『貴族』
木製の牢から通路を抜けて、このアジトの中程にあった広間と言える場所に出ると、三人の男衆が集って何やら話し込んでいるのが見えた。
「――! アーリスきょブッ⁉︎」
「あはははは! なんだそれ!」
「おいおい! 随分と面白い事になってんな!」
「………………」
こちらに気付いて、俺を見るなり爆笑する三人。「きょブッ」って何だよ……。
まあ、その気持ちは嫌と言うほどわかる。俺の左肩に乗ったトリアだろう。
肩に乗せたまま構わず歩いて来たのだが、何を思ったのか、途中でトリアがくるりと仰向けになった。
ころん、とそのまま横に転げ落ちそうなものだが、二本の尻尾で肩を挟んでバランスをとっているので、信じられないくらい安定している。
……俺の頭を枕にして寛いでいやがるんですよ? こいつ。
両足をだらりと開脚した完全リラックス状態。何という傍若無人っぷり。傾げっぱなしの首が痛いんですけど……。
「トリアちゃん、いっぱい食べたね〜」
トリアの膨らんだお腹を撫でながらリリアが笑う。
……常々思うが、仔猫のお腹って張力が異常だよね。
本当に「ぱんぱん」としか表現出来ないくらい膨らむんだよ。風船かと。
前の世界の飼い猫が「大丈夫なのか、これ?」っていうくらい膨らんだ事があるので調べてみたけど、原因としては、
1、食べすぎ
2、ガスの充満
3、便秘
4、病気
5、ただの肥満
……と、この辺りが考えられるらしい。
元気いっぱいで便もちゃんと出てるなら、消化器の処理が追いついていないだけなので、餌の量を見直せばOKなのだとか。……魔獣でも通用するのかは知らんが。
食べたのは質量の無いエネルギーだ。何故に膨らんだのか理解不能。考えたら負け感がすごい。
「……その様子ですと、契約は――ブフッ!」
……台詞の途中で我慢出来ずにノードが噴いた。残りの二人もまだ腹を抱えて笑っている。
然もあらん、実際相当お間抜けな姿だろう。想像すると自分でもやばいし……、
「……けぷっ」
「「「「「「「………………」」」」」」」
狙いすましたかのような不意打ちだった。
……「笑うな」って言う方が無理だろ、これ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
みーみーと文句を言うトリアを、無理矢理肩から降ろして両腕で抱え直す。
「……いい加減行動しましょう」
「……そうですね」
笑いすぎで体力を消耗してぐったりした一同。
そろそろ巡回の刻限が近い。
打ち合わせをして行動に移らないと、そのままタイムアップを迎えてしまう。
(……まあ、そうなったらなったで別に問題は無いけど)
説教と監視生活が始まるだけだ。
…………あ〜、やっぱ嫌だなぁ。
「……ユーシャ君が全ての肉の再処理をしたので、それを理由に空白を埋めます」
鬱々としていると、ノードがやおら話を切り出した。集中しよう。
マイントリアーシュの特性によって暴走した動物達。
その遺骸を全て回収し処理していた、と報告するつもりらしい。
「……成る程、確かにこれぐらいの時間は掛かりますね」
奴等の物資が集積されていた場所には、物資の代わりに山積みの肉が整理して置いてあった。
どんな状態だったかは知らないが、あの量の再処理となると、かなり面倒な作業になる。
「ご苦労様、ユーシャ」
「割と状態良かったから、そんなに手間は掛かって無いぞ?」
「そうなの?」
「縛ってる紐を取り替えて、結び直しただけだし」
「……よく足りたね」
結構な長さが必要になりそうだが……。
「今日の要求ノルマがキツかったんだよ。一日中籠る気だったからな〜」
……マジか。気軽に頼んじゃったんだけど、悪いことしたな。
「アーリス卿、我々三人はこのまま街に戻り、門兵伝手で領主へ報告します」
「え⁉︎ 俺……じゃなくて、私からの報告では無いのですか?」
この手の報告業務は、大抵最も身分か階級の高い者が行うのが常だ。
「経緯を最初から把握している私が担当するのが、最も適切かと」
(……妥当、ではあるか)
隠蔽計画の中で、主導を握っているのはノードだ。
――マイントリアーシュ発見。
――判断と対応、手配。
――救援到着後の処理。
――普段の禁猟区を知り、それについて仔細に述べられる者。
加えて、考えてみれば、系譜から外れた俺に公的な身分は無く、騎士団もまだ発足していないので団長の階級にも価値は無い。
……俺がノードを押し退けて報告に赴く必然が無かった。
「……確かにそうですね。明日、私は別件で領主家執事長との面会の予定が入っています。こちらの事情聴取は、その時にお受けするとお伝え下さい」
解決済みの案件で、緊急性も無い。俺の方は明日でも特に問題は無いだろう。
「……別件、ですか?」
「はい。詳細をお話しする権限が無いので、内容は公開出来ませんが……」
権利を全て譲渡してしまいました。
本当に軌道に乗るかどうかすら怪しいし、軽率に公言していいとも思えない。お口チャックで。
「いえ! お気になさらず、口をついただけです」
……ん〜、何か恐縮されてる?
貴族って、成前式の後は周りの反応とか対応が色々変わるものなんだな。
「こっちの肉は馬車に載せちまっていいんだよな?」
と、言いつつレドルが山盛りの肉を担ぐ。
「ああ、こちらの三人で持つには多すぎるし、目立つからな」
「リリアはこっちのやつだ、持てるか?」
「うん!」
「……俺も何か持「主人に荷物持ちをさせる訳には参りませんので」」
「あ、ハイ」
トリアを抱えてるし、そんなに持てる訳でもないけど、何となく手持ち無沙汰。
手伝おうかと声を上げたところで、すかさずシャリアのストップがかかった。
《……大人しくしときなさいよ》
(すみません……)
気遣いが難しいなぁ……。
「……アーリス卿。迅速な救援に改めて御礼申し上げます」
「いえ! 勝手に来ただけですから」
《貴族が恐縮すんな戯け!》
「そうはいきません。今回の恩義は今後の忠誠にて返させて戴きたく思います」
「…………はい」
あかん、貴族マジで面倒い。
(今後もこんな感じになるのか? めげるぞ?)
今後の体面を考えると、「んなもん知らん!」なんて開き直る訳にもいかない。
……慣れるしか無いのだが、
(……無理っぽい)
民主主義、平等思想が根付いている俺の脳味噌。
『貴族』という特権階級に慣れて生活するのは、想像以上に難しそうだった。




