激闘!アンデッド氷柱ちゃん!
空は久しぶりの快晴、眼下は一面の雪化粧。
決戦の地は我が家のベランダ。
僕の装備はコートに防水手袋、そして妻から託された神の槍。
相手は、雪国が生んだ、忌まわしき不滅の魔物。
それは僕と妻の茶番から始まった。
「ダーリン! 討伐クエストを依頼します!」
「なんだってハニー、僕を指名するってことは、相手はかなり骨のあるやつなんだろうな?」
「骨はありません!」
「おっと、ナメクジなら勘弁してくれよ、僕はアイツだけはゴメンだね」
「ダーリン、外をご覧なさい、一面の雪景色じゃない。ナメクジなんか凍ってるわ」
「はっはっは、それもそうだな」
「相手は氷のゾンビよ」
「⋯⋯え、なんて?」
なんのことか全くわからなかった僕は、茶番モードを止めた。
けれど、妻は妙にノリノリで続けている。
「神ノ槍をダーリンに託すわ」
「え?」
そう言って渡されたのは、身の丈ほどもある凶器。
⋯⋯ではなく、『雪庇落とし』という、ホームセンターでも買える道具なのだが、知らずに見ると武器にも見える。
金属製の長い柄の先端に、これまた金属製の板が付いている。この板は鋸のようにギザギザしており、その名の通り雪庇を削ったり叩いたりして落とす為の道具だ。
雪庇とは、屋根に振り積もった雪が迫り出した状態をいう。しかし単なる雪ではない。屋内の熱や雪自身の重みで溶け、再び凍って分厚くなる。
これが人に落ちようものなら無事では済まない。だから落雪の前に、人の手で落とすのだ。
しかしこの雪庇、寒い時期には絶え間なく発生する。落とせど落とせど復活する。何度だって僕たちの前に現れる。
「まるでゾンビだよなぁ」
ガツガツと雪庇を鋸状の歯で叩きながら言ちる。
「氷のゾンビ?」
換気のため、ベランダを少し開けていたので、妻の茶々が入る。彼女は身重なので、暖かい部屋で安静にしながら、万が一の事故に備えて見張りをしている。
「なんか面白い名前ない?」
「雪庇の?」
「うん、討伐クエストなんだし、やりがいありそうな名前ない?」
「槍だけに?」
「槍だけに」
実際、雪庇落としの使い方は槍と似ている気がする。氷の塊に刃を突き刺し、振りかぶり、薙ぎ払う(と言っても、槍を使ったことはないのだが)。
「氷の壁とかは?」
律儀に妻が提案する。
「弾幕系シューティングのボスみたい」
「じゃあ氷の牙と書いてアイスファング」
「お、同名の武器を落としそう」
「アンデッド氷柱ちゃん」
「中ボスっぽい」
ちょうど、グングニルの一撃が決まり、雪庇が砕けてゴトンと落ちる。
妻が拍手した。僕は雪庇落としを掲げ、英雄よろしく室内に凱旋を遂げた。
それから一週間と経たずして、妻が言った。
「討伐クエストを依頼します!」
ベランダを見れば、数日の雪によって、白く、厚く、固くなって蘇ったアンデッド氷柱ちゃんか、僕を嘲笑うかのように待っているのだった。
2021/01/11
アンデッド氷柱ちゃんは調子がいいと一日で復活します(実体験)。