表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀子の盤だよッ!!  作者: たろコミ綾瀬
5/28

4話~親友と夏江の部活勧誘~

「はぁ……」

 月曜日の昼休み。休み明けのけらしく、銀子は窓の外を見て嘆息たんそくした。いや入学したばかりであるから、五月病ではなく梅と桜の散華さんげびょうとでも呼ぶべきか。

 三階の教室から銀子がながめていると、校舎の内庭には植樹しょくじゅされた梅や桜の花びらが盛大に散乱していた。生徒たちに踏まれるたび、桜色の大気が濃くなってゆく。

 はるくさい匂いが、銀子の鼻にまで漂ってくるようだった。

「おーいっ。どうした銀子。恋の溜め息?」

 ぼやけた気持ちでおもめぐっていると、後ろからぽんっと肩を叩かれた。銀子はブレザーの上下を着ているが、香織は上着を脱いでブラウスとリボン姿である。新入生は、深緑しんりょくいろのブレザーと薄水うすみずいろのリボンがまだれない。サマーベストもしくはセーターとカーディガンも入学と同時に用意するが、一年生でそれを着てくるのは少数だった。

「センスが古い。それにこいごときであったら、どれだけ良かったことか」

「え、何。マジで悩みごとなの」

「悩みごとってほどじゃないよ。馬鹿ばか馬鹿ばかし過ぎて真剣に考えられない」

「……もしかして両親のこととか。まさか正式に――」

「それも違うんだけど、とにかく離婚はしないと思う。お父さんのことを気にしてるメールが、お母さんから来てたばかりだし」

「そっか。良かった」

 小学生からの付き合いである香織は、倉敷家の険悪な一時期を知っていて、それだけは気を使う。しかし銀子の口調に嘘は感じられなかった。香織の質問をはぐらかすわけでもなく言葉の通り、彼女は言葉にはしにくいことで悩んでいる様子だった。

「悩み続けてると疲れるよ。ここはひとつ、部活見学でもいかが」

 だから必要以上に気にすることはやめておき、改めて剣道部への見学を切りだした。

「部活かぁ。こういうとき、竹刀を振ってれば気もまぎれるのかも」

「そうそう! あたしと銀子が入学した以上、二枚にまい看板かんばん快進撃かいしんげきだ。調べたら創立そうりつ以来いらい、剣道部の全国大会出場はまだ無いんだって」

「全国大会とは豪気ごうきですな」

「夢はおっきく! 文化系がさかんなとこだけど、全国制覇でもすれば学校の歴史に、あたしたちの名前が刻まれるはず」

「そういうのは望んでないけど……。でも、文化系がさかんっていうのは本当なんだ」

「みたいだよ。銀子は先輩に知り合いがいないから知らないと思うけど、中学とは正反対。放課後になると、運動部はちょーっと元気が無い感じ」

「中学じゃ見たことない部活があったね。華道かどう茶道さどう。運動だと弓道があった」

 さらりと将棋部にれない銀子。香織もあえてれることはしなかった。

「正直、弓道のはかまにはかれました」

「香織が剣道以外に目がいくとは珍しいね。個人戦は県大けんたい二位にいだったなのに」

「目の前に個人戦ベスト8。団体戦は準優勝者が、部活にも入らずのんびりしてるくらいだからねぇ」

「だから体験入部の期間は色々考えたいんだってば」

「だったらさ、まずは剣道部を見に来なよ」

 押しの強い香織と話していると銀子はそれでもいいかなと思った。


 銀子が進学した女子高の敷地しきち高台たかだいにあって広さは申し分ない。けれど豊富にある緑が整備されているわけではなく、しばいたところ放題ほうだいだった。

 正門せいもんをくぐり、グラウンドをはさんで向かい側にある校舎まではわきにある歩道を使う。サッカーゴールとテニスラインが引かれているグラウンドは沿って歩くよりも突っ切る方が早いのだが、たいがい朝練あされんなどをしている運動部の邪魔になってしまうのでしかたない。

 正門せいもん正面しょうめんから右にあるのが講堂こうどうであり、左には地下にプールのある体育館があった。

 グラウンドをかこむようにして植えられている梅と桜の木は花が開き、今は風の様子を見ているようだった。そんな風情ふぜいながめていると銀子は、香織と竹刀を振っていた中学時代が無性むしょうこいしくなった。

 再び香織とふたりで個人戦の成績をきそい、団体戦では共に一喜いっき一憂いちゆうする。小学生だった道場時代、香織は男子よりも強かった。同世代でも頭ひとつ抜きん出た存在で、祖父が師範しはんであるにも関わらず、銀子は彼女と肩を並べることはできなかった。しかし、中学では他に何も考えられないくらい没頭ぼっとうしたおかげで香織に追いつき、部活内だけでなく、学年でも評判のライバルけん親友になっていった。

 銀子の机に両手をついて、ぴょんぴょんねている香織。しばらく竹刀を握っていないことを銀子はさみしく感じた。目の前の彼女は、とても充実しているようである。汗のしみついた胴着どうぎを洗うことは習慣だったが、それもご無沙汰ぶさたになっていた。

 そして、銀子が香織へ、笑顔とともに話しかけようとしたときだった。

 香織の後ろから近づいてきたクラスメイトが声をかけてきた。

「こんにちは。倉敷さん、椎名さん。ちょっといいかな」

「あ、うん。何だろ」

 香織がくるっと振り向いて反応する。するとそこには、まだ挨拶も満足にわしたことがないクラスメイトの姿があった。銀子が名前を思い出そうとすると、どことなくひとなつっこそうな彼女は、自分から名乗った。

「私、魚住うおずみ夏江なつえっていうの。椎名さんと倉敷さんだよね」

「うん。こんにちは」

「こんちはー」

 銀子と香織が続けて愛想よく答える。入学、新学期。新しい出会い。挨拶ひとつだけで何かが始まるような予感がする。中学時代と同じように会話していた銀子と香織だが、思いがけず話しかけてきた夏江というクラスメイトに、新たな巡り合わせを期待した。

 すると夏江の次の台詞は、たしかにふたりだけではありえない言葉だった。

「ねぇ、ふたりとも将棋部に入らない?」


 彼女は髪をめておらず銀子と同じくらいの長さだった。ねこをアップにしてわいている。前髪は真ん中で分けており、おでこがあいらしくのぞいていた。制服をくずすことなく、スカートのたけ規定きていの長さで、こんのハイソックスをいている。銀子や香織と比べるとまったスタイルではないが、決して太っているわけではない。

「ねぇ、ふたりとも将棋部に入らない?」

「しょ、将棋部!? えーっと……、魚住さんは将棋部に入ったんだ?」

 ぎょっとした香織が目を大きくしながら聞き返す。

「うん! ここの将棋部は大会でも実績を残してるんだ。それに先輩と後輩の仲も良いんだよ。だから体験じゃなくて決めちゃった」

「そっか。強いんだね将棋部って」

 腕を組み目を閉じて、うんうんうなずきながら、どこか作ったように香織があいづちを打つ。隣にいる銀子の顔を見ることができなかった。

「部長とね、副部長がすごく強いの。そりゃもうぶっちぎりなんだ。だから今年はきっと創立以来の成績を残せるって、先生たちの間でも評判らしいよ」

「将棋部の顧問こもんはなんていう先生なんだろ」

 黙っている銀子の代わりに香織だけが反応して夏江としゃべっている。

「先生になってから今年で二年目らしいけど、しっかりした人みたい。まだ私も挨拶だけだから詳しいことは知らないんだ。先輩たちは厳しくて頼りになる先生って言ってた」

「へぇ。剣道部とは反対だねぇ。顧問はおっとりしてる感じ」

「ふたりともどうかな。文化部の中でも人気の部活だから、ひとりでのぞいたら先輩と話せなかったりもするけど、部員が連れて行けば、見学でも先輩とゆっくり話せるよ」

「いや、あのね――」

 まずいと察する香織が言葉にきゅうすると、夏江は嬉々(きき)として銀子へ話を向けた。

「倉敷さんって物静かな人なのかな。もしかして将棋のことそんなに知らない? 心配しないで。私が教えてあげる……! 下手だけどねっ」

 善意ぜんいはいつだってとどまらないものだ。勇気を出して話しかけてみた香織たちが想像よりも気さくで良い感触かんしょくだった。夏江としては、それだけでピッチは上がってゆく。目の前のクラスメイトとの素晴らしい青春が、将棋部で待っているかもしれないのだ。

「え、あ。いや、あのっ。その」

 あんじょう、銀子の目は泳いでいた。仲良くなるまでに時間がかかる銀子の性格を香織はよく知っている――が、しかし。それだけではない。将棋という、銀子のアキレスけんひとりして初対面でだまってしまう童女どうじょみたいになっている。そんな幼なじみの代わりに香織は、夏江へはっきりとげなければならない。

「ごめんね。私は剣道部に入っちゃったんだ」

「あ。そ、そうなんだ」

「それでね、銀子とは中学が一緒だったんだけど、ふたりでまた剣道やろうって誘ってて。これでも私たち女剣士だったんだよ」

「うっ。もしかして邪魔しちゃった感じ?」

 あからさまに肩を落とす夏江に対して、香織も銀子も頭をって否定ひていした。

「ううん! そんなことないよ。声かけてくれてありがとう」

「あ。ありが、とう」

 ようやく口に出せた言葉はたった一言だったが、銀子のお礼に、夏江は笑顔で返した。

「ふふ。気がついたら自己紹介の前に勧誘しちゃったね。私は中等部からの付属ふぞくぐみなんだ」

「そうなんだ! 銀子と私は一般いっぱんぐみだよ」

「ま、まだ付属組の友達はいなかったから、魚住さんが声をかけてくれて嬉しかった」

 ようよう慣れてきた銀子も、素直に夏江へ感謝を述べた。

「こちらこそ。一般入試の友達は初めてだから、これからもよろしくね。でも惜しかった。勧誘失敗かぁ。剣道か、うん。格好いいよね。頑張って! 試合があったら見に行くよ」

「ありがとう。私たちも見に行くよ。団体戦でも個人戦でも。だよね、銀子」

 香織がほんの少し踏み込んで言う。観戦くらい行けるようにならないと。

「……うん。応援にいかせてもらうね。団体戦で、その強い部長さんと副部長さんがすのかな」

 思ったよりも前向きな銀子の反応。香織はほっと安堵あんどした。

 しかし、そんなふたりの反応に夏江は驚きながらこう答えた。

「あれ? 将棋はすって言葉を知ってるんだね。それに団体戦があることも。ルールはギリ知ってても、将棋の競技は知らない子がほとんどなのに」

「…………」

 どうやら調子は今朝けさからくるいっぱなしみたいだった。

 中学のときはこんなミスしなかったのに。

 それもこれも、あのふたりのせいだと銀子は思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ