『魔獣の首輪』
突発の救出劇は、子供の身体に相応の負担を強いたらしい。朝起きると節々がめっちゃ痛かった。
「あたたたたた……」
「み〜?」
身体中が筋肉痛で酷い。昨日一緒に寝たトリアが、じじいと化した俺を不思議そうに見上げている。
「お早う御座います、ご主人様。……大丈夫ですか?」
「お早うシャリア。あんまし大丈夫じゃないけど、動いてる内に治ると思う」
感覚的にそのレベルの筋肉痛だ。動き始めれば治るだろう。
「何時頃来る予定だっけ?」
「10時頃になるとのお話でした。文書比較、ジャグジーの試用、後は……昨日の事情聴取が行われると思います」
「OK。ま、何とかなるでしょ」
「はい。では、朝食の準備が出来ておりますので、食卓の方へお越し下さい」
パパッと着替えて、シャリアの手料理を堪能する。
(暫く肉料理が続きそうだな〜)
誘拐事件から棚ぼたでGETした肉。
あんまり手放しで喜ぶようなものではないのだが、仕方あるまい。食欲には勝てん。
(……香草か? これ)
あんな所にあった代物だ。それほど状態が良かったとは思えないのだが、臭みがまるで無い。
俺は料理に関しててんで門外漢だが、レーゼルは野営の時の調理法にちょっと心得があったりする。……でも、ここまで肉の味を殺さず、徹底して臭みだけを消す香草に見当が付かない。
(これも今度習うか……)
前の世界と違い、保存食に関してはかなりシビアだ。
調理のメニューは数あれど、携帯食料の類いは干し肉と缶詰めが主。真空パックやカップ麺なんて物は流通していない。
街にいる間はいいが、行軍などでは最小限の調味料と、現地調達でやり繰りする事になる。
糧食の質は重要なファクターとなり得る。団長として、団員の胃袋は掴んでおきたい。
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「ご馳走さま」
食後のお茶タイム。
膝の上に乗ったトリアと一緒に文書の最終チェック。
……興味深そうに見てるけど、読めんのかね? 魔獣の知性ってどれくらい何だろ?
(異世界だし、猫が喋っても不思議じゃないよな……)
期待と浪漫が常識を超えた。
「よし! トリア、読んでみろ!!」
「みー!」
「……何してんの、あんた?」
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……んな事している間に、カールネスが来訪した。
「お久しぶりです、アーリス様」
平静を装って出迎える一同。
錯綜した隠蔽工作。
その追求に、内心で皆が身構えていた。
……のだが、予想とは裏腹に話はとんとんと進み……。
「……では、家具に関してはこちらで宜しいですか?」
「……はい。その装飾で統一して下さい」
「畏まりました。職人に伝えておきましょう」
「……お願いします」
「私からは以上となりますが、アーリス様から何か確認するような事項は御座いましたか?」
と、質問されるが、
「……いえ、何もありません」
とっとと話を終わらせたいので、色々あるけど遠慮する。
「そうですか……アーリス様の方で準備が整っていたので、幾分も早く終わりました。御礼申し上げます」
「いえ、多忙な中、御手数お掛けしました」
カールネスが口に手を当て苦笑を隠した。
「アーリス様、謙遜は美徳ですが、従者には不要です。今少し鷹揚に構える事をお勧めします」
気を付けていたのに最後でやらかす俺。
……う〜ん、この感。
「わかった。忠言感謝する」
「……失礼、差し出口で御座いましたな。では、10日後にまたお会いしましょう」
と、会釈と共にカールネスはあっさり退出した。
(…………ナスタ、帰った?)
《……今馬車に乗ったわ。…………帰った、わね》
マジで帰ったらしい。
「何で⁉︎」
身構えていたのに雑魚の……じゃなかった、ザクの一味の話がまるっっきり出て来なかった。
「ノード氏の報告がそのまま通った、という事でしょうか?」
「んな馬鹿な⁉︎」
付け焼き刃の突貫で思い付きな計画である。いや、の割に出来は良かったけどね?
……にしても、
(バレないとか夢にも思わなかったんですけど⁉︎)
歓迎すべきだが、何か不完全燃焼。
「ん〜、トリアの許可証もくれたし、何も知らないって事はないでしょうから……」
「……やっぱバレなかったのかな?」
「或いは、黙認されたのかと」
「あ、そっちの方が高そう……」
面倒だから「ペイッ!」てされたのかな……のかな?
「気にしてもしょうがないんじゃない? こっちから切り出す訳にもいかないし」
「……ですな」
まさに藪蛇だ。んな事出来ない。
「……すんげえモヤッとするけど、忘れるか」
あちらさんがアクション起こさない限り、受け身にまわるしか無い。
「はい。……それよりも、大事があります」
――『リリアの転居』。
カールネスがここに来る前にリリアの家に寄って、色々と話してきたらしい。
なんでも、領主からの祝辞と転居の許可を届けてきたとか……、
そして更に、本日中にこっちに引っ越して来るとか……、
(展開が早いよ⁉︎)
生き急ぐアスガンティアの住民。今日も平常運転である。
「どうしよう⁉︎ 部屋の準備しないとだよね⁉︎」
リリアとの共同生活は新居が出来てからだと思っていたから、なんの準備もしていない。
……ついでに覚悟も出来ていない。パニックである。
「落ち着きなさいよ! 何れあんたは『王』になるのよ? この程度でガタガタしないの!!」
「王って何だよ⁉︎」
そういや聞いてなかった。下克上する気なんか無いぞ?
「『ハーレムの』に決まってるでしょ!」
「阿呆ですか⁉︎」
勿体ぶった割に実にしょうもない事だった。
「ど喧しい! 必要なのよ!!」
「オーケー判った!」
「判ってくれたのね!」
「うん!」
話にならんという事が。取り合ってられんわ。
「一部の家財を持参すると思われますので、その置き場所の確保と清掃が済んでいれば、体裁は整うかと」
「……ここって借家だよな?」
勝手に家具の処分は出来ないだろう。いや、余裕で買い直せるだろうけど。
「はい。先方もそれは承知しているでしょうから、持参するのは寝具と……鏡台くらいでしょうか?」
「……本人に聞いてみればいいんじゃない?」
「それだ!」
リリアとは紋話が繋がるんだった。本人に確認した方が早い。
左手を耳に当てて、早速リリアに繋ぐ。
(もしもし? リリア、聞こえてる?)
《お〜? アーリスだ〜。リリアだよ〜、アーリスおはよう!》
(おはようリリア。早速だけど、今日こっちに引っ越して来る?)
《うん!》
……事実でした。
婚約したとは言え、昨日の今日である。動きが早いな〜。
(何時頃の予定?)
《今から》
(本気で早いよ⁉︎)
《え〜、でもそっちでお昼一緒に食べたいよ?》
そういう理由からか……。
現在の時刻は丁度11時。昼食を一緒するなら、もう行動に入らないと確かに間に合わない。
(……判った。何を持ってくる予定?)
「シャリア、もう来るって。掃除頼む」
リリアに運び入れる物を聞きつつ、シャリアに部屋の掃除を促す。
ちょっとピクリと動揺したが、すぐに表情を戻して、シャリアは空部屋に向かった。
《え〜とね、斧が16本と〜(置いてきなさい)》
図らずも自覚する。俺が砦だ。
(そっちは俺の家が出来てからで。仮宿への持ち込みは最小限で頼む。持ってきても置き場が無いぞ?)
《む〜……、お気に入りの3本は良い?》
(それくらいなら大丈夫)
《やった! 後はねえ……》
と、リリアから運び込む物のリストを聞き出した。
メモ紙に記して、ナスタにパスる。
「ナスタ、《シャリアに渡して》」
「《オッケー》」
紫の風が空部屋に向かって吹いた。その流れの上にメモ紙が乗る。木の葉が川に流されるような感じで、メモ紙がシャリアの元に向かって行った。
(こっちは部屋の掃除しながら待ってるから、気を付けて来いよ?)
《うん! また後でね〜》
紋話終了。
「……うっし! シャリアを手伝いに行くか」
リリアの持参品は、鏡台、寝具、斧3本、狩りの装備など一式。後はお風呂用品と着替えだそうだ。
(シャリアの言った通り、場所空けて掃除だけで良さそうだな)
考えながらテクテクと空き部屋に向かう。
「シャリア〜、手伝うよ」
「終わりました」
「はや⁉︎ マジで⁉︎」
「家具を避けて精霊を使うだけですので」
マナの浪費よりも時間を優先したらしい。
(……そういや、そういう世界でしたね)
浄化での掃除は割と基本だ。一般には家具を片付けてから行うが、扱いに慣れた者は必要な所だけに絞って行使出来る。
「水便利だな……っと⁉︎ お?」
何かが背中を押したと思ったら、トリアが俺に飛びついたものだったらしい。
そして、そのまま左肩によじ登った。
……定位置になりつつあるな。
「みー!「あ〜、ハイハイ」」
右手の人差し指をくれてやる。すかさずちゅーちゅーとマナを吸い始めた。
「……丁度いいな。大人しくしている間に首輪着けちゃおう。シャリア頼める?」
「…………はい、直ぐに」
許可証……正式には『魔獣認可証明章』というらしいが、それは首輪の形をしていて、途中にマナ石の様な物が縫い止められていた。
シャリアが手早くトリアの首にその許可章を着ける。
「み?」
流石に新たに首に着いた違和感は無視出来ない様だ。食事を中断し、首輪を気にしだした。
「みっ⁉︎ み゛っ⁉︎」
……外れないらしい。そりゃそうだろうよ。んな簡単に外れたら困る。
「って、俺の上で暴れんなよ! ほら、降りろ」
……ん?
「あれ? もう染まってる……」
トリアに着いた首輪の石は『紫』になっていた。
魔獣認可証明章は、縫い止められている石に、龍脈のマナと主人のマナを込めて使う物らしい。
これに更に他のマナを加えようとすると、鈴のような音が鳴るそうだ。
「私がちゃっちゃと染めちゃったわよ?」
「さよか。……ちょっとどんな音するのか聴いてみたいな」
「では、失礼します」
シャリアがトリアの石に触れる。紋章が光ると同時に、〈リーン〉と澄んだ音が響いた。
「ほ〜……こんな音なのか」
結構綺麗で、広く響く音だ。
「私が乗って来たリムルツェーケルも、街に入る時に同じ音がしましたよ?」
「街の結界にも反応するらしいわね」
「へ〜」
「み〜……」
一頻り暴れていたが、とうとう諦めたようだ。
「すまんな、それが着いてないと街中出歩けないんだ」
かいぐりかいぐり。ごろごろ。
〈バタン!〉
「来たよーー!」
リリアが到着した。
「失礼します、アーリス卿。御挨拶に伺いました」
……親父さんを連れて。
良いお年を〜ノシ




