ユーシャ『布石の正路』
南街門は利用者が殆ど居ないので、門兵の人はかなり暇を持て余しているらしく、通門の手続きの間の世間話に花が咲いてしまった。
領主の許可が下りたとは言え、禁猟区の狩りは誰もが躊躇するらしい。狩猟目的の利用は、オレ達が初だそうだ。
(本気でヤバかったなぁ……)
世間話の合間にちょっと尋ねてみれば、門を通過するには狩猟免許の他に、組合の許可証も必要らしい。仮免許だけでは門前払いになる、と言われた。
(後でリリアの親父さんにしっかりお礼しよう)
ユーシャが内心で冷や汗を流す隣、リリアは森を見上げて感動の声を上げた。
「おお〜! いつもと違うね!」
「……そりゃあな。いつもは西だし」
そもそも方角が違う。
「も〜っ! そうじゃないのに〜」
「ははは、大丈夫だよ。わかってるから」
西とは違う、色の濃い森だ。人の為ではない、動物達の為の森。
その森の向こうに山脈も望める。レイジェルが居れば、弓よりも筆を取りたいと言っただろう。
「よし、行こうか」
「はい!」「お〜!」
ノードが先導して森に入る。普段は人が入らない森なので、緑が本当に深い。進むのも大変だ。
「ノードさん、狩り場はどの辺りですか?」
「このまま真っ直ぐ行ったところに水場がある。先ずはそこを目指してみよう……リリアちゃんは大丈夫かい?」
今日のリリアの装備は手斧だ。獲物を沢山持って帰らなければならないので、盾は置いてきたらしい。
「へいき〜、すっごい森だね!」
「この森は動物の楽園だ。本来なら人間が入って良い場所じゃない。……でも、食べなければ人は生きていけないからね。少〜しだけ分けて貰おう」
「……はい!」
既に何度かサギゥを見かけているが、ノードは見向きもしない。
(がっつかないんだ……『狙って』狩れる)
それが出来る人。
それが出来る森。
(く〜〜っ! 成人したら絶対とってやる!)
狩猟免許への憧れをひしひしと強くしながら、ユーシャはノードの背中を追った。
暫く進んだ所で、母から成前式祝いにと買って貰った時計を確認する。
時刻は10時半。森に入ってから30分が経過した。
騎士団の分は全て北のチームに任せれば良いので、こっちのノルマは6人分だ。森の様子を見る限り、余裕でクリア出来る数字だが、無作為な狩猟は出来ない。じっとノードの指示を待つ。
「……成る程、ソギルが認める訳だ」
「え?」「ほえ?」
「狩りを急がない。全ての動物を獲物だとは思っていない」
「……それはそうでしょう?」
「いや、残念な事に居るんだよ。人間の方が上だと思っている人がね」
前を見据えて、ノードは語る。
「私達は動物達の犠牲が無ければ生きていけない。居なくなったら困るのはどちらの側なのか、助けられているのは誰なのか。……少し考えればわかるだろうに、それに思い至らず無法を〈ヒュン〉――ッ⁉︎ 」
熱弁を遮るように風切り音がした。同時にノードが大きく身を捻って声を荒げる。
「伏せろ!」
「……え?」
「リリア!!」
事態の推移についていけないリリアを、強引に地面へ伏せさせる。
「……へぇ、良い反応だなぁ?」
ぞろぞろと現れる襲撃者達。誰一人として、見知った顔は無い。
(3人……4人⁉︎ 駄目だ救援を――ッ⁉︎)
戦況の不利を悟ったユーシャが、ベインに紋話を繋ごうと右手を動かすと、その手を捻るように後ろから引っ張られた。
(――5人目⁉︎ いつの間に!)
「ユーシャ⁉︎」
「――ッ、いってえな! 離せよ!」
「お〜お〜、元気だな。おい、そこの嬢ちゃんを抑えろ。傷付けんなよ?」
加減無しで両手を後ろに回され、縛り上げられる。
向こうではノードが拘束されていた。更に猿轡を、無抵抗で噛まされているのが見えた。
そのノードと目が合う。
――横に首を振った。『抵抗するな』と。
(――ッ、畜生ッ!)
ノードの判断は正しい。この戦力差を覆すのは不可能だ。
……が、リリアはまだ叶わぬ抵抗を続けていた。
「ふたりを返してッ!」
ユーシャが拘束されるのと同時に抜け出したリリアが、手斧を横に構える。
余裕で笑い、周りを囲む男達。嘲りが窺えた。
リリアは小さいので、速さを競う長距離は苦手だ……が、持久力と瞬発力は同年代の子と次元が違う。
〈ドンッ!〉
大地を踏み切る強い音と共に、リリアがユーシャを拘束している男目掛けて発射した。
――たったの半呼吸で3mの間合いを飛んで詰める。
逃げるか交わすかを判断する逡巡の時間。その時間を丸ごと刈り取るような一撃。
そこには攻防すらない。であるからこそ、
――『リリアは手斧で狩りが出来る』。
「頭⁉︎」
周囲の手下共が顔色を変える中、
「――よっ、と」
頭と呼ばれた男は、拘束の完了したユーシャを下に落として、半歩でその一撃を交わした。同時にすれ違いざまでリリアの腕をとる。
「あめぇよ嬢ちゃん。起こりは見事だが、作りが真っ直ぐ過ぎる。それじゃあ俺には当てられねぇ」
「う〜〜ッ! は、な、し、てっ!」
宙に掲げられてジタバタするリリア。
そのリリアを拘束しようと、縄を持った男がにじり寄った。
「うほ〜! ちっこいのに凄えおっぱいしてんなぁ……」
「触んないでよ! あたしに触っていいのはアーリスだけなんだから!」
「何だぁ? その歳でもう操捧げてんのか? カァ〜、最近のガキは色気付くのが早「……待て」」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アーリス?」
俺の反復を、小娘は睨みで答えた。
(気の強えガキだな)
この手の娘は、従順な娘よりも需要が高い。倭人族なだけあって、身体もほぼ仕上がってる。
下は後3年も待てば使えるようになるだろうし、上物だというトズの鑑定も肯けた。
「……頭、トズからです」
「繋げ」
良いタイミングだ。丁度確認したい事が出来た。
「……繋がりました。トズ、こっちは倭人の娘を捕らえた。……ああ、殺しの必要もないほどあっさりでな、3人共だ。…………少し待て。頭、その娘、団長のガキを釣る餌に出来るそうです」
(……やはりか)
男の癖に女のような名前だ、と記憶に残っていた。
「縛った3人は轡噛ませてそっちに転がせ。ベイ、アーリスについて詳しく報告させろ」
その後トズから、アーリスは『新設の騎士団の団長』で、領主の『双子の実子』、更に『性別が女』の可能性まであるとの推論が加えられた。
「本当なら、上物なんてレベルじゃありませんぜ⁉︎」
「……的外れ、とも言えねぇぞ? レーゼルは黒目だったんだろ? アーリスの方は紫らしい」
「貴族が『風』と契約するなんて無えよ! 本人が酔狂で望んでも、周りが止めんだろ⁉︎」
「双子説か、……信じられない程瓜二つらしいし、あり得るな」
「トズが至近で死亡を確認しているし、領葬までやってんだ。レーゼルは間違いなく死んでる……」
「しかし、それなら街の噂がおかしくねえか?」
「領民の願望でも入ってんじゃねぇの? 実は! てさ」
「……レーゼルは西を中心に活動するガキだった。その生存説も西の地区だけで、他の地区では死亡で認識されてるって話だった筈だ」
「お友達が悲しまないようにって、大人が口裏でも合わせてんのか? 美談だねぇ……」
「滑稽、の間違いだろ?」
部下達の推論を聴きながら、考えを纏める。
(レーゼルとアーリスは『別人』。ここまではいい)
生来のものなら兎も角、風属性だけは本気で有り得ない。他の属性の方が遥かに有用だからだ。
貴族の価値は精霊で決まる。その価値を捨てる馬鹿はいない。
(なら、アーリスを庇護する理由は何だ?)
領主直下の騎士団。これは領主以外に命令権を与える気が無いと言っているようなものだ。過保護とも言える。
そんな騎士団の長に、ぽっと出の子供を据えているとは思えない。間違いなく、繋がりが有る。
(……実子、双子か)
トズの推論だと、確かにしっくりくる。
最東領のフロードは『ど田舎』だ。古い因習で双子を忌避する者は多いし、血統を重視する貴族ならば尚更だろう。
双子の片割れが生まれつき『紫瞳』なら、手放すのも頷ける。まず役に立たない。女児なら更に面倒だ。下手に血筋を増やされでもしたら厄介この上ない。
……が、『同性婚』でそれを制御する手法を聞いた事がある。生理的に理解出来ないが、効果的ではあるだろう。同性では絶対に子供は作れない。貴族が倭人の娘を娶るという違和感も、これなら払拭出来る。
(その娘を、今回の騒動に託けて表に出した……)
子供が一人で魔獣を殺せる訳がない。
誰かの功績を上で潰して、地位と土地を与えた。
――『裏取引』。
軋轢を生みかねない、実直を想像させる領主とは思えないような、迂闊な行動だ。
(今まで日陰に干していた子だ。親心を考えれば、過保護にもなる……か?)
「……トズから追加の情報です。時計屋で聞き出したそうですが、アーリスの成前祝いの時計に掘り込んだ幼名は、『フローゼル』だそうです」
(……確定だな)
いくら手放すとは言え、母情を考えれば男児に与える幼名では無い。
――騎士団の地位。
――今まで手付かずだった土地への邸宅新設。
まだ完成はしていないようだが、その邸宅も周囲に堀を作って、川から水を引き入れるような、大掛かりな構想のものらしい。防犯に当てるマナの量が尋常では無い。
領民からも隠されていた、領主の秘児。負い目でもあるのか、耳に入る情報だけでも相当な熱の入れようだ。
(……やべえな、幾らになる?)
どれだけ吹っかければいいか? と悩むなど久々だ。額を考えれば、過去に類を見ない金額になるだろう。
加えて、交渉の相手はフロードの領主様だ。
……龍脈のマナが手に入る。
「……トズに伝えろ。全力で釣り上げろ、とな」
手下共が会心の笑みを漏らす。
拳と手を打ち合わせて気合を入れる。
「一世一代の大勝負だ。……抜かるなよお前ら!!」




