『仔猫様』
リリアとの婚約に不満なんか無い、寧ろ大歓迎だ。
……いや、体当たりで不意打ちな接吻に物申したい気持ちはあるけど、それはまあいいよ別に。うん、役得だったし。
「ナスタ、説明」
でも、流石に『奇襲婚約』は無いだろうよ。
(10歳の女の子に何やらせてんだこの妖精は……)
リリアの『額紋』をチラ見しながら、ナスタに向き直る。
「悪いけど、予定が詰まってるの。簡単に説明するわ」
睨むように見遣ると、ナスタも隣にいるシャリアも表情が固いのに気付いた。
(……マジか、何があった?)
居住まいを正す。厄介事らしい。
「今回の騒動は全て隠蔽する。最初から誘拐なんて無かった事にするの」
「………………へ?」
何で?
「あんたの所為なのよ?」
「はい?」
しかも俺の所為とな?
「拷問なんかするから……」
……なんじゃそりゃ? 意味がわからん。
「別に構わんだろ? 犯罪者に人権なんぞ無いし」
前の世界の本にもバッチリ書いてあったぞ。……ラノベだけど。
「あの拷問行為が発覚すれば、騎士団の発足が危ぶまれるの!」
と、俺の行動がどれだけ迂闊であったかを懇々と語るナスタ。時間が無いとか言ってなかったか?
……悪いけど、『どうでもいい』。
「騎士団とリリアじゃ、リリア一択だろ?」
比べるまでも無い。天秤に乗せる必要すらない程、判りきった事だ。
――『何度繰り返しても、俺は同じ判断をする』だろう。
「――ッ! あんたは「ナスタ」」
ナスタの激昂をシャリアが止める。
「今はそんな場合ではありません。……ご主人様?」
すっかり『ご主人様』が定着したな、シャリア。
「はい」
「一味はこのアジトごと埋めて隠します」
「………………」
さらりと凄いこと言った気がするが、
(……ま、別にいいかな?)
正直、奴等の末路に興味は無い。
……思い返せば、確かに我ながらかなり過激な対応だったかも知れないが、やはりどう考えてもリリア達の救出が最優先で、その原因となった彼奴らは死刑確定だ。
手加減する気も、出来る余裕も無かったし、そもそも、この手の輩は生かした所で反省も自戒もしない。
ましてや罪状が『女児誘拐』と『人身売買』である。
更生なんて期待するだけ無駄だ。切り捨て御免、悪・即・斬がベターな対応だろう。
拷問も状況的に最速の手段だった。
最初から狙っていた訳ではない。レドルのお陰で機会に恵まれたのだ。
道理を通さない相手に、『穏便に済ませる方法』何ぞを、態々こっちが考えてやる必要など無い。……活かさない手は無いだろう。効率優先が最適解だ。
……何はともあれ、リリア達の救出は無事に叶ったみたいだし、隠蔽工作で諸々のトラブルが回避出来るなら、燃やすなり埋めるなり好きにすればいいと思う。
「この一味はそれで片付きます……問題は、この子なんです」
そう言って屈むと、シャリアは下から『仔猫』を拾い上げた。リリアが隣から手を出して「いいこいいこ」と頭を撫でる。
「み〜♪」
「おおぉぉ⁉︎ どしたのその子⁉︎」
むっちゃ美ニャン。超ぷりちー。
模様とかが一切無い白猫だ。
二本の尻尾が、ふりふりとパタパタしてる。
(……ん?)
もう一回よく見てみる。
……左右に振った残像の錯視で二本に見える……といった訳ではなく、二本だ。普通に尻尾が二本ある。
「マイントリアーシュです」
「そいつが⁉︎」
なんとビックリ。どっからどう見ても仔猫だ。
そそっと、シャリアがそのマイントリアーシュを俺に手渡してくる。
「ととっ、と……、Oh……、近くで見ると本当可愛いな、こいつ」
10歳の手からは流石にはみ出るが、それでも片手に乗っちゃう程小さい仔猫と言える。思わず「こんニャろう」と顔が綻んだ。
猫は好きで、前の世界でも飼っていた。この愛嬌に勝てる奴は中々いないだろう。
「その子を生かすか殺すかで、動きが変わるのですが……「生かす方で」」
マイントリアーシュの顎を指で掻きながら即答する。
うむ、喉がごろごろしておる。仔猫セラピー半端無いですな、うひょひょ。
(……あれ?)
こちょこちょする為に伸ばした右手。その袖口から見える右手首のそれに強い既視感を覚えた。
(――いっ⁉︎…………あ〜、これが『厄介事』か?)
色が違うが、同種のものだろう。
「……こいつと契約でもしちゃってんの?」
「――ッ⁉︎ 何で判るの⁉︎」
ナスタが慌てる。その様子で、何となく察した。
(ナスタのミスか……)
望んでやったとは思えない。不慮の事だろう。
ローブの袖を捲って、右の手首を晒す。
「――ッ⁉︎」
「それは⁉︎」
ナスタとシャリアが驚愕し、リリアが目を丸くした。
「……アーリス、また『印』が付いちゃったの?」
右手首にぐるりと付いた、痣のような紫色の帯。
一目でわかった。付いている場所が違うだけで、ナウゼルグバーグの印と瓜二つだ。
かなり毒々しい色だが、マイントリアーシュの顎を撫でている時に、偶然袖口から見えてやっと気付いたくらいで、痛みは一切無い。
(……ま、これは後でもいいや)
この印を消したければ、仔猫を討伐しなければならないだろう。
……色々な意味で『無理』。考えるだけ無駄だ。
それよりも、確認したい事がある。
「んで? 殺すとか、誰の提案?」
「……私よ」
「私も賛同しました。隠蔽するのであれば「アホ」」
シャリアの言葉を途中で切り捨てる。ノードかレドルの提案かと思ったが、違ったらしい。
「こんな姿でも魔獣だぞ? 反逆の特性持ちで、『幸運』何て二つ名まで付いてる。『絶対に殺せない』だろ」
「「あ……」」
呆然とする二人。
(隠蔽に躍起になって失念したか?)
――『マイントリアーシュには対応出来ない』。
それが、俺が出した結論だった筈だ。
今、俺の手の上で毛繕いしていらっしゃる仔猫様。
その特性を、ゲームちっくなスキル名で例えさせて戴くと、
――相手の『敵意に反応』して反撃。
《――先制反撃――》
――攻撃に魅了・混乱系の『精神汚染効果を付与』。
《――精神破壊――》
――『LUK極振り』のステータス。
《――危険回避――》
……と、「なぁにこれぇ?」としかコメント出来ねえような構成になる。炎上不可避。
トズからマイントリアーシュの特性を聞いた時に、俺が絶句したのは言うまでも無いだろう。
この魔獣に本気で挑もうと思ったら、『即死・必中』のような、『概念』から攻められるスキルでも無いと、戦略すら立てられない。そして、当然だが現実にそんなものは無い。……異世界でも無いだろう、多分。
と言う訳で、マイントリアーシュはスルーでFA。
目の前に現れでもしない限り、意識にすら上らせないようにしていた。何を持って敵意とするか判らない以上、認識する事自体が危険だと思ったからだ。
(こんなニャンコだったとはな〜、取り越し苦労だったわ。敵意なんぞ持てん。……それにしても)
――完全に度外視していた魔獣との契約。
――二度目の『印』獲得。
(……俺、なんか妙な『因縁』でも背負ってるじゃないの?)
アスガンティアに来てから、やたらと魔獣に縁があるような気がした。




