もう一人の師匠
「あれが王都ラムルスだ」
馬車の中から師匠が指差した先に見えたその景色は、凄かった。
森の奥とは違って建物が沢山あり、その中心にそびえ立つ王城は、まさに圧巻の一言だった。
「あの王城より手前の大きな建物が国立剣魔術学園だ」
再び師匠が指差す先を見ると、王城ほどではないものの、他の建物からすればかなり大きくて立派な建物がある。
「あそこにルカさんがいるんですね」
師匠が頷く。
「王都にはルカを始め魔王討伐戦の要となるであろう実力者が何人かいる。ルカ曰く先程の剣魔術学園にも、お前と同年代でそれなりに腕の立つ者がいるらしい。まあ学園の生徒でお前より強い奴は、剣術然り魔術然りいないだろう。なんせ、私とルカの教え子だからな」
師匠が鼻を高くする。
そう言われて、改めてありがたいと思った。
僕に剣を教えてくれた師匠は“剣聖”、魔術を教えてくれたルカさんは“賢者”とその道を極めた人だった。
その上二人は二十年前の魔王軍との戦いで活躍した英雄として、人々から尊敬や称賛をされている。
そんな二人に、沢山のことを教えてもらった。
特にルカさんは、国立剣魔術学園の講師として多忙なはずなのに、時間を作っては森の奥までやってきて優しく教えてくれた。
まだまだ師匠やルカさんには及ばないけれど、それでも認められているということは嬉しい。
そして、王都まであと2キロメートルくらいまで来たところだった。
「御者の方、すまないがここで下ろしてもらえないだろうか。もちろん代金は王都までの金額を払う」
師匠が馬車の御者の人にそう切り出した。
当然御者の人は驚く。
「え? 王都まで向かわれるんですよね、何故途中でおりられるんですかい? それにここ山道ですけど…」
「急用ができてしまった。今すぐに降ろしてほしい」
御者の人は戸惑いながらも僕達を降ろした後、王都に向かって馬を走らせた。
「さて、では転移魔法を頼む」
「はい、行き先は…師匠にお任せします」
僕と師匠は手を繋いだ。
「では、『国立剣魔術学園の学園長室』へ」
師匠が行き先を指定すると、僕と師匠の真下を中心に魔法陣が起動する。
転移魔法は、移動距離が長くなればなるほど、魔力の消費が大きくなり体に負担もかかる。
また、自分が一度でも行った場所でないと転移できない。
しかし、それは一人で転移する場合の話であり、複数人で転移する場合は異なってくる。
複数人で転移する場合、一人でも転移魔法を習得している人がいれば、手を繋ぐことでその他の人も転移が可能になる。
また、術者自身が行ったことがない場所でも、手を繋いでいる誰かが行ったことがある場所なら、その人が場所を指定することで転移できる。
しかし、術者以外の人も等しく魔力を消費し、体に負担をかけることになる。
師匠は魔力量自体はある方らしいが、魔法はほとんど使えない。
剣に魔力を込めて力押しすることはできるらしいが、本人曰く「そんな魔法剣士擬きなことをするくらいなら普通に斬る方が
効率がいい」とのことだ。
そのため、魔力を有り余らせており、かつ体が丈夫な師匠だからこそ、こうして気楽に転移ができるのである。
しかし油断は禁物なので、体に支障が出ない距離までは馬車に乗ってきた。
魔法陣から光が溢れた瞬間、目の前の景色が山道から室内に変わった。
「あ、レオンくん!!」
景色が変わった瞬間、僕の頭は豊かな胸の中にあった。
顔は見えていないが、声と胸から目の前の人物が誰なのかは予想がつく。
「ル、ルカさん!!苦しいです…」
柔らかいが、苦しい。
「ゴメンゴメン、あとちょっとレオンくんエキスを堪能したら離れるから〜」
「こ、こらルカ!!レオンが苦しんでるだろ!早く離れろ!!」
師匠がルカさんを僕から引き離そうとする。
すると、ルカさんは負けじとさらに腕に力を入れて僕とくっつこうとする。
そして、僕はさらに苦しくなる。
これがいつものパターンだ。
「〜〜〜!!」
「おい、いい加減離れろ!」
「…ふぅ、充電完了」
ルカさんの手から力が抜ける。
「っぷはぁっ!はぁ…はぁ…」
…ようやく解放された。
「まったくお前はいつもいつも、レオンの前ではしたない真似を…。索敵魔法をレオンに抱きつくために使うな!」
「だって〜、姉さんと違って私は週に一、二回しかレオンくんに会えないんだもん!」
師匠とルカさんは双子の姉妹だ。
外見は髪の色と目の色以外は完全に一致している。
師匠が赤髪赤目、ルカさんが青髪青目だ。
しかし性格は全く違う。
性格の共通点は、二人とも優しいというところだけ。
師匠が冷静沈着なのに対し、ルカさんはマイペースな人で、たまに暴走する。
僕は当初はルカさんのことも師匠と呼んでいたが、「“ルカ”って呼んでくれないと今後一切魔法を教えてあげない」と言われ、かなり気が引けたが背に腹はかえられないので、それ以降ルカさんと呼んでいる。
「…今回はこんなことで言い争っている場合ではないな。お前の秘書から話は聞いている。それでこれからどうするんだ?」
そして師匠が本題を切り出した。