『危険人物』
悲鳴と絶叫と鳴咽が響く一室。
「……うっ、本当だ……嘘じゃねぇ、信じてくれよぉ……うぅ、信じてください、……やめてくれ、頼むよ……」
不浄箱に縛られたトズさん(仮)は、この10数分の間で随分と素直になった。
…………ように見える。
「折って下さい」
「やめろぉぉぉ!!!!」
〈ポキッ〉
「ああぁぁがああぁぁぁッ!!?!?」
「アーリス様、お水です」
「有難う」
尋問の途中で、シャリアは帰ってきてしまった。
想像よりも随分と早く帰宅したシャリアは、室内の異様さに即座に気付き、この部屋に直行。
事情を説明して退席を勧めたのだが、
――「リリアはもう他人では有りません」――
と、強く同席を希望した。
……武芸達者らしいし、下手すりゃ俺より荒事に慣れている可能性まであるんだよな、シャリアって。
女の子に見せるようなものではないと思うが、そんな配慮は見当違いだ、とナスタからも苦言を呈された。
他に遠ざける理由も思い付かなかったので、許可を下した次第である。
「団長さんよ……もう折る指が無いぞ?」
困り顔でレドルがぼやく。
……うん、知ってる。数えてたし。
「大丈夫ですよ。まだ足の分がありますから」
事もなげに答えると、室内が絶句の沈黙で満たされた。
最初に脱却したのは、やっぱりこの人、トズさん(仮)である。
「本当です! 本当なんです! さっきから言ってるじゃないですか! 嘘なんか吐いてないんですよ⁉︎ 信じて下さいよ!」
涙で顔をグシャグシャにして俺に訴えてくる。
……ん〜〜、本当っぽい?
「……どう思う?」
確証が持てないので2人に聞いてみる。
「折れていると思います」
「折れてんだろ、これ」
《とっくに折れてんじゃない?》
三者合一の見解。
……そっか、折れてんのか、これ。素人目にはわかんないな。
レイプ目とか、ハイライトが消えるとか、そんな判り易い変化は、アニメとか漫画だけらしい。
「それじゃあ、質問しますね? 正直に答えて下さいね?」
「はい! はい! なんでも答えます! なんでも聞いて下さい!」
……と言う事で、『嘘吐き』から何時の間にか『正直者』にクラスチェンジしていたトズさん。
ベラベラと全部喋ってくれました。
「……今朝会ったな」
「Wat‘s?」
「ノードが2人の子供を連れて歩いていた。そういや、片方の女の子は、確かに倭人族の娘だったな」
(ノードさんが付いてて捕まったのか……いや、他勢に無勢だろうな。2人の子供を抱えての5:3は厳しすぎる)
ノードは家格の無い貴族だ。
没落とはちょっと違い、貴族の血統が市井に流れ出た系譜らしい。精霊ともちゃんと契約出来る。
確か土の属性だったと思うが、幾ら精霊術が使えると言っても、数の優位はそうそう覆るものでは無いだろう。無理ゲーというやつである。
「……3人とも生きてるんですよね?」
「はい! 抵抗がなかったから、生かして捕らえたそうです!」
「……適切だな。無理に抵抗して血を流せば、長期戦に耐えられなくなる」
と、レドルがノードの判断を評価した。
実際、誘拐という犯罪は、他に比べて長期化する傾向が強い。
誘拐が成立した時点で、犯人側が『人質』という切り札を入手している点が最も厄介だ。
A:誘拐自体が目的。
B:誘拐後の取引が目的。
C:AとB両方。
想定されるケースとしてはこの3つだろう。
解決に当たり、人質の安全の確保は最優先とされる……が、この安全を『犯人側』に保証させなければならない。
この交渉に、ある程度譲歩して付き合わないと、誘拐された人質に累が及んでしまう為、解決に時間を要する事になるのだ。
問題はAのケースで、今回はこれに該当する。
誘拐犯の目的が完了しているので、交渉の余地が無い。そのまま逃亡でもされれば、気付く頃には手遅れとなっているだろう。
誘拐された人物の足跡を丁寧に辿り、証言を集め、地道に足で捜索するしか無い。
俺が思うに、Aは誘拐の中で一番解決の目処が立たず、絶望的なケースだ。
……本来ならば。
表現があれだが、ラッキーだったと言える。
このトズさんのナイスな提案により、犯人側の達成状況が『白紙の状態』に戻ったからだ。
(ターゲットが『俺』に変わったからな)
奴等は俺を誘拐するまで、目的を達成するまでは動かない。
……『*全員が同時に捕縛された*』点も大きい。
誰かが逃亡に成功していたら、通報され、追跡される事になる。
逃走計画などを入念に練るリーダーのようだ。
リリアを連れて逃走していた可能性は高い。
そうならずに済んだのは、本当に『幸運』だった。
現在の状況はC。
人質を餌に、俺の身柄を要求するという交渉の最中だ。
ザクが不用意にリリアに手を出す事は、まず無い。
とはいえ、リリアは兎も角、ユーシャとノードは不透明だ。
俺がぐずぐずしていると、材料として提示される可能性がある。
……急いだ方がいい。
「レドル、南の森に行きます。同行を」
「――おう!……って、馬鹿正直に突っ込むのか?」
んな訳無かろう……いや、間違って無いかな?
「ソシエ、クローゼットに顔と身体を隠せるローブとかある?」
「少々お待ち下さい」
女の子扱いは不本意だが、好都合でもある。
――『誘拐犯に捕まるのが一番手っ取り早い』。
俺が考える最速で確実な手段だが、俺にとっての最善では……無い。
(……人の命が掛かってるんだ。保身考えてる場合じゃないよな)
トズという犯人側の目を潰したので、領主のアゼスターに救援要請を出す余裕はあるが、今のフロードは軍事が手薄だ。
全幅の信頼が置けない上に、失敗する可能性もある。
対して、俺の考えた計画ならほぼ確実に成功する。
――自ら誘拐され、奴等のアジトに入り込む。
奴等は俺を『獲物』と認識している。同時に大事な交渉材料でもある。
殺しては意味が無いし、そもそも抵抗が無ければ殺す必要も無いだろう。
犯人側に『木』の精霊使いが居ないのも確認済みだ。『水』が居るらしいけど、生活水を確保する為の要員で、他に出来ることは無いらしい。
初手で殺せば、危険は薄い。
――ナスタの風でその一味を全て殲滅する。
おそらく、拘束はされるだろうが、俺とナスタには関係無い。
俺は『声が出せなくてもナスタに指示が出来る』。
一般に周知される、精霊の行使を封じる手段、『口を塞いで発声を妨げる』という手法が、俺とナスタには通用しない。
奴等は交渉材料である俺に、強い危害は加えられないだろうし、楽勝である。
……怨恨からの報復目的の誘拐じゃなくて、本当に良かった。
普通なら難しいというか、無謀に近い、作戦とも呼べないようなものだが、これが1番確実だ。
(……下手な特性よりよっぽどタチが悪いよな、これ)
内心で笑う。まさか団長の俺が『loose cannon』になるとは、思っても見なかった。
……そう、問題はその後だ。
――『無詠唱』。
要は、発声という過程を経ずに魔法を使うという、アレである。
人知の及ばない能力を、『人間が認知出来ない領域』で行使する。
ギルドの時に似たような事を考察したが、こんなものを国が放置する筈がない。
武力は拘束すれば良い。
権力は剥奪すれば良い。
組織は解体すれば良い。
思想は塗り替えれば良い。
財力は放出させれば良い。
……では、魔法があったとしたら?
詠唱が必要なら口を。
何らかの儀式が必要ならその儀式を。
魔法陣のようなものを描く必要があるなら手足を。
……では、無詠唱は?
無詠唱とは極端に言えば『思考』だ。
止める手段も、封じる手段も無い。
こんなものが、殺傷力を有すると確認されたら?
現代風に言い換えれば、『取り外せない爆弾を保有した人間に、人口密集地での活動を許容出来るか?』となる。
許容出来る訳がない。
放置される筈がない。
――「己の中の精霊……いや、すまない。……妖精と会話出来るのか?」――
……気付くのが遅すぎた。
迂闊な事に、ランフェスにはもう知られている。
風の属性が、無力で無害だと認知されているからこそ、俺は拘束を免れている。
……知られれば、間違いなく捕まる。ランフェスとアゼスターは見逃さないだろう。
少なくとも、強固な監視が常時つく事になり、行動も大きく制限されるであろう事は、想像に難くない。
(…………ま、しゃーない! 人命優先だ)
天秤に量るようなものですら無い。
今後の生活が息苦しくなるだけだ。
………………腹を決めろ。
『looseルーズ ・cannonキャノン』
糸の切れた凧
意味:
特別な地位にある、または就くと予想される人物が、コントロール出来ない、行動が予測不能で、制御しきれない危険な人であるという寓意。
政治家や会社員などに対してよく使われるそうです。
それはそうと、アーリス君アウト。お説教確定ですw




