
リュシアンが久しぶりに怒った表情を取り繕うのも忘れ、これまでの様にポカンとしながらそんな事を言いました。
「リュシアンがここに居る限り、私もここに泊まるわ!!」
「はい??」
数呼吸置いて。
正気に戻ったリュシアンが訝し気に冷たい視線を向けてきますが……。
今はそれに怯んでいる場合ではありません!
「リュシアン愛してるわ! だから今すぐ子どもをつくりましょう!! そしてここを出て三人でいつまでも幸せに暮らすの!!! そうすればリュシアンの大勝利よ。そうでしょう?!」
そう言うなり。
私は問答無用でリュシアンに掴み掛かりました。
シャツのボタンを無理矢理開けさせ、襲いかかり。
いざ!
事に及ぼうとしたのですが……
「わぁ?!!! ちょっと! ちょっと待って……、待ってください!!!」
慌てたリュシアンに咄嗟に手首を掴まれ……
私の凶行は無事未遂に終わりました。
…………。
私が切腹を決意した時でした。
「……嫌だとはいっていないでしょう。ちょっと待ってくださいと言ったんです。貴女からそんな風に熱烈に誘っていただけて大変光栄なのですが……長い事湯も使わず頑張っていたので僕、残念ながら今汚いんです」
そう言って。
とまどいつつも厳しい表情を解いたリュシアンが、観念した様に、しかし優し気にふにゃっとまた笑って見せてくれました。
「湯浴みだけは欠かすべきではありませんでしたね。読み間違えました。……というより、こんな事態想像出来る筈ないでしょう。負けを認めるつもりはありませんが……はぁ……貴女にはいつも勝てないなぁ」
久しぶりに聞く、リュシアンの優しい声に。
涙が滝のように溢れてきて止まらなくなります。
するとリュシアンは何とも言えない表情をして小さくため息を付いた後、私の求めるままに私に向かってその両手を優しく伸べてくれました。
「ねぇ、リュシアン……。私、リュシアンのツンと澄ました顔が好きよ。でもリュシアンの笑顔はもっと好き。いじけてるリュシアンも大好き。でも、ひたむきに頑張ってるリュシアンも同じ位大好き」
私の懺悔とも告白ともよく分からない言葉を、リュシアンは私をその胸に優しく抱いたまま黙って聞いてくれます。
「私……私ね、リュシアンがこの世界にいるだけで、ただそれだけで本当に幸せなの。でも……これからもリュシアンが傍に居てくれたらもっと幸せだわ」
きっと。
きっと私が長い時間をかけてリュシアンにつけてきた傷は、いつの間にか積み重なってとても深くなっていて。
こんな言葉で帳消しになんて出来ないはずなのに……。
リュシアンが想ってくれている程の想いを、臆病な私はまだ返せてなどいないだろうに。
それなのに……。
やっぱり優しいリュシアンは小さく頷いて、和解の言葉の代わりに私が零した涙をその綺麗な指でそっと払ってくれたのでした。
よかった。
これでリュシアンがまたお城に帰って来てくれる。
そう思い、ホッとした時です。
名残惜し気に体を離したリュシアンに
「急いで湯を浴びてきますから、少し待っていて下さい」
そう言われ困惑しました。
湯?
それならお城に戻ってからでいいのでは??
そう思った時です。
リュシアンは実に嬉しそうに笑って鉄格子の内側から手を伸ばすと……
カシャンと音を立て、自ら牢に鍵を掛けました。
「僕の大勝利に貢献してくださるのでしょう? それまで逃がしませんよ」
初めてベッドを共にしたときよりも確実に大人になってしまったリュシアンが、
黒く妖艶な笑顔を浮かべ、湯を使うため奥の部屋に颯爽と姿を消しました。
何で……
何で幽閉されていた筈の人が牢の鍵を持っているのでしょう?!!
責任者は責任を取って今すぐ助けに来て下さい!!
牢の鍵をリュシアン渡した犯人を呪った私でしたが……
その犯人は紛れもない自分であった事に気づいたのは、湯浴みを終えたリュシアンが
『さぁどうして食ってやろうか』
とばかりにペロッと小さく舌なめずりをして見せた時の事でした。




