ナスタ『幸運の魔獣』
アーリスの行動は慮外のものだった。
切っ掛けは誘拐犯達だ。その責もあちら側にあるだろう。
とは言え、あの行為が世俗に理解されるか、と問われれば『否』を返す他ない。
――犯人の内の一人を拘束し、拷問して情報を引き出す。
相応の『木』の使い手に頼めば、《審問》で確実に情報を引き出せる。あんな乱暴な手段を取る必要が無い。まだ発足に至っていないとはいえ、騎士団の団長が行ってよい所業では無いのだ。
……発足後でも基本的に駄目だけど。
大急ぎでシャリアを帰宅させ、万が一の『身代わり』として同席させた。
アーリスにもまだ気付かれていないようだが、私とシャリア間の念話なら『紋章は光らない』。
人と人を繋ぐから光る。
私は違う、婚約で繋がった経路を使うだけでいい。
《レドルにトズを運ばせて。案内は私の風に従いなさい》
《わかりました》
……アーリスの拷問行為が発覚すれば、騎士団は窮地に立たされる。
『10歳の子供が、独断で拷問の指示をした』のだ。
醜聞、の二字では済まない。
領民の信も遠ざかるだろう。
……そして、そう説明しても、アーリスは多分やめなかったと思う。
――『この男は自分を中心に据えない』。
何故か比重が周りの者に傾く。
レーゼル然り、シャリア然り、今回のリリア然りだ。
例えどれだけの汚名を被ろうと、アーリスは強硬しただろう。
一面から見れば、『美点』、と言えるかも知れない。……けど、アーリスの考え方は『上』に立つ者にそぐうものでは無い。
――『強固な監視が常時つく事になり、行動も大きく制限される』――
……『そんな筈が無いだろうに』。
――管理される事に慣れた思考。
――管理する側を配慮する思考。
――自身を軽視する思考。
過去にどの様な扱いを受けていたのか、それを追求する程、無遠慮では無い。意味もない。
重要なのは『これから』なのだから。
……判らせればいい。
自分が『上』であると。
使う側であると。
……だから、シャリアに言った。
――『物』として使われろ……と。
どう説明しようと、実践に勝る指南は存在しない。
経験させた方が手っ取り早いのだ。
使わせればいい。
極端な物言いをすれば、従者はその為に存在するのだから。
(……先ずは、上ね)
この牢の中にあるもの。
枯れ葉のベッドに、不浄の為と思われる、使われていない簡易な箱。
……そして、『棚』。
壁に杭を打ち込み、そこに板を載せただけの簡素なものだ。
その上に、籠がある。
目で見ていたアーリスからは丁度角度が悪く、気付かなかったようだが、間違いない。
――中に『マイントリアーシュ』がいる。
(……ごめんね)
風で板の隅の方を弾く。
杭に載せてあるだけの板だ。その軽い衝撃だけで、簡単に外れて落ちた。当然の如く、上に載っていた物が全て落ちてくる。マイントリアーシュの入った籠もだ。
けたたましい音が鳴り響いたが、それは予め周囲を覆うように操られていた風によって、全てが遮断された。
(ほんと……何でこんな事知ってるの?)
尋問の際、アーリスに「ドアの外で風を回せ」といわれた。
後で「何故?」と理由を聞いてみれば、音とは、突き詰めれば大気に伝わる振動なのだそうだ。躊躇するように、やや渋りながら解説された。
(……何で渋ったのかしら?……まあいいわ。何れにせよ、アーリスはここに来る前は研究者だった可能性が高いわね)
何というか、知識の底が深い。
探究を常にする者でなければ、至らない場所にいるような気がする。
(防音はこれでオッケー。後は……)
棚ごと落ちた籠を一瞥する。
高所から落下したそれは、『偶然』にも鍵の部分だけが壊れたらしい。
中に閉じ込められていたマイントリアーシュが解放された。
(……衰弱してるわね)
私も見るのは初めてだが、明らかに弱りきっている。
アーリスのマナを送って、食べさせた。
「……み〜」
(何その鳴き声⁉︎)
魔獣の癖に随分と愛らしい。
外見も猫に酷似しているし、愛玩として高値で取引されるのもわかる気がした。
(……悪いけど、理由になってもらうわ)
元気になったその子を、牢の下の隙間から風で押して外に追い出す。
……筈だったのだが、
(――え⁉︎ 効かない⁉︎)
マナの風が全て『吸収』されてしまう。
「み〜♫」
(み〜、じゃないわよ!)
弱くはない風に晒されておきながら、気持ち良さそうに悠々としているマイントリアーシュ。
……呑気に毛繕いを始めた。
(ムキーッ! も〜! 『あっち行きなさい』ってば!!)
心の中で呟くと、応じるようにマイントリアーシュがすっくと四足で立ち上がった。トコトコとあっちに行く。
(……え? あれ?)
暖簾に腕押しの様な手応えが、不意に無くなった。
……凄く嫌な予感がする。
(……『待ちなさい』)
――マイントリアーシュが立ち止まった。
(…………………………『こっちを向いて』)
――マイントリアーシュが振り向く。
(あ、…………やっちゃった♡)
自分で可愛く言ってみるが、現実は変わらない。
――マイントリアーシュの瞳は、『紫色』に染まっている。
『魔獣契約』が成立していた。




