『センスの無い手紙』
俺が想定する『最悪』の能力。出来れば敵対したくない属性。
――「精神作用だと、『木』か『水』ね」――
ナウゼルグバーグ戦を経験しなければ、俺もここまで本格的に警戒はしなかっただろう。
相手の意識に、強制的に空白を作って行動を阻害するような敵。
アスガンティアには居るし、有るのだ。
――『精神に作用する異能』が。
魅了、暗示、幻覚などの、思考を奪うような能力、またはそれに類する力を有した存在。
強大な魔法も、無二の道具も、特性も、使うのは自身の意思だ。
その意思を操られてしまえば、用を為さなくなる。特性を丸ごと奪われると言っても過言では無いだろう。
普通なら対処のしようがない能力だけど、ナスタが居れば、それが叶う。
ナスタは俺が睡眠ないし、昏睡状態でも平気で活動している。
これは、ナスタは俺と1つの身体で共生していてるというだけで、俺の精神や身体の状態に一切左右されない、完全に別個の存在である事の証左であると言える。
仮に、俺が精神支配のような力の影響下に落ちたとしても、『ナスタには関係ない』。
薬物などで肉体を支配されても、『ナスタには通用しない』。
俺を拘束しても、昏倒させても、何処かに閉じ込めても、『ナスタは自由のままだ』。
――風を操る術を、俺は知らない。
――ナスタを支配する術を、俺は知るつもりがない。
だから、俺をどうこうしても、この『天災』を止める事など出来ない。
「……とゆ〜訳だ。頼むぞ、専属ボディーガード!」
「…………あんたって、本当に…………」
呆然、といった感じで呟くナスタ。
「あ〜、もう! もう!……いいわ。なら、警戒すべきは『木』の方ね」
なんかちょっと葛藤があったらしいが……まあいいや。
「『水』は問題無し?」
「水は医療方面で使われる属性だから、研究も専らそっちに比重が傾くのよ。《昇華》も、本来は患者の欲求を解消する目的のものの筈よ」
毒薬変じて薬となる、何て言葉もあるし、ひっくり返ったら的な意味で油断は出来ないが、木よりは警戒指数低めかな?
(つーか、シャリアに聞いた方が早いな)
今度詳しく教えてもらおう。
「『木』がヤバイ根拠は?」
「罪人から情報を引き出す時に使う、精神に働きかける《審問》って精霊術があるわ。私が知らないだけで、多分他にも色々あると思う」
……あるだろうなぁ。
この手の探求は人間の得意とするところだ。絶対にある。
「……でも、精霊術よ? マナが続く間だけだから、永続した効果は見込めないわよ?」
そこまで警戒する必要あるの? と、呑気にのたまうナスタ。何言ってんですかね、こやつは。
「んなもん、『俺に出させればいいだろ』?」
「――あっ⁉︎」
俺が背負うべきリスク。大きすぎる力の代償。
他の人間であれば一時的な効果で済むそれは、俺に対してだけは永続化する事が可能になるのだ。
その危機感が伝わったのか、「ふふふ……」と笑いながら殺る気を漲らせるナスタ。やだ、怖いんだけど……。
「……良いわ、引き受けてあげる。私に任せなさい! 絶対にあんたのマナを守ってあげるから!」
「マナかよ⁉︎」
〔 俺 < マナ 〕
ナスタの中ではこんな感じらしい。
……流石だ、涙も出ねえ。
「……まあ、いいや。それで頼む」
「ええ! ど〜んと…………あら?」
入り口、玄関の方を見て首を捻るナスタ。
「どうした?」
「シャリア?……じゃないわね。アーリス、来客みたいよ?」
風のエリアセンサーに誰かが引っ掛かったらしい。
「………………子供か?」
《いえ、違うみたい。大人で、多分男の人》
(……警戒しろ)
急いで矢筒と赤石を自室に片付ける。
《……え? 何で?》
(今日ここに来る知り合いに心当たりが無い)
この家の玄関は行き詰まったT字路の、中程に位置する階段を上がった所にある。一階に住人は居ないので、この路地を使用する来訪者は、俺の知人に限定される。
――シャリアなら判別がつく。
――カールネスは明日の予定。
――ランフェスは今朝出立した。
――騎士団の団員は子供だ、ナスタなら直ぐに気付く。
……さて、『誰だ』?
(ナスタ、一人か?)
《……ええ、輪郭から成人の男性までは判るわ》
(装備は? なんか持ってる?)
《……武器の類は携帯してないみたい。でも、懐に何か忍ばせているかも知れないわ》
判別出来るのは風が当たる範囲のみ。衣服の内側はその対象から基本外れる。
(……この間教えた『子供騙し』、いけるよな?)
《あのエグいやつね。出来るわよ》
(エグい言うな。発祥は子供の遊びだぞ?)
《……あんたの世界の教育倫理はどうなってるの?》
すごい言われようである。大人でも見かけたら止めるぞ?
やっても小学校低学年までだろう。高学年になると、その行為の危険性に察しがついて、躊躇うようになる……んじゃないかな?
取り敢えず、私室で長剣を装備。ドアを半開きにして、様子を窺う。
《……階段………………来たわよ、玄関前!》
玄関扉には当然鍵が掛かっている……が、アスガンティアに存在する物理的な鍵は、先端部にちょっと山が付いた『スケルトンキー』とかいう漫画でしか見た事がないようなやつだ。ピッキングは簡単だろう。
『紋章錠』なんてのもあるそうだが、余程の施設じゃないと採用されないらしい。……解錠に毎回金でも掛かるから……かな? 多分。
《……何? しゃがんだわよ?》
(……ピッキング中か?)
人の入らない路地にある2階の扉。他者の視線を気にする必要が無く、ゆっくり作業が出来る場所だ。その手の者から見れば、さぞ魅力的だろう。
(武装も無いなら、物取り確定か?)
入った瞬間を狙うか……いや、ちょっと様子見た方がいいな。
《いいえ、離れていくわ…………帰った?》
(はい⁉︎)
予想外、何しに来たんだ?
《…………本当に帰ったみたい、通りの向こうに行っちゃったわ》
……意味不明。
(ナスタ、風で追跡出来るか?)
《……限界はあるけど、風を強めれば届くと思う》
(『やれ』、行き先が知りたい)
《『了解』》
何も告げずに立ち去った訪問者。
それを追跡する為に、俺の指示に従いナスタが風を繰る。
――次の瞬間、視界にもう一つの世界が重なった。
(おおぉっ⁉︎)
紫の濃淡で全てが構成された別世界。
紫の風が、ここら一帯の景観を浮き彫りにする。
(すっっげえ!! こんなんなるのか!!!)
ナスタが操った風は、壁などの遮蔽も関係なく見る事ができた。
……いや、『見る』というのは少し違うかも知れない。目を閉じても見えるのだから、『透視』の方が適切な表現だろうか?
(ゲームみたいだな、面白……って言ってる場合じゃないか。え〜と……)
目を瞑った方が、壁などの遮蔽が映らず、紫の世界に集中出来る。
――サーモグラフィーに似た紫の濃淡の世界。
――風の波が向かう先。
――紫色のソナーが集中する人物。
――ナスタが追う男。
――その男の行き先を注視する。
《……通りの向こうの路地で止まった……?》
(…………わからんな。あの位置なら風を弱くしても捕捉出来るか?)
《出来るわよ〜、悟られない程度に監視する?》
(する)
《了解〜》
風を強くしすぎると、その男だけじゃなく領民にまで違和感を持たれる。ソナーの使い過ぎには注意せねば。
(……玄関前、すぐに離れた……)
何となく私室から出て、玄関に向かう。
(しゃがんだ……何か仕掛けた?)
或いは目印でも付けられたのだろうか?
「ナスタ、玄関の外に異物みたいなのはあるか?」
「…………無いわ、平気よ」
どれ、と鍵を外して、ドアノブに手を掛けたところで、気付いた。
「……手紙?」
扉の下の隙間に、白い封筒の端がちょこんと見える。
「……何かの連絡かしら?」
「それなら投書箱の方でいいだろ?」
玄関扉に付いてる投書箱をスルーして、その下のドアの隙間に突っ込んでる。不自然すぎ。
「……取り敢えず、読んでみるか」
封も宛名もない封筒。
その中から手紙を出して、カサリと開いた。
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倭人の娘は預かった
返して欲しければ紫石を持って
南の森までアーリス団長1人で来い
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簡素な一文。……ぶっちゃけ、思う。
「……センスねぇな」
「第一声がそれ⁉︎ これ、リリアの事じゃ無いの⁉︎」
十中八九リリアだろう。
……誘拐されたらしい。




