『真実の血清』
街を出た時に真上にあった太陽は、その姿を西の空に移していた。
三人でワイワイと音楽談義をしながら馬車に乗り、
恙無く手続きを済ませて西街門を通過し、
そして、
……そのまま何事もなく仮宿に到着した。
「……帰って……来た…………」
長い1日だった。
……誰だよ、「今日はのんびり出来るといいなぁ」とかフラグ立てたアホは。飯食う時間すら無かったぞ。
子供の身体で昼食抜きはかなりしんどい。
「肉は何処行きだ?」
「こちらにお願いします」
と、肉を抱えたレドルが、シャリアの案内で台所へ向かった。
「みー!!」
「あ〜、はいはい。……よし、もういいぞ」
玄関が閉まっているのを確認してからトリアを解放する。
今までの鬱憤を晴らすかのように、颯爽と探険を開始するトリア。
その姿を眺めながら、食卓の椅子にどっかりと腰を下ろした。
(……疲れた。腹減った)
見れば、時刻は18時を過ぎようとしていた。
……飯食って寝たい。
「……団長さんよ、少し話がある」
台所に肉を運び終えたレドルが、テーブルに突っ伏す俺に改まった。
「迷ったんだが、話しておいた方がいいと思ってな。絶対とは言えんが、使われる可能性はある。団長さんは子供の割に聡い。ノードの奴を不当に扱うとは思えないが、それでも誤解はするだろうからな」
……ワードが出た。
(話す事を迷う、使われる可能性、ノードを不当に扱う、誤解する……か)
レドルは『外部』だ。
各地を周り、『報酬次第で何でもやる』人間。
色々なものを見て、聞いて、経験してきたのだろう。
(……そっか、レドルは『知ってる側』か)
察しはついた……が、ちょっと確認してみる。
「……精霊術ですか?」
億劫な感じでヨイショと上体を持ち上げながら聞いてみる。
「――ッ⁉︎ 知ってんのか⁉︎」
(ビンゴか……)
そのまま暫く考え込んだかと思えば、頭をガシガシと掻きながら呻くようにレドルが呟いた。
「…………領主家だったな、そういや」
にっこりと笑みを浮かべて誤魔化す。そのまま誤解して下さい。
……丁度いいな、ちょっと探りを入れよう。
「フロード領以外では周知されてますか?」
「…………いや、他所でも知られてはいない。貴族でもごく一部しか知らん事だろう」
そこで、様子を伺っていたシャリアが眉を顰めるのが見えた。
……内容について行けないからだろうな。
「使われた記憶って残りますか?」
「……それだけだと残るが、別の手段で消せる」
ぅわぉ……予想以上に使いこなしてるな。
(別の手段…………水かな?)
何となくそっちな気がする。医療に絡んでるし。
「……有難う御座いました。レドルもその気配を感じたら、抵抗せずに話して下さい。マナが勿体無いですから」
両手を上に掲げて降参を示すと、レドルは踵を返して玄関に向かった。
「…………だ」
「え?」
小声で何か言ったけど、聞こえなかった。
俺の疑問をスルーして玄関扉の前までズカズカ進むと、レドルは一度足を止めてこちらに振り返った。
「アーリス団長殿の騎士団の活躍、一兵卒として期待しております」
敬礼の構えをとって、そんな事を言った。
(何事⁉︎)
手本になりそうな程見事な式礼。
今迄の粗野な言動や行動からは、想像も出来ないような変貌ぶりである。
……彼の歩んだ人生の一部を、少しだけ垣間見た気がした。
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「ご主人様……彼とは何の話を?」
レドルが去ると、シャリアが思い詰めた表情で俺の前に立った。
(……やっぱり、シャリアは知らないか)
状況からノードも知らないと思われる。完全に『裏』の知識だろう。常道で使われているとは到底思えない。……寧ろナスタは何処で覚えたんだ?
(…………話すか……)
12の娘に話したくないと思う感傷。俺が「話せない」と言えば、シャリアは表面上は納得するだろう。
……でも、それだけだ。
判らない事を悔しいと感じているらしいシャリアが、それを望むとは思えないし『違う』とも思う。
「……シャリア」
「はい」
「領主相手に隠蔽が通用するなんて、間違っても考えるな」
「…………え?」
「領主に限らず、ある程度力を持った貴族に、生半可な隠蔽工作なんて無駄だ」
「……何言ってんのあんた?」
ナスタは知識は有るが使いこなせていない。
……いや、『人間を知らない』、か?
「領主相手に本気で事実の隠蔽を考えるなら、『関係者を全て根絶やしにする』くらいの覚悟がいるぞ?」
「――なっ⁉︎ そんな⁉︎」
「ちょっと⁉︎ 本当に何言ってるの⁉︎」
為政者に『道徳』なんて期待してはいけない。
必要であれば、状況次第でそれを度外視する。
情に流されず、その判断を下せる者が為政者だ。
でなければ、千を優に超える人々の生活を守り、治世を維持するなど出来はしない。
一時的に駆け抜ける『英雄』とは違う。
地位と身分が高い反面、自由と道理が許されない無い者達。
――使えるのなら、使わなければならない。
そんな……もっと泥臭くて、厳しい立場のものだと思う。
……俺も、いずれは其処に追い込まれるだろう。
「木の精霊術に『審問』がある。事実を知る口が一つでも残っていれば、そこから全てが明るみになる」
「――ッ⁉︎」
「……『審問』?」
ナスタは拷問を『野蛮』と称したが、俺に言わせれば『審問』の方がよっぽどタチが悪い。
忠誠も、
覚悟も、
一切の抵抗を許さず全てを暴露させる精霊術。
……アスガンティアの『真実の血清』。
こんなものがあるのなら、考えざるを得ないだろう。
――使われる可能性を。
――使う利便性を。
……為政者なら尚更だ。情報を担うものが、この『劇薬』の存在を知らない筈がない。
生存者がいる時点で、領主相手への隠蔽は成立しないだろう。
「そうでなくても、ノードは成人したフロードの領民だからな。庇護者と言える領主に追求されて、口を閉ざし続けられる筈がない」
「ちょっと待って! じゃあ、何で隠蔽したのよ⁉︎」
「俺が隠したいのは『風の力』の方だからな。撒き餌……というか、デコイみたいな?」
「みたいな、って何よ!!」
「『二重底の更に底』を考える奴なんか、そうそう居ないんだよ」
二重底を見つけたらそこで満足する。その先まで疑うのは、かなり病気だ。
――綿密に練ったノードの計画はバレる。
……それでいい。
そこまでなら、バレても問題無い。
その先の、奴等の『死因』が疑われなければいい。
前の世界と違って、検死などの事後調査を綿密に行う何て事は無いだろう。
トリアという証言の証拠もある以上、踏み込んで調べる可能性は極めて低い。
仮に調査員を派遣するとしても、現場は洗浄済みで、遺体は洞穴の奥底に埋葬済みだ。
誘拐犯如きの死因特定に、態々掘り起こす程の労力を割く必要性が見出せないし……やらんだろ。
「「…………」」
「――とまあ、こんな感じ?」
「……何でそこまで私の力を秘匿するの?」
「へ? いや、説明したじゃん?」
爆弾人間に市民権は認められないのだ。
「……無いわよ?」
「あぬ?」
「『危険だから』。そんな理由だけで監視がつくとかあり得ないって言ったの」
「……いやいや、だからな「ご主人様?」」
ナスタにもう1回一から説明しようとした俺に、シャリアが屈んで目線を合わせた。
「精霊術は『力』です。「扱い方次第で害をなす」というご主人様の考えに、誤りはありません」
「………………」
「ですが、それを理由に監視や拘束などが行われるなど、有り得ません」
「…………あれ?」
シャリアまで変な事を言い出したぞ?
「精霊術自体が何らかの形での殺傷を可能にする力です。ご主人様のように精霊術を危険視し、領民の保全を考えるのであれば、『貴族を全て隔離』しなければならなくなります」
「……あ」
呻いた。
(あああぁぁぁっ⁉︎)
何という勘違い。見当外れ。的外れ。
(やばやばやば⁉︎)
むっちゃ恥ずかしい。自信満々で何言ってたんだ俺は⁉︎
(そうだよ!『有り得ない』じゃん!!)
市民の安全の為に、危険物を全て排するなど不可能だ。
単純に危険なだけなら隔離出来る。市民も納得する。が、それが生活に密接している物となると、市民の側が受け入れられない。
包丁・カッターなどの刃物や、清掃に使用する扱い次第で毒になる薬品。酒や煙草、健康を害すると判っているものなんかも、含められるかもしれない。
(海外では拳銃の携帯を認めている所もあった様な気がするし……)
自衛手段としての武器の携帯。競技として、国が有資格者に所持を許す武具なんかもあったりする。
(為政者が民に本当に持って欲しくないのは、武器なんかじゃない……『不満』だ)
溜まれば、予期せぬ形で爆発する。
ストライキやデモ活動などの数の暴力は、安易に鎮圧出来ない。原因となる不満が残っていては、解散させたところで一時凌ぎにしかならないからだ。
鎮圧の為の介入で、新たな不満を生み出す可能性すらある。何て厄介。
……故に、ある程度の危険は容認する。
治世の基盤を揺るがさない程度の『不備』を認める。
欲や危険を認めない治世はただの支配だ。到底許容出来るものではない。
武器や危険が無い世界、なんて表現すれば『理想郷』として捉えられそうだが、実現を考えた時、その治世体系は『暗黒郷』とならざるを得ない。
精霊術は紋章術として形を変えて領民に提供されている。
周知された『利便』の力。
……制限すれば、不満になる。
一度味わった利便や享楽は、後で幾ら危険だと説明されても手離すのが難しい。
精霊術はもう領民にとって生活の一部だ。
制限出来るような次元にない。
その危険性は排除の理由に出来ない。
発動手段が違うくらいでは、隔離や監視の対象にならないだろう。
……そして、
「…………理解しました」
「……ご主人様?」
無茶苦茶恥ずかしい。どう考えても4ページ目だ、これ。
(そもそも、俺の常時監視とか誰がやんだよ!)
騎士団がある以上、俺を監獄的な場所に閉じ込めるような事は出来ない。やるなら監視が精々だろうけど、今のフロードにそんな余剰人員はいないのだ。
「……シャリア」
「はい」
「ご飯、お願い」
考えが足りなすぎる。
(隠蔽工作全部無駄じゃん!)
あまりにも居た堪れないので、夕食に逃げる事にした。




