魔王の復活
「…魔王が復活したそうだ。ルカの秘書が、昼間にここに訪ねてきた。秘書が言うにはまだ魔王軍には動きはないらしい」
師匠は言った。
ー一魔王…。
基本的に魔王は世襲されず、その時その時で魔族で最も力を持つ者が魔王として君臨する。
歴代の魔王を見ても、多種族に侵攻しなかった者もいれば、世界中を巻き込んで大暗黒時代と呼ばれる程の暴虐の限りを尽くした者もいる。
そして師匠は“復活した”と言った。
つまり、師匠や先代の勇者達が死力を尽くしたにもかかわらず、ついぞ討伐することが叶わなかった、歴代最強とも言われる魔王。
僕が、僕達が、倒さなければならない天敵。
「私達が二十年前に討ち損ねた、“剛智”の魔王・オディルス。激戦の末、勇者アラインと聖女マリアがその命と引き換えに封印したことで、戦争は終結した。…その魔王が復活したということは、封印が解けたということだ」
師匠は震えていた。
かつて苦楽を共にした戦友を始め、沢山の命を奪ったその元凶が復活したのだから、無理はないだろう。
かくいう僕も…不安と恐怖が少なからずある。
「…僕にできるでしょうか。アライン様やマリア様が命を賭けても倒せなかった相手を、倒すことが」
「そのために今まで修行してきただろう。私は剣を、ルカは魔法を、それぞれ持てる限りをお前に授けてきた。そしてお前はその全てを見事に受け継いでみせた。だから、お前ならできる。それに…」
一拍置いて、師匠は続けた。
「何もお前一人にやらせたりはしない。私やルカはお前についていくし、他の勇者候補だっているんだ。だからみんなで力を合わせて、オディルスを討とう」
師匠はその真っ直ぐな瞳で僕を見つめた。
…僕には仲間がいる。
信頼されている。
頑張って努力してきた。
心の中で何度も自分に言い聞かせる内に、勇気が出てきた。
「やります。僕が、魔王オディルスを、討伐します」
だから僕も師匠を見て、言った。
今までの感謝を込めて。
すると師匠は満足そうに頷き、魔法袋から剣を取り出した。
何かといっても、その剣が放つ魔力やオーラから、ただの剣でないことは一目瞭然だ。
「…これはかつて勇者アラインが使っていた、聖剣カラドボルグだ。アラインだけでなく、今までの何人もの英雄の想いがこの剣には宿っている。…これをお前に託す。お前なら、できる」
師匠からカラドボルグを譲り受けた。
僕の手に渡った瞬間、カラドボルグから体に魔力が流れ込んできた。
その魔力は、気高く優しいような感じがした。
「それともう一つ」
前を見ると、師匠は手にネックレスをぶら下げている。
その先には青色の魔石が繋がっていた。
「これもお前が持っておけ」
師匠から受け取ったネックレスを、僕は早速首にかけた。
このネックレスについては、特に説明はされなかった。
お守りみたいなものだろうか。
「さて、話はここまでだ。急ですまないが、魔王が復活したのなら早すぎることはない。とりあえず明日魔法学園のルカと合流して、それから対策しよう」
「はい!」
師匠が手を差し出してくる。
僕は師匠と握手した。
そして、森の奥の一軒家での、最後の睡眠をとった。
【同時刻:魔王城ヴェルム】
「…以上が現状の報告でございます」
玉座の間にて、眼鏡をかけたダークエルフの男が跪きながら説明していた。
その背後の計十人の男女の魔族も同様に跪き、頭を垂れている。
それを見下ろしながら、魔王オディルスは口を開く。
「ふむ…。我が不在の間、よく軍を整備し続けた。褒めてつかわす。しかし、情報とは速いものだ。既に敵の何人かの重要人物には、我の復活が知られているとは」
重苦しい空気が場を支配する。
「…先の大戦で我も学んだ。奴等は、個々の力は魔族のそれに及ばぬが故に、数でかかってくる。人間族、獣人族、エルフ族…、なかには天使や高位の精霊を味方につけた者もいたか。だが、それでも以前の我は勝利を疑わなかった。今回も、そうやって高を括っていると、前回と何ら変わりはしない」
跪く者達は、粛粛と魔王の言葉を聞いている。
「前回の戦いでは、早い段階で奴等は連合を組んでいた。だが、今はまだほんの僅かの者しか我が復活したことを知らない。それに、我が封印されている間、魔族は多種族に侵攻しなかったこともあり、殆どの者が危機感を感じていない」
「故に、今が好機だ。勇者候補共も未だ個々で動いている。ヴァイスよ、今一度聞くが、カーン王国の“地下都市”は現在抗争中なのだな?」
「はい、様々な利権や土地を巡って争いが起こっているようです」
魔王の問いにヴァイスと呼ばれたダークエルフは答える。
「ふむ、では地下都市の抗争も利用するとしよう。我が僕達よ、早速働いてもらうぞ」
その後、魔王オディルスは各配下に指示を出した