シャリア『精神攻撃』
ナスタの風に導かれて、シャリアはレドルと共に誘拐犯のアジトに急行していた。
山の麓にある大きな岩の裂け目。
一見するだけでは気付かないであろう其処に、緩やかな風が流れ続けている。
「……此処です」
「……ほ〜、大したもんだ。よくもまあ紋話だけで案内出来たな。目印らしいもん何ぞ、一つも無かったと思うが……」
「直ぐに入りましょう。一味は全滅しているようです」
焦れているのが自分でもわかる。
護衛を担う者を全て遠ざけて、単独で向かってしまった主人を心配しない従者などいないだろう。
「……確かに、それらしい気配はまるで感じられないが、何があったんだ?」
「……私にも詳しくは分かりません」
事実だ。
ナスタに尋ねても「知らない方がそれらしい」と、詳細を教えてはくれない。
(自分の目で見て推察しろ、という事でしょうか?)
予め知っていると、無知との差異が生まれてしまう。勘のいい者は、その違和に気付く。
それを案じるが故に、ナスタは口を閉ざすのだろう、とシャリアは考えた。
とはいえ、幾ら大丈夫と言われても、根幹の情報が遮断されていては信用へ結ぶのが難しい。
早く主人の無事を確認したい、と岩の裂け目に足を踏み入れた瞬間に、シャリアは気付いた。
――血の焼けた匂い。
(――ッ!)
火の精霊が使われたのは明白だ。
嫌な予感に足が止まる。
《……安心なさいシャリア。本当に傷一つ負ってないから》
《……はい》
幾度となく繰り返されるナスタの言葉。
その言葉に背中を押され、意を決して中に入った。レドルもそれに続く。
中は広い空洞で、軽く見て取れるものが3つあった。
――奥に続く2つの通路。
――乱雑に置かれた物資の数々。
――そして、6つの遺体。
(矢傷のものが2つ、剣によるものが2つ……3つ? あと……)
一番損傷の酷い焼死体。
悪臭の原因が、無残に転がっている。
「なんだこりゃぁ?……仲間割れか?」
「……『そうでしょうね』」
誘導を意識した言葉だが、そうでなくても内輪で争ったようにしか見えない。
矢はフロードに流通していない手製の物で、血の付いた剣に至っては問答の余地すら許さないだろう。
争点があるとすれば、最後の焼死体だ。
……一言で言えば、奇怪だった。
服を途中まで脱いだ……と見られる様相で焼け死んでいる。過程がまるで想像出来ない。
「……何があったのでしょうか?」
「精霊の制御にしくじったんだろうよ」
「え⁉︎」
無意識の呟きに、然も当然の如く解答が返される。
思わず振り返ると、丁度レドルが担いでいたトズを降ろしている所で、その作業のままに、彼は言葉を続けた。
「よっ……と……、使い手なら知っていると思うが、精霊は融通が効かない。与えられたマナの分、愚直に力を行使し続けるもんだ」
……その通りだ。
10のマナを与えれば、その10を使い切るまで、決して止まらない。マナを追加して効果を延長する事は出来るが、短縮や中止、マナの返却といった指示は受け入れられない。
「戦闘なんかじゃ、火は特にデリケートな属性らしくてな。……昔、似たような奴を見た事がある。制御にしくじって、死んだ後も自分の精霊に焼かれ続けた奴をな」
「………………」
「大方こいつも、自分の服に火でも付けちまったんだろう。慌てて脱ごうとしたが、間に合わなかった、って所じゃ無えか?……ほら、あれだ、『大き過ぎる力の代償』ってやつだ」
かなり乱暴だとは思うが、他に説明の付けようもない。
返答に迷っていると、奥から二つの声が上がった。
「……レドルか? 何故ここにいる?」
「あ! ソシエじゃん、助けに来てくれたのか!」
奥に見える二つの通路。その一方から、投獄されていた筈の二人が姿を見せた。
「ノード、無事だったか。いや、救出のつもりで来たんだが、もう終わっててな」
二人を見て破顔するレドル。
そのレドルと言葉を交わした後、ノードはこちらを見て、会釈を交えつつ身分を明かした。
「狩猟組合所属のノードです。失礼ですが、そちらはアーリス様の専任侍従……で、宜しかったでしょうか?」
「はい、ソシエと申します」
「迅速な救助対応に感謝します」
「……ま、紹介やらは後でも良かろう。団長さんは何処だ?」
レドルの問いに、一拍あけてユーシャが驚いた。
「――ッ⁉︎ アーリスが居るのか⁉︎」
「……そっちの通路じゃないって事は、こっちの奥か」
ユーシャの反応から、レドルが察する。
《……シャリア、止めて》
《え? 何故ですか?》
《アーリスは今寝てるの。マイントリアーシュの扱いを、今の内に其処で決めて頂戴。『見せない方がいいから』》
《……わかりました》
主人の姿を確認したかったが、確かに『処分』は先に済ませた方がいい。
「……皆様にお話があります」
ユーシャが首を捻る。
「……? どうしたんだ、ソシエ?」
「今回、アーリス様は皆様を救出する為に、強引な手段をとりました」
と、拷問で情報を得て、わざと誘拐されて救出に赴いた事を二人に説明する。
ユーシャが絶句し、ノードは顎に手を当てて黙考していた。
「……この一件が露見すれば、騎士団は発足以前に、『解体』が議論されるでしょう」
「――そんな⁉︎」
「……この一件を隠す、と?」
「はい、皆様には是非ご協力を御願い致します」
市井に流れる情報は制限して仕舞えばいい。救出劇として話題になり、相応の評価を得られるだろう。ナスタの懸念は悲観に過ぎると思う。
……ただ、領主の一連には隠し切れない。詳細を詰め寄られ、全て暴かれてしまう。
何らかの懲罰か、或いは制約が課せられる可能性は高く、寧ろこちらの方が許容し難い。
虚飾で塗り固めて欺く術を考えるよりも、最初から無かった事にしてしまう方が、手早く確実だ。
ユーシャは騎士団所属メンバー。副団長候補。
父を亡くし、母親との二人住まいらしい。騎士団の収入は大きな魅力である筈だ。先程の反応から見ても、反発は考え難い。
レドルは主人との契約がある。
口頭とはいえ、成名を掲げて受領したらしい。支払いには文字通り幾らでも応じられるし、その後に吹聴する様な輩であれば、遠慮はしない。ギルドに手を回し、追い詰めて破滅させればいい。
リリアは主人の婚約者だ。
反抗などあり得ないし、許さない。
(説得が必要なのは、このノードと言う男だけ……)
専ら考えなければならないのは、この男を如何に誘導するかだ。
各々が熟考する中で、「み〜♪」と鳴き声がした。
(……え?)
その鳴き声は真下から聞こえた。下を見ると、尻尾が二本ある白い仔猫が、私を見上げている。
「……………………この子は?」
「ああ、魔獣のマイントリアーシュですよ。この一味を同士討ちさせた張本人……いえ、功労者ですね」
「……そういや魔獣の話もあったな。これが『秘策』とやらか?」
「………………」
み〜♫ と鳴く猫のような魔獣。
(可愛すぎます⁉︎)
これは精神攻撃でしょうか? と、目を覆って打ち震えていると、
「みー♫ み〜♩」
あろう事か、マイントリアーシュが脚に擦り寄ってきた。
「はうっ⁉︎」
硬直。
ふりふりと二本の尻尾が、シャリアの脹脛を撫でる。
――蕩けた。
「ふわわっ///」
「……懐かれてんな」
「ごろごろ言ってんぞ、こいつ」
「…………いけますね」
「……何言ってんだお前は? 未成人だぞ」
憮然とノードを見るレドル。それをノードが睨み返した。
「何を勘違いしたのか知らないが、俗なお前の頭と一緒にするな、と反論しておくぞ。この一件を隠蔽する、という話の方だ」
「――ッ! 〜〜ッ⁉︎」
話を誘導したいが、誘惑が強くて集中出来ない。
《……何してんのシャリア?》
《ふわわわっ///》
シャリアはかつてない攻撃に翻弄されていた。




