番外編 リュシアンとチョコレート① (女王様side)
リュシアンが好きな物。
それはどうやらチョコレートのようです。
こちらに来てしばらくの間は何か嫌な思い出でもあったのか、チョコレートを出すと露骨に顔を背けていたので
「あぁ、チョコ嫌いなんだなー」
って察して、特にそれ以上勧める事もなかったのですが。
元々は好きだったのでしょう。
時間の経過と共に嫌な思いでも薄れたのか、気が付けば執務の合間にチョコを摘まむリュシアンの姿をしばしば目にするようになりました。
ある日リュシアンの祖国の北東部と私の国の北西部と国境を有する……平たく言えば、リュシアンの祖国と私の国に挟まれる形で存在するネザリア国から、友好の証として贈り物が届きました。
ネザリアは小国ですが、王都は美しく華やかです。
以前は美しい織物や、溜息が出てしまうような素敵なデザインの宝飾品が送られてきましたが、今回贈られてきたのは周辺諸国でも人気となっているチョコレートでした。
艶やかな美しい薔薇の細工が施されたそれは、まるで芸術品の様です。
「リュシアン、素敵なチョコいただいたの! 食べて」
そう言ってそれを執務室で仕事をしていたリュシアンに見せれば、リュシアンはフワッとそれこそ薔薇の蕾が綻ぶように微笑み、
「ありがとうございます、嬉しいです。せっかくなので一緒にお茶にしましょう」
そう言って侍女にお茶を入れるよう頼んでくれました。
香り高いチョコレートは、期待通りトロリと甘い幸せな余韻だけ残して口の中であっという間に溶けていきます。
リュシアンがあまりに幸せそうに眼を細めるから、もっと他のチョコも持ってこようと執務室を出た時です。
出くわした宰相に
「あの人、さっき『忙しくて昼食をとる暇もない』って愚痴りながら片手間に散々チョコ食べてましたよ」
と教えられました。
……リュシアン、忙しいって事も、チョコはもう散々食べた後だって事も遠慮なんかせず言ってくれればいいのに。
最近のリュシアンは私が何か言えばいつだって
「嬉しいです」
そう言って笑うばかりで……。
あ!
別に
『ツンが足りない!』
とか、
『あの美しい顔を露骨に嫌そうに歪めるその表情も大変眼福だったのに!!』
とか、そう言う愚痴ではないですよ?
本音を言ってくれればいいのにって。
分かってあげたいのに、いつも全然分かってあげられていなくてごめんなさいって、真面目にそう思っているだけです。
せめてリュシアンが安心して本音をさらけ出せる友人が出来ればいいのですが。
友人をつくる事を提案しても、
「祖国にいた時もそんな者いませんでしたし。必要ないですよ、友人なんて。僕は貴女さえいてくれればそれで幸せです」
リュシアンはそう言い切ってあまり同年代の臣下達とは関わろうとはしません。
『必要ない』
リュシアンは私に気を遣わせまいとそんな突き放した物言いをしましたが、恐らく王配という立場故、権力にすり寄ってくる者達を警戒して自ら孤高を保っているのでしょう。
でも、それではあまりにリュシアンが不憫です。
どこかにリュシアンとお友達になってくれる良い方はいないでしょうか?
そんな事を考えながらチョコの代わりに塩気の効いたハムとチーズ、そして野菜たっぷりのサンドイッチを持って部屋に戻れば、リュシアンは彼お気に入りのソファーでうたた寝をしていました。
日向で体を丸めて眠るその姿は、まるで毛並みの美しい猫の様でした。
それからしばらくした頃です。
ネザリア国の第一王子である御年十八歳のイライアス様が、夏の間、私の国にいらっしゃる事になりました。
イライアス様。
お噂はかねがねうかがっておりましたが、ご両親も美形というだけあって……
はい!
金髪碧眼のお人形さんのような文句なしの見送りたくなる美少年でした!!
「陛下、どうぞボクと踊ってください」
歓迎パーティーで、イライアス様がそのロイヤルブルーの瞳をキラキラさせながら、片膝を付いて胸に手を当て上目遣いにそんな事を仰いました。
お父様でいらっしゃるゼイムス様とよく似た麗しいお顔立ちに、お母様のローザ様の吸い込まれそうな輝くロイヤルブルーの瞳。
リュシアンで慣れた古参の侍女アンナは辛うじてその会心の一撃に耐えて見せましたが、新しく私付きとなった侍女はそのあまりの攻撃力の高さに
「ぐはっ!」
っと淑女にあるまじき声をあげて鼻の根本を押さえました。
確かその侍女の名前はマリアと言いましたか?
彼女とも仲良くなれそうな気がします。
あ、私ですか?
私はリュシアンに散々鍛えられましたからね!
事前に鼻の奥見えない所に詰め物をした上、口元は歯を食いしばり、それを扇で隠しているので一見涼しい顔が保てているかと思われます!
美人は三日で飽きるとか言われていますが、美少年は緊張が解けるにつれ日に日に攻撃力を増していくからホント恐ろしいです。
傷つき牙をむき出しにした野生動物のようだったリュシアンが、初めてはにかんだように笑った時、私は綺麗なアーチ状の鼻血を噴き上げ、長い付き合いの侍女アンナは
「ブホッツ!!」
と、そのクールビューティーな外見とはかけ離れた声を出したのも、今となってはいい思い出です。
……えっと、何の話でしたっけ?
そう思った時です、私の思い出し笑いを了承と勘違いしたイライアス様が綺麗に微笑むと、突然扇を持っていた私の手をキュッと握り、あろうことかそのまま手を引いてダンスの輪の中に向かって歩き始めました。
は、鼻の詰め物が!!
慌てた私は、顔の位置を不自然でない程度に保つのにいっぱいいっぱいで、うっかりファーストダンスを断りそびれてしまいました。
何とか無事、鼻に脱脂綿詰め込んでる事がバレず踊り切った……
ようやく音楽が止み、そう心からホッとした時です。
またしてもその表情を読み違えたイライアス様が私の手を離さぬまま、二曲目を踊り始めてしまいました。
いくらイライアス様の歓迎パーティーとは言え、夫でもない人とファーストダンスを踊るのだけでも異例中の異例だったのに……。
続けて二曲目を踊り始めた私達を見て周囲がぎょっとしてこちらを注視しているのが分かりどうしたものかと軽い頭痛を覚えます。
リュシアンの方に目をやれば、大人の余裕を浮かべ微笑むその額に、密かに青筋が立っているのが見えた気がしました。
お久しぶりです。
また読んでいただけて嬉しいです。
更新お休みしている間も、誤字評価等本当にありがとうございました。
イライアスは、『悪役令嬢は壁になりたい』に出てくるゼイムスとローザの子どもという設定です。
そちらを読まなくても差し支えないように書いたつもりではありますが、もしそちらも読んでみてもいいよと思って下さる方がいらっしゃいましたら、作者名クリックしていただければ見つかるかと思います。