『紋話』
薄暗い部屋の中。
窓から差し込む太陰の光で覚醒した。
のぼせてぶっ倒れた俺は、どうやら私室まで運ばれたらしい。
多分……というか、ナスタじゃ俺を持ち上げる事など出来ないだろうから、間違いなくシャリアだろう。
どこまでも迷惑かけちゃってるなぁ…………まあいい。……いや、よくは無いんだが、それは置いておいて、そんな事よりも問題は……。
あの状況、土壇場になって、この男ってば……、
――『日和った』のである。
(いやあああぁぁぁ!!!)
「俺の嫁ぞ?」とか、「他の奴に裸は見せぬぞ?」とか幾度となく思っておきながら、いざその時になってみれば、あの有り様である。情けない事この上ない。
穴があったら入りたいが、そんなものは無いので全力でシーツに包まった。
(何ぞあれ⁉︎ 何ぞあれっ⁉︎)
失神と同時に、記憶もすっぽり抜け落ちていればよかったのだが、残念ながらバッチリ覚えていた。
身体は10歳でも、中身は20歳の成人男子が、
8つ下の、
女の子に、
壁ドンされて、
……落とされた。
(ノォぉぉぉ! ヌォぉぉぅ!!)
内心で咽び泣く。
名前が女だからといって、配役まで譲る事はないだろうがよ⁉︎
マジでやり直したい。
なぜ、俺は時間逆行的な特性を要求しなかったのか。
……リトライ案件だろ、これ。
黒歴史3ページ目である。
風の属性で、上手いこと時間跳躍出来ないかな? とか無駄なトライアル&エラーを繰り返していると……、
〈バサァ!〉
包まっていたシーツが、『風』で剥がされた。
……こんな事が出来るのは、一人しかいない。
そう、
俺専属の精神ぶっ壊し屋である。要らないから帰って。
「あら、アーリス姫、もう起きたのね♡」
「やめて!」
早速である。
手加減とか配慮とかをどっかに落っことして、代わりに別の何かを詰め込んだ、妖精のナスタさん。
まさに大魔王の威風……逃げられない!
(――くっ、どうする⁉︎)
[泣き叫ぶ]
[ひれ伏す]
[開き直る]
(碌な選択肢が無ぇ!)
この時点で既に結果が見えたようなものだが、取り敢えず開き直ってみる。
「ふ、ふふふふ……な、何だ、ナスタ! 何かも、文句でもあんのか⁉︎」
動揺しまくっていた。しかも何故か喧嘩腰。
「ううん♡ とっても男らしくて、素敵だったわよ♡」
……駄目だ、勝てそうにねえ。
「シャリアが♡」
「あああぁぁぁ……!!!」
崩れ落ちる。
再起不能、クリティカルだった。
「ああ、目を瞑っても思い出せるわ〜♡」
窓の外の太陰に身体を向け、祈るように両手を握り合わせて、陶酔しながらナスタは語る。
「何を言われようとも己を曲げず、アーリス姫に詰め寄るシャリア王子……素敵だった♡」
「ぐはっ!」
吐血級の追撃。
「……とまあ、冗談はこれぐらいにして、色々と目が覚めた?」
「何がだよ⁉︎」
寧ろ、精神的に致死のダメージを背負った気がするんだが……。
「明日がどうなるか何て、そんなの誰にもわからないのに、『将来』なんて曖昧極まりないもので逃げる様な奴には、いい薬だって言ってんの」
「――――っ」
「……自覚なかった?」
歯噛みする。
実際、そこまで考えていなかった。
「自覚したんだから、次の娘からはもっとちゃんとしなさいよ?……基本的に、異種族の貴族の娘は『肉食』なんだから」
「…………はえ?」
今何か不穏当な単語があったような……。
「……わからない? 異種族が貴族に嫁ぐのは、敷居が高いのよ? いい人が居たら色仕掛けでも何でも使って、速攻で落としに掛かるに決まってるじゃない」
「うぉい⁉︎」
「あの程度で、コロっと頷いてるようじゃ、部屋が幾つあっても足りない……あれ? 別に構わないかしら……」
「いや、構えよ⁉︎」
何考えてんだこの妖精。
「ま、取り敢えず食事になさいな。今シャリアに温め直すように言ったから」
「……そうするか。…………ん?『今言った』?」
まさか、気配を殺して控えていたのか? と、後ろを振り返るが、そんなことはなかった。
「婚約者同士は紋話が無条件で繋がるわ。そこに私が割り込んでる感じ」
「ああ、成る程」
昼にそんな話題があがったな、そういえば。しっかり忘れていた。
副団長候補3人と話していた時のことだ。
今後の連絡の為に、紋話の契約を結ぼうかと思ったら、ランフェスに『にこやか』に止められたのである。
俺としては友人間のつもりだったのだが、軍事組織の情報管理規則に抵触するらしい。
政治に関与の大きい貴族の紋話契約は、平民に比べて厳しい制約が課せられている。
軍事組織に属する者は、開示される情報の深度も関わってくるので、上下間の契約は更に上位の許可が必要になるそうだ。
……領主直下の騎士団の団長の上司。つまり、俺の場合3人と紋話の契約を行うならば、領主の許可がいるのだ。とても面倒くさい。
加えて、情報漏洩を危惧しているのか、人数の制限まであり、直下の階級は3名までとなる。副団長が3人なのは、これが理由だ。因みに横は制限無し。
正式に発足してからの方が手間が掛からない、との事なので、結局ユーシャ達とは繋げていない。
後で婚約するとわかっているから、リリアともまだなのである。
……とまあ、以上のような理由から、結局誰とも契約していなかったので、俺の紋話第一号はシャリアになった。
「……ん? ちょっと待て。俺とシャリアのホットラインに、割り込んでいると申されましたか?」
いい度胸である。
《私とシャリアじゃ繋げる訳がないんだから、それ以外にやりようが無いでしょ?……ね、シャリア?》
《……アーリス様?》
「うわぅっ⁉︎」
いきなり脳内トークにシャリアの声が入ってきた。
(あ〜、もしもし? シャリアさんでしょうか?)
《あの、アーリス様?『さん』は(ああ、ごめん。つい……)》
またやらかしてしまった。
(まあ、本人なのはわかった。でも、紋話って片手を耳に当てて話すものじゃないの?)
婚約者が相手だと左手、それ以外は右手を耳に当てて、『発声』して話す筈だ。念話が出来るなんて、聞いたことがないぞ?
《紋話も、突き詰めればマナの操作だもの。私が仲介すれば楽勝よ。手も当てなくて良いわよ?》
(マジで⁉︎ シャリアも手当ててないの?)
《いえ、左手が熱を持ったので、当てています》
(離してみて)
《……離しました。聞こえますか?》
(聞こえとります。……ナスタ、手を当てずに話せる奴って他にいる?)
《ん〜……、動作と連動してるって常識が蔓延してるから、居ないんじゃない? 流石に断言は出来ないけど》
(シャリアはどう? 聞いたことある?)
《……ありません。私も断言は難しいですが……》
(ほうほう)
……面白いな。やるかどうかはさておき、『フェイク』に使えそう。
(んじゃ次。発声せずに紋話してる奴は?)
《……成る程、そういう事ね。『常識』で持ってる人は居ないわ。断言してあげる》
《――ッ、……はい、断言出来ます。今の私達を見て、『紋話している』と思う者はいないでしょう》
察しがいいな、二人とも。
(繋ぐ時はナスタに頼めばいいのか?)
《ええ、頼まれてあげるわ》
(おーけー。後は……左手だな)
淡く輝く紋章を眺める。これを隠せれば、完璧に周囲を騙せる訳だ。
《あの、よろしければ今度グローブを作りましょうか?》
(お、いいねぇ。頼める?)
《はい! あ、夕食が温まりましたので、こちらにいらして下さい》
(了解)
左手の紋章が消えた。ナスタが紋話を切ったのだろう。
「うっし、飯を食いに行くか!」
「……その前に服を着なさい」
「……ぬぉう⁉︎」
着替えまではやってなかったらしい。当然か。
真っ裸だった。




