6話~ふたりにかけられた呪い~
目を瞑り、醉象が語り続ける。
「戦いを天命とした人間に仕えることによって、ヒトのカタチのまま輪廻を得る転生の呪術。常に劣勢にある側で戦い、捲土重来を知らしめた時こそ、敗北の呪いから解放される」
「な、何を言ってるのか分からないんだってば」
「銀子さま。私たちに掛けられた術は呪いでございます。しかし、私たちは爺さまの行為を恨めしく思ったことなどありませぬ。そして、それは銀子さまへ尽くすため、我が身に不実がないことの証しなのです」
「だから分からないことをしゃべらないでよ。何がいいたいのか全然分からない」
「も、申し訳ございません。私が申し上げたいのは感謝のみの言葉です――ありがとうございます、銀子さま」
銀子の手をとり、両手で包み込みながら、銀将は言った。
大きな瞳は微かに潤み、あたかも銀子のことを吸い込むようだ。
身を乗り出して、手を握ってきた銀将の姿に、銀子は思わず見とれてしまう。
「銀子さま……?」
「へっ。な、なに?」
「私はまだあなたさまのことをよく知りませぬ。ですが私たちにとって、誰よりも大切な存在。それが銀子さまであることに変わりはないのです」
「そ、そう、なの……?」
「はい!」
銀子は理解できていないのに納得しかけていた。なぜなら、目の前の少女は嘘をついていないからだ。話している内容のほとんどが理解の外だったが、異邦人のような彼女は、その声と言葉と顔と全身で、自分のことを慕っている。
それは横で朗らかな表情を向けている醉象も変わらなかった。
「うん。それに銀子から喚び出されたのが、銀将とボクだけで勿怪の幸いだったよ」
ふたりからは微塵たりとも、嘘の匂いがかぎ取れなかった。
良かれ悪しかれ銀将と名乗った少女は、銀子によって今の自分があるのだと本気で思っている様子である。さらに驚くべきはまっすぐに向けられる好意は、こんなにも抗し難い力があるということだ。高校生になったばかりの銀子には善意への耐性はあれど、好意には丸裸に近い状態なのである。
「これからよろしくお願いします」
正しく座って膝をつき、銀将が指をついて頭を下げた。
ハイと答えそうになった寸前、主は押しとどめて息を飲む。
やがて動悸が落ち着いてくると、銀子は台詞を噛みしめるように言った。
「話をまとめると……。銀将と醉象は、過去に生きてた人間ってことでいいんだよね」
「そうだよ。銀子は物わかりが良くて助かるなぁ。理解してもらうまで、いつも時間がかかるんだ」
嘘をついているのは自分の方だという状況が、銀子にとっては憎々(にくにく)しかった。理性的であろうとして常識的な判断でしゃべっているはずなのに、どうしてこちらが自己嫌悪に陥らなければならないのか。とはいえ醉象たちの話を安々(やすやす)と信じてしまうわけにもいかない。
でも、信じられないと答えたら、さらに面倒なことになるだろう。
だから銀子は手っ取り早く嘘をついたのだ。あたかも信じて理解したように。
「……事情は分かったよ。その上で本題を言わせてもらうけど」
「うん。何だい銀子」
「私も銀子さまの言葉を拝受しとうございます」
ふたりが身を乗り出して主人へ聞き返す。言いづらいが、父の将門があの調子なのだから、自分がはっきりと告げなければならない。
「行き先がなくて泊まるところもないのは、お父さんから聞いてる。でも、うちだってふたりのことを置いておけないよ。警察に行方不明の届けが出されてたりしたら、事件になっちゃうかもしれないでしょ」
「将門は気にしなくていいって言ってくれてたけど」
「お父さんは問題が起きてから考えるタイプだから、私が締めなきゃいけないの。悪いけど銀将たちにはちゃんと出ていってもらうからね」
「えー」
不満を隠さない醉象を制するように銀将が口を開く。
「醉象さま。銀子さまの仰る通りです。私たちも蝸廬を定め、銀子さまのお邪魔にならぬ行住座臥を心掛けるべきでしょう」
「はいはい。銀将とふたりで喚び出されたのは良かったけど、厳しいところがなー」
「うふふ。醉象さまに対して、口うるさくするつもりはございませぬ」
明朗に答えてくれた銀将に、銀子は胸をなで下ろした。
「良かった。そういうつもりなら私もきつい言い方はしないよ。住むところを探すのは大変だろうし、お金の問題もあるだろうから、しばらくは家を使って。お父さんもバイトを探す手間が無くなったって喜んでるしね。だから、お金はちゃんと受け取ってね」
「ありがとうございます。本来ならば銀子さまに迷惑をかけるわけには参りませんが、如何せん僅かな銭金の当てもなく米塩の資にこと欠く有様でございまして……。暫しお許し頂きたとう存じます」
「金子は冥土の土産ってわけにはいかないからねぇ。そう考えると、さしあたって銀子の家に住むことができて、日銭を稼げるのは運の良いことだったわけだ」
「はい!」
醉象が観念しながら納得したようにしゃべると、銀将が元気よく頷いた。これで一段落したのかなと銀子もようやく心の荷が半分下りたようである。
「よし。それじゃお風呂にしよっか」
「あれ。いいのかい」
「お風呂は使わないで、なんて鬼じゃないから安心して。ただし、お風呂の掃除を手伝うことと沸かすのは夜だけにすること。いい?」
「ありがとう。銀子」
「ありがとうございます!」
「う、うん。そんなにかしこまらなくてもいいから」
「いいえ。銀子さまのお心遣いなど、とんでもないことです」
「あ、そうだ。厚かましくて悪いんだけどさ、後でもうひとつお願いがある」
「お願い?」
「うん。しばらく厄介になる上で大切なことなんだ」
「分かった。決めておかなきゃいけないこともあるし、お風呂から上がったら聞くよ」
なんとなく気恥ずかしくなった銀子は、先にふたりへ風呂に入ってもらい、自分は最後に湯を浴びたのだった。