ユーシャ『外部の弓兵』
午前6時に起床したユーシャは、1時間程度の軽い鍛錬を済ませてから朝食を食べ、8時にリリアを迎えに家を出た。
「相変わらずでっけーなぁ……」
西の中央路沿いに、リリアの家はある。
二階建ての商家で、一階は商いを行なっている為、物と人の出入りが激しい。仕事の邪魔になるので、今回のような私的な用事は、裏手に回るのがルールだ。
気持ち背伸びして呼びベルを鳴らす。そのまま暫く待つと、初老の使用人が出てきた。
「おはようございます。リリアは居ますか?」
「おはよう。ユーシャ君だね? もう少し待っていなさい。直ぐにリリアお嬢さまを呼んで来るから」
「はい」
まだ支度に時間が掛かるらしい。ちょっと、この後の予定について考えよう。
(リリアと一緒に、西の十字路でキッセルとワイクの2人と合流。……と、ここまでは良いんだよなぁ)
問題は、今日の狩り場だ。
西の森はナウゼルグバーグが荒らしてしまったので、獲物がいない。行くなら南か北だ。
ただ、北の森は競争率が激しい。というのも、南の森は普段は禁猟区で、入るには『狩猟免許』が必要になるからだ。
(殆どの人が北の森を使うだろうから、南の森の方が良いんだけど、オレの仮免許で入れるかな? ダメだったら面倒だなぁ……)
南から北に移動するのは、正直かったるい。移動だけで午前が半分は潰れてしまう。かといって最初から北の森だと、獲物の取り合いが確定する。今度はノルマが厳しい。
(8……2……2、追加2で14。午前と午後の2回に分けて半日で7人分……ダメだ。北の森じゃ絶対に届かない)
どれだけ腕が良くても、獲物がいなければ収穫出来ない。農作業とは違う。
う〜ん、と悩んでいると、リリアが狩り装備で登場した。
「おっはようユーシャ! 狩り日和だね!」
「おはよう、リリア。今日はノルマが厳しいから、早速行くぞ」
「おっけ〜、それじゃあ、行ってくるね!」
家人に手を振ってトテトテと移動するリリア。いつもの事だけど、無駄に元気だ。機嫌も良さそう? お肉効果かもしれない。
「あと2人居るんだよね? 誰になったの?」
「キッセルとワイクだってさ。午後はシュリとミーナ」
「一日中頑張るのは、ユーシャとあたしだけ?」
「その予定だ。問題は頑張る場所なんだよ……」
『?』を顔に浮かべて首を傾げる。まあ、わかってないだろうなぁ……。
「南の森じゃないの?」
「え⁉︎」
ユーシャが悩んでいた狩り場を、リリアはあっさり断定した。
「何で南なんだ?」
「お父さんが一緒に行く大人の人を手配したって。免許持ってる人だから、南に行きなさい、って言ってたよ?」
「……いつだ、その話?」
「ユーシャが帰った後だよ? 騎士団の子も一緒だから、遠征には参加できないみたいって言ったら、南に入れる手配をする、って!」
リリアの親父さんが既に根回ししてくれていたらしい。
「……そっか、なら南に行くか!」
「うん!」
残りの2人と合流する為に、西の十字路に向かう。
「しっかし、大人と一緒か〜、名前とか聞いてるか?」
知らない人だと、ちょっとやり辛い。
「ソギルさんとノードさんだよ! 今は大人と一緒じゃないと、子供は狩りが出来ないでしょ? 組合の方が忙しいから、門兵はやってないんだって」
「え⁉︎ そうなのか⁉︎」
遠征組にくっ付いて行くつもりだったから、街に近い狩り場の状況は調べていない。大人の同伴が必要なんて初耳だ。
「うん。西の森はナウゼルグバーグが出たから、元に戻るまで暫く狩り禁止だって。だから門を使う人が居ないみたい」
オレの疑問の声を、ちょっとズレた方向に解釈するリリア。
(……黙っとこ)
危ない所だった。今後、直前に狩りの予定を入れる時には気を付けよう。
十字路に到着すると、其処にはキッセルとワイクの他に、ソギルとノードの姿があった。
「おっさんとノードさん、おはよう!」
「誰がおっさんだ!」
「やあ、二人ともおはよう。今日はよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
「おいコラ、タコ助。ちょっとこっちに来い」
やいやいと朝の挨拶を交わし合い、今日の予定について打ち合わせる。
「狩猟組合にリリアの親父さんから連絡があってな。俺たちが派遣された」
「この状況だと、南の森の方が間違いはない。ただ……」
ノードが言葉を切って、ソギルと目配せをした。
「ユーシャとリリアにノードが付いて南の森。キッセルとワイクは俺と北の森だ」
「大人が一緒なら、二手の方が良いだろうけど……北も?」
6人で彷徨くよりは、3:3で別れた方が効率は良い。けど、わざわざ北と南で分ける理由が判らない。
「良い機会だ。ユーシャとリリアは兎も角、こっちの2人はまだまだだからな。……激戦区でみっちり鍛えてやるぞ」
おお、おっさんがやる気だ。キッセルとワイクが、うへぇと言わんばかりの顔をしている。
「……2人ともいい顔だな、行くぞ。ノード、そっちは任せる」
「了解だ。ユーシャ君? 午後で一回区切るらしいけど、合流は必要かい?」
「う〜ん……ノルマが稼げるなら、いらないです。ソギルのおっさん、そっちは任せた!」
「おお、任せろ! 山程獲ってきてやる!!」
キッセル達の背中を押しながら、ソギルは北の森へ向かった。
「……狩猟免許の意味わかってんのかな?」
「生態系を壊す程の狩りはしないよ……多分」
逆の意味で不安だった。
南には禁猟区の森以外に何も無いので、赴く者が少ない。他の地区より真新しく感じる道を3人で歩いていると、正面に見慣れない弓兵の人が見えた。
(……誰だ? 南の地区の人かな)
いつもなら別段気にもしないが、纏う雰囲気が違う。張り詰めたというか、警戒を感じさせる人だ。
「ん?……レドルじゃないか、久しぶりだな。外部は全員倒れたと聞いたが、もう具合は良いのか?」
ノードがその男に話し掛ける。その名前に、ユーシャは聞き覚えがあった。
(たしか……おっさんが言ってた街壁に穴開けさせた人じゃないか?)
一度聞いただけだから確信はないが、なんとなくイメージしていた人物像と合致する。
「……?…………ああ、ノードか。老けたな」
「お前……数年振りの挨拶がそれかよ」
「すまんな。お前が子連れとは、随分と歳をくったと思ってな」
レドルと呼ばれた男が、ユーシャとリリアを検分するように眺める。
――ゾクリ、と背筋が戦慄いた。
「言っとくが、俺の子じゃないぞ?」
「なんだ、違うのか? 似てないとは思ったが……」
「当たり前だ。まったく、相変わらずだな」
朗らかに談笑する2人。その2人とは対照的に、ユーシャとリリアの表情は固い。
(……何だ、この人……『怖い』?)
表現としては、それが最も近い。チラリと横を見れば、リリアも同じように、緊張した面持ちで2人のやり取りを見ていた。
腕に巻かれたフロードの腕章、ギルドに所属する証。
各地で活動する外部登録者。並では務まらない、熟練の戦士の生き方。
その戦士が放つ空気に圧されたのかも知れない、とユーシャは自分の中で折り合いを付けた。
「そんで? おまえさんは子連れで何処に行くんだ?」
「南の森だよ。西が魔獣に荒らされたから、と領主の許可が発令された」
「禁猟区の狩りか……用事が無ければ同行する所だが……」
ノードが呻くようにレドルを諫める。
「駄目に決まっているだろうが! たとえ狩猟免許があっても、組合の許可は必須だ。有事以外で外部登録者に許可は下りないぞ?」
「気にすんなよ」
「気にしろ。 はぁ……そっちの用事が何だかは知らないが、違法な真似はするなよ?」
「おう。じゃあな、おチビ供。怪我すんなよ?」
「……はい」
「……うん」
レドルが北に去っていった。
緊張の空気が切れる。……と同時に、ドッと汗が噴き出て来た。
「ごめん、待たせたね2人とも……どうかしたかい?」
子供2人の様子に気付き問い掛けるノードに、「今の人は?」とユーシャが逆に問い返した。
「レドルといってね、昔の同僚だよ。フロードから出て、各地を回る外部になってしまった奴だ。難しい生き方を選んだと思うが、何とか元気にやっているらしいね」
昔から破天荒で困った奴だった、と懐かしげに語るノードに毒気を抜かれたのか、汗はもう引いていた。
「……リリア? 大丈夫か?」
明かに消沈したリリア。
先導するノードに気付かれないように小声で訊ねる。
「……あの人、『へん』」
「変? 何が?」
「……ちぐはぐ」
「え?」
リリアは時々不明瞭な表現を使う。詳しく聞いてみても、自分でもよくわかっていないらしいので、それを知ってる皆は慣れたように聞き流す事が多い。
今回もそのパターンらしいが、
――「アーリスとは全然違うの」
……やけに耳に残った。




