『教育倫理』
玄関に届けられた手紙にじっくりと目を通す。
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倭人の娘は預かった
返して欲しければ紫石を持って
南の森までアーリス団長1人で来い
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倭人の娘とは、やはりどう考えてもリリアだろう。
リリアではないという可能性もかろうじてあるが、いずれにせよ『行かない』という選択肢は無い。
石の色は心底どうでもいい。
……ただ、誘拐犯の指定した南の森は、普段禁猟区と定められている場所だ。
余程の事情がない限り、入る事は許されない。
(どうやってそこまで行く?……ったく、隠れ家にするにはうってつけの場所だな。確かに)
動物の保護を目的とされた区域なので、人間が踏み荒らす事を極力避ける配慮がされている。巡回も最小限に留められていた筈だ。
(……ナスタは何人まで同時に処理出来る?)
《……アレの事よね? 3人は絶対、5人がギリギリってところかしら?》
(南の森に使われてない管理小屋とかあんのかな? 其処を占拠した? ……室内戦想定だと、3人だとちょっと厳しいか? 屋外なら準備次第で無双出来るんだけど……。いや、ん〜な事よりどうやって門抜けよう……)
……と、そんな感じで、あれこれと考え込んでいると、
――いきなり玄関が開いた。
「邪魔するぞ、アーリス団長は……お、居るな」
ナウゼルグバーグ戦の時にランフェスに紹介された、外部登録者のレドルが入ってきた。
「にょぬば⁉︎」
超びびって飛び退く俺。
(ナスタ⁉︎ サーチはどうした⁉︎)
《あの男捕捉しとけって言われたし⁉︎》
(そうでしたね⁉︎)
パニクる2人。
「……そんなにびびらんでも良いだろうがよ」
「ノック!!」
「ああ、すまんな。鍵が開いてたからよ」
「順番が逆では⁉︎」
「気にすんな、大して変わんねえだろ?」
大違いである。
「……へぇ、取り込み中か?」
俺の腰の長剣を顎で指しながら呟くレドル。
(あ、やべ……)
部屋着に長剣である。違和感が半端ない。
(う〜ん、どうやって誤魔化すか)
言い訳を考案していると、無防備な俺の手から、レドルがヒョイっと手紙を引き抜いた。
「あっ、ちょっと⁉︎」
「…………随分と素敵な招待状だな?」
……駄目だこりゃ、観念するしかないな。
「センスのカケラも見当たらないので、ちょっと書き方を教えに行こうかと……」
「ククッ、本当に面白い子だ……手伝おうか?」
……どうしよう? まだどう行動するか考え中だ。
(あちらさんが何人くらい居るのか、そこの男以外はわかって無いし………………そこの男⁉︎)
手紙を持ってきた男は、通り向こうの路地で待機中だ。……何故?
――『監視』に決まってる!
(ナスタ! あの男は!!)
《え? まだあそこに(手の位置! 紋話!!)ッ⁉︎》
俺の次の行動を仲間に連絡する係だろう。
レドルが来たのは奴にも見えている筈だ。直ぐに紋話で仲間に伝える可能性は高い。
《今右手を上げたわ!》
(止めろ!)
《どうやって⁉︎》
俺とは違い、他のやつは『発声』しなければ紋話出来ない。
(『口の中に風でも送り込め』!)
《『わかった』!》
上を向いて、口の前で手をバタつかせる男のシルエットが見える……止められたかな?
傍から見たらシュールすぎるが、人目を気にして路地の奥にいるので、通行人にはまだ気付かれていない。
「……レドル。向かいの路地に、口を開けてあわあわしてる人が居るので、ここに連行して下さい」
「――よく分からんが、了解だ!」
一瞬怪訝な表情を見せたが、ニヤリと笑って直ぐに行動に移ってくれた。
乱暴に玄関扉を開け放ち、そこから飛び降りて急行したように見えたけど、大丈夫かな?
「……ま、いいか」
帰ってくるまでに次の準備でもしておこう。
使っていない空室のドアを開けて、家具一式が揃っているのを確認する。
不浄箱を開けて、部屋の中央に。
他の机とかは、出来るだけ端に寄せる。
次は壁だ。
コンコンと叩いてみる。
……意外に響かないな。
「ナスタ、アスガンティアの防音ってどうなってる?」
「どう? って……マナで囲われてる部分は音が漏れないわよ?」
「そうなの⁉︎」
「建築の時の紋章陣が、その家の維持に必要なマナを、領主から受け取る為のものなの。微弱な結界みたいな物ね」
そういう事か。
……だとすると建具周辺が『穴』になるな。
「……何してんの?」
「準備。……あ、ナスタ。俺の中に戻っとけ」
「別にいいけど、何で?」
「他の奴に姿が見えるだろ?」
あっちの勢力に、ナスタの存在を示す必要はない。
街中でも出していなかったし、領民で知ってる人はいないんじゃないかな?
奴等にもまだ知られていない筈だ。
「…………私、普段は他の人に見えないわよ?」
「……………………」
固まった。
「はぁ⁉︎」
「言ってなかった?」
「聞いてないぞ⁉︎」
ナスタが言うには、精霊の『顕現』は姿を現せ、という主人の命令である為、他者の視界にも映るが、妖精は自分の意思なので、その辺の自由が効くらしい。
そして、契約者の俺から姿を隠す事は出来ないそうだ。
(……つまり、今まで俺は盛大な独り言を?)
自覚せぬままに、4ページ目が追記されていたというのか……泣きそう。
《安心なさいな、そんな恥はかかせてないから》
俺と話していた時は、ちゃんと他の人にも見えていたらしい。よっしゃセーフ! 4ページ目セーフ!
「――団長さんよぉ、連れてきたぜ!」
盛大に安堵していると、レドルが手紙の男を連れて帰ってきた。
(あらやだイケメン)
俺から見ても、端正な顔立ちをした男に見える。俳優とかやれそう。
……ちな、隣のレドルもナイスミドルである。俺のように、『一歩間違えば女』なんて形容は決して付かないだろう、ちくせう。
「んで、どうすんだ? コイツ」
この男がどちらの陣営なのか、レドルにもおおよその察しは付いているらしい。両腕をガッチリ極めて離そうとしない。
「その不浄箱に座らせて、縛り付けて下さい。今縄を持ってきます」
自室の狩りの装備から縄をゲット。戻ってレドルに渡す。
観念したのか、特に抵抗もせず男は拘束された。
「…………よっと、完成だ」
「有難う御座います」
10歳で成人を連行して縛り付ける何て無理だ。本気で助かった。
「大した作業でもねえ、次は?」
「その前に……」
と、レドルに向き直る。
「レドルはどうして此処に?」
来訪の要件を聞いて無かった。
「……ナウゼルグバーグ戦で初手気絶なんつー、みっともない戦果をあげたオレに、それでも満額の報酬が支払われた。……礼を言いに来たんだよ。他の奴らの分も代表してな」
他の形で返せそうだ、何て言葉を添えて語るレドル。何だこのおっさん、カッコいいぞ。
「ギルドを通さずに依頼って出来ます?」
「……可能だ。あそこは仕事を斡旋しているだけで、俺たちを専属に雇用している訳じゃないからな」
「……他言無用とか出来ます?」
「……報酬次第だな」
「荒事とかは?」
「報酬次第だ」
OK。
「では、レドル。報酬は言い値をお支払いしますので、他言無用で荒事をお願いします」
「………………」
何を言われたのか? と、タップリ思案したらしきレドルは、数秒の沈黙の後、豪快に腹を抱えて笑った。
「――イイなぁ、実にイイ! オーケーだ。その依頼をレドルの成名で受領する。報酬は全額後払いで構わんぞ」
「有難う御座います」
自分でも「直截すぎるかな〜」とは思ったが、案の定だったらしい。笑われてしまった。
(……仕事の内容で引かれなきゃいいけど)
けど、まあ、リリアを誘拐した犯人の仲間だ。
――『手加減してやる気など毛頭ない』。
「それで、雇用主さんよ。仕事の内容は?」
部屋の端から椅子を持って来て、男の正面に陣取り、レドルに指示を出す。
「この男の指を折って下さい」
「………………」
「………………」
「………………」
無音。
最初にそこから脱却したのは、指折り宣言されたその男だった。
「――な⁉︎ おい、ふざけんなよ! このガキ、何を……」
「取り敢えず一本だけお願いします」
《アーリス⁉︎ あんた何を……》
(ナスタは音が漏れないようにドアの外で風を回せ)
「……いいのか? 声が響くぞ?」
「一階に住人は居ませんし、路の奥にある家です。気にしないで下さい」
精霊建築で見たが、アスガンティアの外壁は石材と木材をマナで貼り合わせた物だ。
更に、この部屋は外壁に接していない内部屋で、窓なども付いていない。
ドアなどから響く振動の伝播を風で遮れば、そうそう音は漏れないだろう。
「折る前に聞いておきますが、この手紙は誰かの依頼ですか?」
一応確認。
誰かに頼まれた無関係な人の可能性も、無い訳では無いし?
「はぁ? 何だよ⁉︎ そんな手紙、俺は知らねぇよ! 早く解放しろ! こんな事して……」
嘘吐き発見。
「折って下さい」
レドルが男の背後に回る。
男が青褪めて、抵抗を強めた。
「おい⁉︎ おい!! ふざけんなよ⁉︎ 俺は無関係の一般人だぞ! 止めろ!!!」
〈ポキッ〉
「がぁぁあああぁぁ!!!?!!?」
男の絶叫めいた悲鳴を冷静に見つめながら、チラッと時刻を確認する。
[11:18]
早くリリアを助けに行きたいし、後10分もすればシャリアも帰ってくるだろう。
時間に余裕は無い。
かける気も無い。
「……隣の指も折って下さい」
早急に、この男から全ての情報を引き出さないと……。
(何本折れば、心って折れるかな?)
男の悲鳴を聞きながら、前の世界の創作物から得た拷問・尋問のノウハウを引っ張り出す。
(……ナスタの言う通り、教育倫理が甘いかも知れないなぁ……前の世界)
性的表現よりも先に、こっちを規制すべきじゃないかな?
実際にやった事なんか無いけど、結構知ってるわ、俺。




