『鬼灯』
荒い息を吐きながら、ザクは一人立ち尽くしていた。
匂いと、剣から滴る血が、この惨状が白昼夢の類では無いと訴え続けている。
(…………何で……こんな事に……)
瞬く間に、失った。
……全員だ。
何処でしくじったのか。
余所との闘争でも何でも無い。
――、……『内輪で壊滅した』。
「あああぁぁ!!? 何なんだよ!? 何が起こったぁぁァァ!?!?」
剣を放り投げて、空いた両手で頭を掻き毟りながら慟哭する。
無情に転がる五つの遺体。
……物言わず語る。
――『終わった』、と。
「ううぅぐうぅぅぉぉっ!!」
――『冗談じゃ無い』。
(こんな所で終われるかよ! 手札はまだあるんだ!! 使わずに終われるかよ!)
奥の牢には上物の商品が二つも残っている。売れば金になる。資金は手に入る。まだ終わってなどいない。
(……考えろ、どうにかやり繰りするんだ!)
計画を練り直す。
――風が吹いた。
(まずは頭数だ)
――上から下へ。
(人数が揃わねえと、何も出来ねえ)
――肌を舐めるように。
(それまで、こいつらは此処で飼…………?)
――服の内側へ。
(……何だ? この風は?)
襟首の隙間に吸い込まれるように吹いている。
――『どう考えても普通ではない』。
(…………、――ッ⁉︎『風』⁉︎)
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小学生の低学年。
確か、その頃の事だったと思う。
この名前も俺がつけたもので、一つ隣の学校では別の名で呼ばれていた。
――「え〜、やだよ! 似てるし、こっちの方がカッコいいじゃん!」――
……こんな感じだった気がする。
子供の無邪気さと、無鉄砲さが同居した『遊び』だ。
大人がやると、意味合いがまるで変わってしまう。
『冗談』では済まなくなる。
(ナスタ、『鬼灯』)
《『了解』、仕留めるわよ!》
――『鬼灯』には条件がある。
ひとつ、裾の長い服である事。
ふたつ、前が分かれていない服である事。
みっつ、首の部分が開きすぎていない事。
よっつ、その服が捲って裏返せる生地である事。
……要するにTシャツとか、トレーナーっぽいやつがいいのですよ。
襟の部分から風を流し込む。裾が内側に入っていても問題無い。そのまま風を送り続ければ、裾は外に出る。
次は上だ。
裾を上に捲るように、風で持ち上げていく。
内側から下に風を送り、外側でUターンさせればいい。
その切り返しの場所を、徐々に上げていけば、自ずと捲るような格好になるだろう。
……大抵の服は、首の部位が狭い。肩に掛ける形を考えれば、そうならざるを得ない。
故に、首で引っ掛かって止まる。
斯くて、『両腕と頭を自分の服で包まれた無防備な人』が完成する。
丸出しのお腹をみんなで笑いながらペチペチしたものだ。
因みに、隣の小学校では『巾着』と呼ばれていた。
……どう考えても鬼灯の方がカッコいいだろ。
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自分の服で腕と視界を塞がれたザクは、壁面を這うように奥に向かっていた。
(――クソッ! あんのクソガキがぁぁ!!!)
どうやっても『脱げない』。
風が纏わりついて、服がへばり付いて、腕が下ろせない。首が抜けない。
――『風』だ。
どうやったか? などどうでもいい。
この有り様の原因が他に考えられない。
「使えない」の代名詞でもある、『風の属性』にしてやられたのだ。
――『火の属性使いであるオレが、風に負けた』?
仲間も全て奪われた。
賢しい『奸計』によって、だ。
屈辱などという言葉では、到底収まらない。
認められる訳がない。
(……殺してやる! 身代金なんぞどうでもいい!!)
身の内の感情の『熱』を、外に出す術をザクは知っている。
火の精霊はそれが出来る。
(――着いた!)
三ヵ月の間潜伏していた地形。
見えずとも、おおよその見当は付く。
何も奥まで辿り着く必要は無い。
奥に続く道の入り口に立てればいい。
(クックックッ! ざまぁねぇなぁ〜?)
奥の牢は木製だ。
精霊の炎を止められるものでは無い。
加えて、作った寝床は枯れ葉の山だ。
さぞ、良く燃える事だろう。
(てめえから貰ったマナだ!! 返してやるよ!!)
紋章が熱を帯び、マナが膨れ上がる。
「焼け死ね!!《焼炎》!!!」
全力で放つ。
注いだマナの分だけ、両の手の間から炎が噴出される。
服を貫いて、何もかも焼き尽くす炎は、
――路の奥には行かず、
……ザクの周りを渦巻いた。
「があああぁぁぁ!?!?!!」
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(馬鹿じゃねーの?)
《………………》
当然の結果だ。
風と火の相性という話では無い。
この勝負は属性では無く、『勢い』の優劣を競うものになる。
そしてその勢いは、『マナの量で決まる』。
マナに困窮していた一味のトップがとる行動としては、お粗末に過ぎるだろう。
(やっぱ『雑魚』だったな〜)
その名前の印象通りだった。
(……ナスタ凄すぎ。一方的じゃん)
相手に気取られないのは、やはり大きなアドバンテージだ。
まさに、ナスタ無双!
(……俺、何もしてねえな)
枯れ葉のベッドの上で指示しただけである。
……安楽椅子気取るには知性が足らんだろ。常考。
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圧倒した。
(……嘘、でしょ……?)
相手は戦闘に於いて『最優』と名高い、火の属性だった。
――「ナスタの風でその一味を全て殲滅する」――
アーリスが語ったのはこれだけだ。
あれは出来るか、これは出来るかと、事前に色々と聞かれはしたが、それだけだった。
……『怖い』、と思ったのは、これが初めてだろう。
全幅の信頼が、
全てを任されるという事が。
風を起こせるだけの、全てに劣ると言われ続けた属性の、その使い手の私に課せられた『重責』。
――『私は何もしていない』。
アーリスの言う通りに、風を動かしただけ。
アーリスのマナで力を振るっただけ。
……誰が信じるだろう?
アーリスは、
この男は、
『寝床から一歩も動かずに一味を殲滅した』。
(ナスタ?)
――ッ⁉︎
(どした?)
……そうだ、こんな事を考えている場合じゃない。
《……アーリス?》
(お、起きてたか。何ぞ?)
《……寝なさい》
(…………はい?)
《後は私がやっておくから》
問答無用でマナを動かして、アーリスの意識を飛ばす。
座るように起こしていた上半身が、そのまま後ろに倒れて、ゴンッと壁にぶつかった。
《………………》
些細な事だわ、と冷や汗を流しつつ、ナスタは意識を変える。
《……シャリア?》
《――ッ、ナスタッ、無事ですか⁉︎ ご主人様は⁉︎》
《…………》
今ぶっ倒れて後頭部を殴打した事は、言わないでおこう。
《……無事よ、アーリスは勿論、人質だった三人も無事》
《――ッ、そうですか、良かったです……》
やはり相当に心配させていたようだ。
(……当然よね。火使い相手に風の属性で安心出来る訳ないもの)
私自身が半信半疑だったのに、シャリアが心配しな
い筈がない。気楽に構えていたのはアーリスだけだ。
……早く安心させてあげなくちゃ。
《一味は壊滅したわ》
《…………え?》
《アーリスが皆殺しにしたの、生存者はそっちのトズだけね》
《………………では》
……やはりシャリアは優秀だ。
『打ち明けておいて良かった』。
《……ええ、やるわ。『この事件を無かった事にする』》
後先考えずに突っ走る、この主人の尻拭いを、私とシャリアで担当する。




