ユーシャ『明日の予定』
見張り塔は、およそ5階の高度を誇るフロードで最も高い建造物だ。
一般の家屋とは異なり、全てが石材で建築されていて、いかにも軍事施設といった印象が強い。
その為、子供のオレ達から見ると、随分と物々しいというか、近寄り難い雰囲気のある場所だった。
「やっぱこっからの眺めは最高だな!」
見張り塔の最上階。
夕暮れで赤く染まり始めた展望櫓から、下の方を眺めながらベインが声をあげる。
「僕もこの歳で登れるとは思ってなかったよ」
「それな!」
ニックの発言に、ベインが大仰に賛同する。
近寄り難いというだけで、見張り塔に対する子供達の関心は強い。
5階建という高さは、無条件で興奮せざるを得ないだろう。
見張り塔での研修が終わる度に、展望櫓に集合するのは約束のようなものになっていた。
「ここから獲物を狙える人もいるんだってさ」
「化け物かよ」
「ユーシャなら出来るんじゃないの?」
ここに居る3人は、弓術の達者な部類に入る。
それでも、的が豆粒ほどにしか見えなくて、高所であるが故の風の影響も考えると、自信なんか持てる筈もない。
「……まだ無理だな、練習しないと。風の癖が全然読めないから、線が引けない」
「……練習すればいけるとか思える時点で相当だぞ? 俺は絶対無理だ」
「僕も駄目そうかなぁ、とても届きそうにないよ」
3人で縁石に寄っ掛かって、下を眺めながら話す。
「…………レーゼル、弱くなってた?」
「アーリスだろ、気を付けろ」
「……今はいいでしょ?」
「階級と一緒だ、お前が言ったんだぞ? いざという時にボロが出る」
「……そうだね、ゴメン」
「…………ま、わかるけどな〜、隙だらけだった。……なぁ、ユーシャ、隣に居た長耳族の女の人って誰だ?」
「ソシエって名前の、アーリスの専任侍従」
こういう時は本来なら成名を教えるのだが、シャリアの名は使えないらしいから、幼名の方を答えた。
「あの人がアーリスの護衛なのか、……なら安心だな」
「何で?」
「多分すげえ強いぞ、あの人」
「……体捌きがレイジェルに似てるんだよな〜」
レイジェルの動きを更に錬磨したような印象だ。
「あ! わかるわ、それ」
「じゃあ、得手は短剣?」
「多分そうだろ? 執事や侍女は懐に隠せる物じゃないと駄目らしいし……」
護衛職の基本だと聞いたことがある。ソギルのおっさん経由だっただろうか?
「うお〜〜ッ! 一回手合わせしてみてえ!」
「ま〜た始まったよ」
ベインの悪い癖だ。強そうな人を見ると、直ぐこんな感じになる。
「相当忙しいみたいだから、多分無理だろ」
「狩りにも行けないみたいだからな〜……。ユーシャ、明日の朝か?」
ベインに予定を聞かれる。
「ん〜、……かな? そっちに同行者居る?」
騎士団所属の何人かは、既に親元を離れて仮の兵舎で、一時的な集団生活を開始している。
現在の住人は8名だった筈だ。ランフェスから当面の生活費は支給されているらしいが、肉の確保は死活問題だろう。
「ニック、どうだ?」
「…………欲しいね。2人同行させるよ。時間はどれくらい?」
「オレ、明日はフリーなんだ。一日中でもいけるぞ」
「なら、午前と午後で分けられる?……備蓄庫が底を尽きそうなんだ」
「ヤバイじゃん⁉︎」
幾ら何でも消費が激しい。親の目が届かない所為で、歯止めが効かないのかも知れない。
「ベインが食べ過ぎるんだよ……」
「俺だけじゃないだろ⁉︎」
「全く……少しは我慢しろよ? 春先で狩り尽くす訳にはいかないんだからな!」
今は4月の終わり。繁殖期が始まったばかりの動物も多い。無秩序に狩猟すれば、来年に姿を見せない動物も出てくるだろう。
「狩場は何処なの?」
「遠征組に着いて行こうかと思ってたけど……午前と午後に分けるなら、そうも言ってられないな」
「……ゴメン、1日空いてる子は居ないや」
「いいさ、近場で獲ってくるよ」
「ユーシャが居ると居ないとじゃ、効率が段違いだからな、すまん」
「いいって!」
やたらと恐縮する2人。食べ過ぎた負い目があるのかも知れない。
「…………こっからでもバドムは見えないね」
唐突に、ニックが北の方角を見ながら呟いた。
「当たり前だろ、馬車で何日もかかるんだぞ?」
フロードに限らず、領の東西南北の四方には副領の街がある。
北がバドムで、南がラズダ。
西がギベルで、東がレブズだ。
フロードに道の続いた副領は、バドムしかない。そして、そのフロード・バドムは、ランフェスが治めている街だそうだ。
「ランフェス様が、もうバドムに帰るらしいから、どうなるかなぁ……って」
今回は多く接する機会があって、色々な話が聞けた。もともと内政に関心の強かったニックは、考え方や手法に、相当感動したらしい。
「……ちょっと帰るってだけで、またこっちに戻って来るって話だったぞ?」
「そうなの?」
「ああ、なんかランフェス様じゃなきゃダメな用事がバドムにあって、それを済ませたらまた戻ってくるって言ってた」
「そうなんだ! まだ色々聞きたい事があるから、話せる時間があるといいんだけど……」
領主代行と話せる機会なんか、本当ならまず無い。今回はたまたまだ。
気安く時間がもらえるとは思えないけど、目を輝かせて語るニックを見ると、なんとも否定しづらい。
ベインと目を合わせて、お互いに肩を竦ませた。
「ま、あんま期待すんなよ? ランフェス様もそうだけど、俺たちもやる事が山程あるんだからな」
「わかってるよ……あっ! 商隊来たみたい!」
並んで同じところに目をやると、確かに商隊の馬車の一団が見えた。
直ぐさまベインが伝声管に報告する。
「展望櫓のベインです。北方街道から商隊が来ました」
「――連絡室のホーセルだ。予定通りだな、了解した。……そろそろ刻限だ。お前らも降りてこい――」
「了解です。交代の人が来たら、そっちに戻ります」
伝声管から離れると、ベインは「そろそろ戻れってさ」と残念そうにぼやいた。
「聞こえてたよ、交代が来たら帰ろうか?」
「そうだね……それじゃあ、ユーシャ。明日はお肉よろしく」
「おう!……って、今度は食いすぎるなよ?」
気まずそうに視線を逸らす2人を、ジト目で睨みながら釘を刺す。
(……リリアも誘ってみるか。時間があればいいけど)
領主館に1人残されたことに、膨れっ面でぶーぶーと不満気に怒っていた。
肉でも振舞って機嫌をとっておこう。
【人間は足元の石1つでその進路を変える。】
【――布石。】
【1つでも違えれば、最悪この世界は終わる。】
【リリアの存在は必須。】
【ユーシャは正路に入った。】
【ここで躓くようであれば、6人目は容認し難い。】
【想定の流れを辿るか。】
【或いは、】
【予想を越えるか。】




