ユーシャ『貴族の術』
激しい剣戟の音で、ユーシャは覚醒した。
(……クッソ、今何時だ?)
奴等の仲間、水の精霊使いに眠らされてから、どれ程の時間が経ったのか、と思いを巡らせていると、自分を目覚めさせた音が、残響付きで耳に届いた。
(――ッ⁉︎ 闘りあってるのか⁉︎)
救援かと期待したが、すぐさまそれは否定される。
誰かと誰かの怒号の応酬。聞き取れる内容から、仲間同士で争っているのが窺い知れたからだ。
(……仲間割れか?)
耳をそば立て聞いてみても、何が原因なのかはよく判らない。
「……ユーシャ君」
(――えっ⁉︎)
いきなり話しかけられてビックリしたが、誰かと思えば一緒に捕まったノードだった。
(何で⁉︎ 猿轡は?)
見れば、ノードの拘束は全て解かれていた。轡の手拭いも、手足を縛っていた縄も切れている。
「少し状況が変わったようだ。今解くよ」
そう言って俺の起こして、口の拘束を解いてくれた。
「……どうやって切ったんですか?」
小声で尋ねてみる。
牢の中には何も無く、ここに入れられる前に所持品は全て没収された。
道具も無いのにどうやって?
「……そういえば、君は騎士団の副団長候補だったね。この先、精霊の使い手を捕縛するような事もきっとあるだろう。ならば、覚えておいた方がいい」
ノードが「無策で安易に捕縛されたりしないよ」と苦笑しながら解説してくれた。
「貴族の精霊の行使は、一般の者から見れば驚異だ。それを妨げようと思えば、まあ、口を塞いでしまうのが一番だろうね」
「……精霊って、話せないと使えないんですか?」
自由になった両手首を、ぐりぐりとマッサージしながら聞き返す。
「『言霊』と言うんだ。まあ、細かい説明は省くよ。そんな状況でも無いし、答えだけ示そう。『歯を削って刃に見立てて、轡を噛み切る術』がある」
(歯っ⁉︎)
「言霊を封じるなら、硬い棒か玉を口に押し込むのが一番だ。……覚えておきなさい」
油断しない様に、と教えられた。
ノードの目を見て、強く頷く。
――「……あああぁぁ!!? 何なんだよ!? 何が起こったぁぁァァ!?!?……」
(――⁉︎ 何だ⁉︎)
絶叫めいた悲鳴が聞こえた。次いで、カンッと何かを投げたような金属音がする。
「……何があったんだ?」
「…………仲間割れがあったのは間違いない。血の匂いもするし、手傷……いや、犠牲が出てるな。余程の事があったんだろう」
血の匂いと言われて、鼻を利かせてみる。風がここまで流れて来るお陰で、僅かながら血液特有の鉄の香りを感じる事が出来た。
――「……ううぅぐうぅぅぉぉっ!!……」
苦悶の声が耳に届く。
「……どうします?」
曲がった道の先の事なので、こちらからは何も見えない。
……ただ、チャンスではあるように思えた。
「……もう少し様子をみよう。脱出はもういつでも出来る。タイミングを計りたい」
「わかりました」
大人しく待機だ。牢の中でオレに出来る事は無い。
(ここを出たら、先ずは弓矢だな)
奴等の物資の中に手製の物があった。自分のもそこに放り投げてあるかも知れない。
素手では相手にすらならないだろうし、先ずは武器を入手だ。その後リリアを探す。
多分、隣の通路の先だ。何処まで続いているかは判らないけど、必ず助けに行かないと……。
「……随分と風が強いな?」
「え? そうですか?」
「このアジトは岩肌の裂け目の奥に入り口があった。そうそう風が入ってくる地形とは思えない」
言われてみれば、確かにそうだ。余程の強風でも無い限り、ここまで吹いては来ないように思える。
「マーグは冬眠の為に、その辺りを考えて巣を作るからね。アイツらが地形を変えたのかも知れないけど……」
僅かな怒気を含む声。
(……怒ってんのか?)
思えば、あいつらが乱獲したと思われる動物達の肉の残骸を目にした辺りから、ノードの機嫌が目に見えて悪くなったように感じる。
――「……焼け死ね!!《焼炎》!!!……」
「――ッ⁉︎ 精霊術⁉︎」
「いや……遠い、狙いは僕たちでは無い」
落ち着け、と手で抑えられる。
――「……があああぁぁぁ!?!?!!……」
同じ人物の悲鳴が聞こえた。
…………、
………………、
…………静寂が続く。
聴こえるのは風の音だけだ。人の声はおろか、気配すら無くなった。
「…………誰かが焼け死んだ」
ノードがそう呟くと同時に、酷い悪臭が鼻についた。
「――くっさ⁉︎」
「……まあ、いい匂いでは無いね」
鼻を摘んで、状況を見定める為に、壁の下の隙間から通路の先を覗いてみる。
「……? 何かいる?」
小さい影が、こっちに向かって歩いているのが見えた。
「――ッ⁉︎」
ノードがオレに倣って下に伏せ、同じ場所を目を眇めて凝視する。
「……確かに何かいるな。……猫か?」
……? 多分違うだろう。
「尻尾が二本ですよ?」
「――ッ、マイントリアーシュか⁉︎」
何だそれは?
首を傾げると、ノードが思案を漏らすように小声で呟いた。
「……魔獣だ」
「魔獣⁉︎」
思わず二度見するが、とてもそうは見えない。
「危険は無いよ。自身に敵意を向ける者に反逆する魔獣らしい。リンリャス卿が『護身獣』として飼育する事に成功していた、という文献を見た事がある」
「は〜」
「……仲間割れの原因はあの子かな?」
「どういう事ですか?」
「敵対者の精神を狂わせるそうだ。……おそらく逃したものを捕らえる時に、敵意を向けてしまったのだろうね」
語りながら、ノードが木の壁と岩肌の境に手を当てる。
「《破砕》」
ボンッ、と岩が崩れた。それを上から下に何度も繰り返して、木と岩壁の接合部分を全て剥がしてしまう。
「……思いの外丁寧な仕事だったな、マナが足りて良かった。出よう」
「嵌ってただけだったのか、これ」
よく見れば、岩肌の凹凸に嵌めて固定していただけだったらしい。
ノードが片側を解放した事で、木の壁は押せば動くような物に成り下がった。
「……紫?」
先に牢を出たノードが、マイントリアーシュを見て呟く。
「……あ、本当だ」
ちょこん、とお座りしてこちらを見つめるマイントリアーシュ。
ノードの言う通り、瞳が紫色だった。




