ユーシャ『狩人の心情』
三人が隠蔽の打ち合わせをしている間、手持ち無沙汰なユーシャは、乱雑な物資の山から押収された装備を回収していた。
「…………、――っ! よっしゃ! あったあった!」
自分の武装と私物、ノードの腰袋、同じ所にマナ石もあった。
……が、色は黒。中のマナは全て奪われてしまっていた。
(……あ〜、やっぱりか)
何となく想像は付いてたし、覚悟もしていたが、せっせと溜めていたマナ石が真っ黒になっているのを見ると、気落ちせざるを得ない。
肩を落としながら、ユーシャは見つけたマナ石の一つをノードに渡す。
「……ノードさん、マナ石見っけといたぜ」
「……ん? ああ、有難う。丁度いいな、ソシエ嬢?」
「はい、何か?」
「これから遺体を奥に移し、私の土の精霊で埋めようと思うのですが、マナが心許無いのです。御助力いただけますか?」
ノードの要請に応じて、シャリアが即座に腰のポーチからマナプレートを取り出した。
「――紫⁉︎」
「おいおいおい⁉︎ とんでもない物持ってるな⁉︎」
(すげ〜、紫だ!)
ナスタが補充した時は知らなかったが、母に聞けば、マナプレートの色はその色のマナ石の『万倍』に相当するらしい。
(……つってもな〜、紫石も滅多に見ないのに、それ10000個分とか、ほんとか?)
ユーシャが半信半疑で見つめる中、シャリアがノードのマナ石にプレートを当てた。
みるみるとマナ石の方は色が変わっていくのに、プレートの色は『まるで変化しない』。
(マジかよ⁉︎)
万倍と言われてもちょっと想像出来なかったが、目の前の光景で疑念が吹き飛んだ。
同世代はもとより、多少の年嵩の者と比べても、ユーシャはかなり稼いでいる方に入る。
成前式を終えて紋章を得てからは、母親が介在せずともマナのやりとりが可能になったので、効率もかなり向上した。
それでも、紫色に達した事はない。
(……アーリスって、あの時『青』半分くらいまで補充してたよな?)
――『黒から青』。
大人の月給くらいだ。それを万倍の半分。
(え〜と……青の5000倍? 石だと紫になって、赤に……え?…………ぉお⁉︎)
試算すると凄い量になった。
間違えてないか? と何度も検算するが、どう低く見積もっても、紫なんか余裕で越えて赤になってしまう。
「――ッ、これで充分です!」
半ば茫然自失に見ていたユーシャの目の前で、ノードが慌ててプレートから石を離した。
隣にいたレドルが「貰っときゃ良いのに」と揶揄う。
「馬鹿を言うな。不当な収入は、油断や慢心を生むものだ。生活を壊す原因になるぞ」
そうレドルに言い捨てると、ノードは改めてシャリアに向き直った。
「……心配は無用です。『遺棄の実行を私とレドルが担当』しますので」
言いつつ、ノードは片方だけ手袋を外した。肩を軽く竦めて、レドルもそれに倣う。
その二人を見て、シャリアが驚いたように目を見開いた。
(……? 何してんだろう?)
よくわからないが、まるで何かの儀式のようだ。外した手袋の片方ずつを、シャリアに渡している。
「どうぞ、お受け取り下さい」
「……主人に代わって御配慮に感謝を申し上げます」
「気にすんな、その分報酬に乗せて貰えりゃあ、オレは構わん」
シャリアが神妙な面持ちで二人の手袋を受け取る。その様子をぼーっと眺めていると、ノードがいきなりこちらへ振り返った。
「……ユーシャ君」
「え? はい?」
「奴等の乱獲した肉を、『我々が収穫した』と見えるように手直ししてくれないか?」
「……? あれをですか?」
奴等が無計画に乱獲したと思われる肉の山。
心得のある者がいたのか、保存の状態は良い。多少の手直しを加えれば、今日の収穫として持ち帰る事は可能だろう。
「時間がない、事情は道すがらに説明する。全ての肉の再処理を頼む」
一つも無駄にしたくないから、とノードが瞑目する。
事情の方はさっぱりだが、狩人として最後の心情を察するのに、苦は無かった。
「わかった。直ぐに取り掛かるよ」
「頼む」
ノード達から踵を返す。
……役目が出来た。
――失った命を無駄にしない。
その当然を当然にする為に、ユーシャは再び物資の山に向かった。
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目覚めると、何故か後頭部が滅茶苦茶痛かった。
「……ナスタさんや?」
何があったのか想像に難くない。毎度の元凶に身体を起こしながら語りかけてみると、
「起きたわね、アーリス」
「良かった……ご主人様」
「アーリスおはよう!」
「……ほえ?」
聞き覚えのある声で返事が3つ。
暗がりの中、よくよく目を凝らしてみれば、何故か嫁‘sが揃って心配気に俺の様子を見ていた。
縛られた縄とかも既に解かれていて、さながら拘束から解放され、目覚めたばかりのお姫様な気分である。
(…………あれ? 助けに来たの俺だよな?)
ちょっと混乱。
「〜〜ッ! アーリス!!」
「のわっ⁉︎」
状況の推移に頭が追い付かず、脳味噌をフル回転させていると、久々のリリア・タックルが発射された。
「ぬぐぉ⁉︎」
むにゅっ、とした暴力に呆気なく倒される。
枯れ葉のベッドが、ガサリと音を立てて沈み込んだ。
(ちょっ⁉︎ 溺れる⁉︎)
所詮枯れ葉である。子供とはいえ、二人分の重さを一点に受けて、返すような力はない。
「きゃはは!」
(きゃははってる場合じゃねー⁉︎)
完全に埋まった。身動ぎすら出来ないが、俺の上に乗っかってるリリアは、その限りではないらしい。
「――ん〜しょ、と。……えへへ〜///」
そのまま下にズレて、俺の両手をガッチリ握る。
「……お?」
……ホールドされた?
(何だ? リリアに寝技? みたいなの仕掛けられてないか、俺)
幾ら身体が頑丈といっても、身長相応にリリアの体重は軽い。なのに、丹田に重石を乗せているかのように、まるで身動き出来なくなった。
救出されてテンションでも上がってるのか? と思っていたが、どうも様子がおかしい。
流石に違和感を感じたので、リリアをじっと見てみる。
――俺の上で、両手に指を絡ませて顔を赤らめるリリア。
(……あれ? 何かデジャブ)
最近似たような事無かった? と自問し、俺が思い出す前に、リリアが行動でその既視感の答えを示した。
「ん〜♡」
「んん⁉︎」
――リリアが俺を拘束したまま覆い被さる。
――そのまま唇が接触する。
(これって、まさか⁉︎)
――両手の甲が熱を帯びる。
――額の紋章が熱を灯す。
――リリアの熱が口から伝播する。
「……ん」
――吐息が顔に掛かる。
――草の香りが混じった甘い匂いが、鼻腔から脳に浸透する。
(ちょちょちょちょちょ〜〜⁉︎)
その匂いに溺れる前に、辛うじて残っていた最後の理性で復帰した。
(何だ⁉︎ 何が起こってる⁉︎)
相も変わらず状況に流され易いワタクシ。帰ってきたはいいが、着いては行けてない。
「もういいわよ、リリア。婚約は成立したわ」
「――ぷはっ! 奇襲成功〜!」
そして、俺が追いつく前に状況は完了してしまったらしい。
苦悩する俺を余所に、あっけらかんとしたリリアが、ナスタに向けて『V』の字に指を掲げる。
(だから、先に事情を説明しろよ……!)
ムードもへったくれも無い。
……ある意味、実にリリアらしいとも言えるけど。
(こんな所で婚約とか、親父さんに何て説明すんだよ……)
マーグの巣穴の奥底。まだ碌に挨拶もしていないのに、婚約が先に成立してしまった。
【第二の因果の修復を確認。】
【綻びた因果を全て結べ。】
【世界はその矛盾を許容しない。】
【一つでも取り零せば、】
【崩壊は避けられぬ。】




