『ジャグジー試作』
「ん〜〜帰ってきた!」
大きく伸びをしながら、殺風景な部屋に入る。
「お疲れ様でした。お風呂に入りますか?」
シャリアが荷物を置いた後、俺の上着をそそくさと脱がしながら、尋ねてきた。
「そうだなぁ、先に入るか」
起き抜けはナスタにいきなり仕事を強制されたので、間取りを見る暇は無かったが、仮宿とは言え十分な広さがあるようだ。
俺の寝室、シャリアの寝室、空室1つ。共通広間に台所、後は浴室。3LDKと言ったところか。
「わかりました。その間に夕食の準備を致します」
「うん、よろしく」
購入してきた紋章板とマナ石を持って、浴室に向かった。
アスガンティアの浴槽は、床に埋め込まれている。前の世界で言う『プール』と同じ感じだ。全てのお湯が浴槽に戻るような造りになっている。
浄化で洗浄されるので、洗い場を分けるが必要無いのだ。お湯に浸かれば綺麗になれる。
……と言っても、全てを浄化に任せる訳ではない。
汚れが酷いと、綺麗になるまで時間が掛かって上気せてしまうので、そんな時は湯船の中で擦って落とす事になる。洗体の概念が無いわけではない。
脱衣所で服を脱ぎ、浴槽のある部屋に入って、
「……さて、ナスタ先生。説明よろしく」
木造の浴槽の縁、『増熱』の窪みにマナ石を置いて、仄かに赤く灯る紋章陣を見ながら、ナスタに指導を願う。
「今あんたが石を置いた場所が、浴槽の底にある『増熱』の紋章陣の起点。陣から線が繋がってるでしょ? 線が長くなる程、起動までに必要とするマナが増えるから、長距離の起点設置は現実的じゃないわ」
「こっちが『浄化』で、こっちが『鎮熱』だろ?……平民の浴槽も、貴族のと変わらんな」
浴槽に近い位置の3つの窪み。浴室であろうと浴場であろうと、大きさも身分差も関係なく基本的な造りは同じらしい。
増熱でお湯を作り、浄化に石を移して入浴。上がる時に鎮熱で水に戻す。
ほっとけば勝手に冷めるのだから、鎮熱はマナの無駄な気がするが、そういう文化のようだ。
「お、温まったかな?」
湯気が出てきた。手を入れて温度を試してみる。
「……おーけーやな。入るで〜」
「……何その言葉使い?」
「気にすな」
お湯に入って、浴槽の中から手を伸ばしてマナ石を増熱から浄化の窪みに移す。程なくして浴槽の側面の紋章陣が青に灯った。
「ん〜〜、生き返る〜」
「……もういい? 実際に紋章陣を刻んでみましょう。紋章板をそこに置いて、手を広げて当てて」
「こうか?」
言われた通りに板を置いて、その上から五指を開いた右手をペタッと当てる。
「……陣の中央から……垂直に……量……速度…………」
俺の肩の上で、ナスタがぶつぶつと呟く。内容から察するに、紋章陣に付与する機能だろう。
「……お、光った」
右手が熱を帯びたと思ったら、紋章板と手の間で、光の残滓が漏れているのが見えた。
「……いいわよ」
「へ? もういいの?」
手を退けると、板に紋章陣が付いていた。子供の手に隠れるくらいなので、想像よりかなり小ちゃいが、テストだからこんなものなんだろう。
「……って、随分とあっさり出来たな?」
「あんたがおかしいのよ……本当なら相当疲れるらしいわよ、これ」
「何故に伝聞?」
口にしてから「しまった!」と思うが、もう遅い。
「……やった事ないから……」
……当然だ。俺が初めての主人で、他に風属性の契約者が居ないのだ。経験があろう筈もない。
「……あの、ナスタ?」
「んっふっふっふ〜♡」
「……あれ?」
慰めようかと思えば、上機嫌である。ほわい?
「風呂に入れて! 早速試すわよ、早く!!」
「はい⁉︎」
「は〜や〜く〜!!」
「はい!」
紋章板を引っ掴んで、ざぶんっとお風呂に入れる。
「今回はテストだから、紋章陣の何処でもいいわ。中央以外に手を当てて。マナを送り込めば、風が噴き出る筈よ!」
ランフェスに聞いた陣発動ってやつだろう。とりあえず、如何程まで届くのか確認したいので、測りやすい様に浴槽の端までじゃぶじゃぶと移動する。
「……何してんの?」
「移動。端から何処まで届くか見たい」
「マナの供給量で幾らでも変わるわよ、そんなの……」
「いーから、いーから」
そんなこんなしてる間に浴槽の端っこに到着。紋章板を裏にして、お腹に構えて、陣の端に手を当てた。
「……いくぞ!」
「え⁉︎ ちょっ駄目!!!」
……ナスタの制止は間に合わなかった。
マナの扱いをまるで知らない俺だが、なんとなくは判る。ナスタが俺の中で幾度と動かしていたもの。それをちょっと押すような感じで、紋章陣に送り込んだ。
……そう、ほんのちょっとを意識して送り込んだのだが、そのちょっとでジャグジーが空気砲と化した。
〈ボンッ!〉
「ぐえっ!」
浴槽のお湯を搔き飛ばす威力の風圧。全部ではないが、かなりの量のお湯が中空に舞い上がった。
そして、手に持っていた木板が、反動で俺のお腹にめり込む。浴槽の端で壁を背にしていなければ、吹き飛んでいたかも知れない。
「何してんのこの馬鹿!!」
叱責ごもっともだが、そんな場合ではない。
「逃げるぞ!」
「あほーーっ!」
浴槽に『お湯が戻ってくる』。
部屋は密閉だ。吹き飛んだお湯は、全て掘り下げられた浴槽に津波の如く返ってくるだろう。浴槽の中に居ると呑まれる。
「ひぃぃぃぃ!」
決死。
ギリセーフで岸に辿り着き、よじ登って頭を伏せた。
〈ザッバァァン!!〉
脚が流されそうになりつつも、なんとかセーフ。
振り返って様子を見ると、お湯が浴槽で2度3度と往復し、未だに暴れまくっていた。
「……助かった?」
「浴室で死にそうになるなんて……不名誉すぎるわ」
「すまん、まさかあんなに威力があるとは……」
「あんたがマナを送り過ぎたの! 私がやればあんな威力にならないのに!!」
「そーいうのは先に言えよ……」
「言う前に発動したんでしょうが!」
「まあ、なんだ……落ち着け」
「キィーーーーッ!」
時々ナスタは癇癪るなぁ……ゆとりが無い。もっと気楽に生きるべきだろ。
「……だいぶ収まったか?」
「……みたいね。また試すわよ。今度は手を置くだけだから、いいわね⁉︎」
「りょーかいだ、万事任せろ」
「こいつ……っ!」
とゆー訳でリトライ。先程と同じように構えて、今度はナスタがマナを操作する。
「おお〜〜、いい感じだな」
板の紋章陣から空気が噴出していた。見た目は完璧にジャグジーだ。
「……こんなのでいいの? 言うほどの物には見えないのだけど……」
(……十分とんでもないんだけどな、これ)
管も何も付いていないただの板。その中央から空気が延々と噴き出ていた。
……アスガンティアでは創れる。
マナという質量の無いもので、火や、水や、空気を。紋章陣さえあれば、誰でも創造出来る。
物理と科学、合理によって構成された前の世界の基準でみれば、これは『魔法』と称するに値する現象だ。
『MP』=マジックポイント
ゲームでよく見る表現だ。
魔力だったり精神力だったりと、作品によって示すものが変わるが、用途は総じて非科学的な力の源とされる事が多い。
『MPを6消費して、火の魔法を使う』。
前の世界で、この表現の意味するところがわからない奴は、多分いないだろう。
……そして、原理を説明できる奴もいない。
MPとは架空の呼称であって、実在するものではないからだ。
魔力? どこにあんのそれ?
精神力? どうやって使うのそれ?
所在が不明で、運用の術も明確では無いもの。
……なのに、何故か許容されてしまった概念。
(初出はどこなのかね〜、やっぱあれか?)
ナンバリングが10を越える、某有名タイトルのRPG。
遊戯の1つにすぎなかったそれが、世界中の人間の思想に根付いた。とんでもない話である。
(……待て)
《名は、力を持ちます。大多数に対し、共通の認識を与える名称を持った事象は、実在の条件を満たすのです》
(……これ、結構ヤバくない?)
何がどうヤバいのか自分でも整理出来ないが、嫌な感じがした。
(なんだ? すっげぇモヤモヤすんだけど……)
「アーリス?」
「んにょわ⁉︎」
結構深く考え込んでいたらしい。突然のナスタの声に無茶苦茶驚いた。
「はいはい、「んにょわ⁉︎」はいいから。……随分と悩んでたけど、風力足りない? もっと強くする?」
「……いや、これで身体をほぐすのが目的だから、こんなもんでいいよ。刺激が足りない人は強くすればいいし」
「そう? なら次は認証ね。……アーリス、石は?」
「――あっ!」
忘れてきた。広間に置きっぱなしだ。
「しょうがないわね〜、どうする? 上気せる前に中断するか、それともこのまま続行するか」
風呂場に来てからそこそこ経つが、ゆっくり浸かっていた時間は少ない。
「……まだ平気そうだ。続行しちゃおう」
「それじゃあ、シャリアに頼んで持ってきて貰うわ」
ぴゅ〜っと、ナスタが俺の肩から飛び立って、浴室から出て行った。
「……屑石が来るまでのんびりしますか」
と、思ったがお湯が冷めてる。マナ石を増熱にずらして置こう。




