『1人目の婚約者』
石を増熱に移してから程なく、
「……もういいかな」
一度冷めてしまったものを温めなおすだけなので、さほど時間もかからず温かくなった。
(浄化に移すのが勿体ない、と思うのは貧乏性かねぇ……)
窪みにマナ石を置けば紋章陣が起動する。微量とはいえ、問答無用でマナを消費してしまうのだ。どこかに仮置きする場所があってもいいような気がした。
「アーリス〜、生きてる〜?」
温めなおしたお風呂の中。
浴槽の縁に後ろ向きに両肘をのせて、「あ〜」とか意味のない呻き声を上げつつ入浴タイムを堪能していると、ナスタが帰ってきた。
「極楽だ。シャリアは?」
ナスタがふよふよ移動してきて、俺の肩に乗っかった。
「丁度、夕飯の支度が終わったところだったみたい。今こっちに来るって」
「さようか」
俺が石を持ってくるのを忘れたばっかりに、シャリアにいらん手間を増やしてしまったな。猛省。
「次は石の認証か……どうやんの?」
「手順としては、さっきの紋章陣に空の石を当てて、紋章を石に複写すればOKよ」
「注意点は?」
さっきやらかして酷い目にあったから、先に聞いておこう。
「……特に無いわね。あんたがマナを操作しなければ」
「ほむ、ならば良し」
マナ操作の練習は既に予定されている。それまではナスタに任せよう。
「……お待たせ致しました」
入り口に背を向けているので見えないが、ナスタと打ち合わせしている間にシャリアが来たらしい。後ろで戸の開く音と声がした。
「いや〜ごめん、持ってくんの忘れてて……」
「いえ……2つあればいいと伺ったので、お持ちしました」
「あ、うん。ありが……」
受け取る為にくるりと振り向くと、
「とうぃええぇぇ⁉︎」
――何もつけていない素っ裸のシャリアが居た。
「んな⁉︎ ぬえ⁉︎ にょわ⁉︎」
「ちょっと! 耳元で変な奇声上げないでよ!」
「だっだだだって⁉︎」
素っ裸の超かわいい美少女がいる。綺麗で、別嬪で、フルオープンだ。ピンク色で顔が真っ赤で胸がぷるぷるしてる。
「何で⁉︎ はだっ、はっ、はだっか⁉︎」
「落ち着けってば! 目を瞑って〜」
「はい!」
ぎゅ〜っと目を瞑った。
「そのまま深呼吸〜」
す〜っ……プハ〜ッ。
「……どう? 落ち着いた?」
「……無理」
まだ心臓がバクバクしてる。
「あの、アーリス様?」
(ちょっ、声が良すぎる!)
風呂場特有の反響で、シャリアの声が蠱惑的に響いた。
(すげえ艶っぽく聴こえる。ぶっちゃけエロい)
目が開けられません。
……しかし、何ということでしょう。私ってば無意識に脳裏焼付したらしく、目を閉じていても鮮明に思い出せてしまいます。
《……アーリス? 頭に中にシャリアが居るんだけど……》
(すまん、許せ。無意識のうちに撮ったらしい。……しかし、まあ、なんだ……異種族って本当に発育が良……ん? あれ?)
シャリアの艶姿を脳裏で反芻していると、1箇所妙なところがあった。
(……え?……えっ⁉︎)
そろ〜っと目を開けて確認してみると、シャリアのお腹に赤い模様が浮かんでいた。見間違いでは無かったらしい。
痣や傷とは明らかに違う。何らかの意図をもって描いたものに見えた。
「シャリア?……そのお腹の何?」
シャリアが両手で、その模様を隠しながら恥ずかしそうに呟く。
「……その、私の深紋です……」
「………………」
――『深紋』。
不意の深淫を防ぐ為に、女児の腹部に付与される紋章の事。
……だと、思っていたのだが、
(そうか、あれが深紋なのか……超エロい。何考えてんのリンリャス。これ絶対私情入ってるでしょ)
と、疑わずにはいられないほど、ビジュアル的にアウトだった。
(……というか、何で消えてないの?)
身体の紋章は使用時に淡く輝くものだ。使っていない時に浮き上がるようなのは、見た記憶が無い。
《深紋は常時発動しているから、解除するまでずっとこのままよ?》
……マジかよ。何その狙い澄ましたかのような仕様。
「……それ、女の子は全員義務だって聞いたけど、本当?」
「はい。領に属する娘であれば、例外は無いと思います」
アスガンティアでは合法らしい。当時の王族やらがGOサイン出した理由がわかった。
(……俺、リンリャス信仰するわ)
《いきなり何なの?》
(マジでエロい。これを法律で通したとか偉業だろ)
感動に打ち震える。
……ひょっとしたら畏怖かも知れない。アスガンティア、恐るべし。
「はぁ……シャリア? これはほっといていいから、早く入んなさい。冷えちゃうわよ」
ナスタが俺を放置して、手招きでシャリアを湯船に誘った。
「……はい、失礼します///」
真っ赤になりながらも、しずしずとシャリアがお風呂に入って来る。タオルも何もつけていないので、色々と丸見えだ。
(……ヤバ、鼻血出そう)
《しょーも無いわね、あんた》
流石にこれ以上はマズイ。風呂場での流血は命に関わる。
「……んで? なんでいきなり混浴?」
気持ち上を向く感じでシャリアから視線を逸らし、ナスタにこの状況について問いただす。どうせ発起人はコイツだろうし。
「認証石試すからに決まってるでしょ?」
「……俺だけじゃダメなのか?」
「一緒の方が早いじゃない。あんたら将来くっつくんだし、別に構わないでしょ?」
結果が決まっているからといって、横暴にすぎる気がしますが。
「あの、アーリス様?」
「あう……はい、ごめんなさい」
ちょっと暴走した自覚はあるので、先に謝っておく。
「いえ、違います。……その……ちょっと遠いです」
「……はい?」
何が?
「……に、認証石…………です」
シャリアが両手に持った屑石を掲げて見せた。その動きに連動して、腕の間にある膨らみが揺れる。いかんでしょ。
「…………受け取れと?」
言ってから、自分で持って来させておいて何を? とか思ったが、
「…………///」
「…………」
あの妙に艶かしいシャリアに裸で近づく?
(高すぎるよハードル!!)
だが、受け取らない訳にはいかないだろう。そこから放り投げろとも言えんし。
「……はよ行け」
ナスタが俺から離れて、つっけんどんに言い放つ。
「お、おう」
お風呂で血行が良くなったのか、シャリアの肌に赤みが差していた。
――ちょっと上気した頰。
――濡れた肌。
――潤んだ瞳。
……あかん。
《……何してんの? 早くしなさいよ》
(いや、待って⁉︎ やっぱこれまずくない⁉︎)
《どやかましい! 男の子でしょ!》
(男だからヤバイんだよ!)
「ちょ、ちょっと待ってね? シャリア。今心の準備を……」
遠巻きから眺めるのと、近くで見るのはまるで別物だ。近づくだけなのに、無茶苦茶緊張する。
(とゆーか、何でシャリアは平気なんだ?)
普通、男と入浴なんてもっと躊躇いがあるだろうに……。
(…………おかしいよな、流石に)
今まで他の事に頭が一杯で考えが及ばなかったが、この状況はなんか変だ。
シャリアの献身を疑うつもりはないが、幾ら何でも度が過ぎている。
……そもそもシャリアが俺に忠義を示す理由がわからない。どちらかと言えば、厄介ごとしか押し付けていないだろう。
初っ端の昇華に、支流の橋。ナウゼルグバーグ戦での耳栓に、さっきの買い物。そして、今。
(…………でも、好意は感じるんだよなぁ……)
そう、こんな何も出来ない、しょうもない主人なのに、シャリアからは親愛のようなものを感じるのだ。何故?
(……最初の遣り取りか?)
『シャリアが自分の意志で望み、あんたが尊重すると了承した』
(あれだけで?)
双方の勘違い、とまでは言わないが、今の俺とシャリアの関係は状況に流されて出来上がったものだ。この先、どうとでも変化し得る。ナスタは「自分の意志で」と言うが、シャリアはまだ未成年だ。この先で新しく何かや、誰かを見出す事もあるだろう。
(…………出させた方がいいな)
今更かも知れないが、シャリアの将来を考えれば、この状況はよろしくない。
この先も俺に仕えて、嫁になってくれる可能性もあるだろうが、あくまでも『可能性』だ。最終的に決めるのは成人してから……もっと精神や経験が成熟してからでも、遅くは無いだろう。
「……シャリア? あのさ「シャリアの相手はあんた以外にいないわ」」
「はえ?」
いきなり何を?
「異種族に理解のある異性で、主人で、伴侶。マナも豊富で、子も望める相手。5歳と離れておらず、10代の内に巡り会えた」
「…………」
「シャリアに限った話じゃない、リリアもそうよ。自覚なさい? あんたは同世代の異種族の娘から見たら、信じられないほど恵まれた相手なの」
「いや、でもさ「シャリア、今婚約しちゃわない?」」
「はい⁉︎」「…………」
またナスタがなんか暴走し始めた。
「いい機会だわ。あんたらここで婚約しちゃいなさい」
「いやいやいや、唐突にも程が「わかりました」」
「うぇ⁉︎ ちょ、シャリア⁉︎」
なんでわかっちゃうんだよ! と振り返ると、
「…………え?」
シャリアが視線の鋭くして俺を睨みつけていた。
「――ッ」
思わず息をのむ。
……見た事が無かったからだ。
はにかんだり、照れ笑いだったり、会ってまだ短い期間の中で様々な表情を見たが、こんなふうに鋭く見据えられた事は一度も無い。
『綺麗だ』と思うのは場違いだろうが、最初に浮かんだ感想はそれだ。
(……覚悟?)
あるいは意志か、それとも決意か。その吸い込まれそうなほどに透き通る水色の瞳からは、不退転に挑む戦士のような強さを感じた。
「アーリス様?」
浴槽の中を、俺に向かって淀みなく、真っ直ぐに歩を進めるシャリア。
「お疑いなのですね?」
「い、いや〜」
情けない事に、迫力に圧されて後ずさる俺。あっという間に浴槽の端に追い込まれた。
「お疑い何ですか⁉︎」
「いや⁉︎ 疑うとかじゃなくて」
「では何故⁉︎」
詰め寄られる。壁に押し付けられて、退路を断たれた。
「私は!「シャリアはまだ若いだろ?」」
「……え?」
諭す。
外見はともかく、中身は俺の方が年上だ。「リリアもシャリアも可愛い! ラッキ〜」なんて軽々しく決めていいとは思えないし、思わない。
俺の今の立ち位置はかなり不安定で、将来の展望はそこそこに明るいと予想出来るが、確定では無いのだ。
……最悪もあり得る。巻き込んでいいとは思えない。
「この先、幾らでも出会いなんかあるだろうし、今決める必要はないだろ? もっと後でもいいじゃん」
「…………アーリス様は、私を手放しても良いとお考えなのでしょうか?」
「いや⁉︎ そんな事はないよ⁉︎ シャリア可愛いし、優秀だし、嫁に来てくれれば勝ち組確定だし……」
「…………」
「でも、それは俺の一方的な願望で、シャリアの意志が本当に反映されているとは思えない」
「……え?」
不意を突かれたかのようにキョトンとするシャリア。
「もっと成長して、色々経験して、成人してから決めた方がいいと思う。一生の事だし」
「…………」
「その……将来? 俺でもいいとか思ってくれるんなら万歳だけど、今の状況はちょっと違うだろう? お互いに流された感じが「ナスタ?」」
埒が明かないと言わんばかりに、シャリアが頭を振ってナスタに視線を移す。
「いいわよ、やっちゃえ。というか、その誑しに遠慮なんかいらないわ……『やれ』」
不穏な物言いでナスタがGOサインを出した。
何を? と思う間に、屑石を手放したシャリアが強引に俺の両手を掴んで捉える。
五指を交互に絡めた手の繋ぎ方。俗に言う『恋人繋ぎ』とか言うやつだ。
「はえ? シャリあぁぁぁ⁉︎」
半呼吸で密着してきた。
むにゅっとシャリアの双房が胸に押し当てられてられる。
(ぬおぉぉ⁉︎)
後ろは壁。両手も捕られているので逃げる場所など無く、密着感が半端じゃない。
やわらかい感触が身体に伝わり、一気にゲージが増加した。
「ちょっ、待っ……んん⁉︎」
――接吻。
感触を味わう余裕なんか無い。状況の推移についていけず、一気にパニックだ。
「ん……んんっ……ぷは! シャリア⁉︎ ん〜〜っ⁉︎」
息継ぎの間も逃さず追撃される。2つ歳上の異種族で、武勇にも優れたシャリアを振り解ける筈も無い。
強く拒絶する事も出来ず、どうすればいいんだと思案していると、両手と額が熱くなった。
その熱を俺が自覚したのと同時に、ナスタが「もういいわよ」と告げ、シャリアが離れる。
「…………説明プリーズ」
耳も手も額も超熱い。何が起こったのかさっぱりだ。
「あんたとシャリアの婚約が、たった今成立したわ」
「………………はい?」
「あんたが悪い」
「なにゆえに⁉︎」
理不尽!
「アーリス様……」
「ちょ、待って、シャリア⁉︎」
シャリアが手を掴んだまま顔を寄せて、俺の肩に顎を載せた。
(シャリアの身体熱い! 待って⁉︎ やばいって!!)
12歳の女の子にいいように翻弄される俺。頭に血が登り、思考力がガンガン削られていく。
「主人も、番いも、アーリス様以外に考えていません。この先……私がこんなにも望む相手は、他に現れないでしょう」
俺を魅了するかのように、シャリアが耳元で囁く。
「……な、んで?」
「最初に『私』を認めた方だからです」
「そんなの……」
大したことじゃないと続けたかったが、踏み止まった。
(本当にそうか?)
何を大事に思うかなど、人によって変わる。軽々に否定して良いものでは無い。
「……お願いします。側に置いてください」
「うぁ……う……」
脳髄を焼かれるとは、こういう状況を指すのだろう。心臓がばくばくで、頭が火照って何も考えられない。
念頭にあったものが、シャリアの将来を案じてから、俺がシャリアを欲しているか否かに変化したのを自覚した。
「……はい」
迷う余地もない程容易な問題。本当にそれでいいのか? という懸念は拭えないが、他の回答が俺の中に無かった。
「う……よろしくお願いします……」
気の利いた台詞の1つも思い浮かばず、結局色気もへったくれもない返事になってしまった。
「はい♡」
そんな返答を、本当に嬉しそうに喜ぶシャリア。身体を摺り寄せるようにぐぐっと抱き締められる。
(あかん、死ぬ……)
この状況、2人とも『裸』である。本気でマズイ。
「――ッ⁉︎ シャリア! 離れて昇華して!」
慌てて離れるシャリアの裸身を直視してしまい、それがとどめになった。
(おうふ……)
「アーリス様!」
シャリアの額に、新たな水色の紋章が浮かんでいるのを見ながら、俺はのぼせてぶっ倒れた。




