『売買』
統合浴場について一通り話し終えた頃に、丁度仮宿の前に到着した。
降りたのは俺とシャリアだけで、ランフェスはそのまま別の場所に向かうらしい……相変わらず忙しいお方。
大変だなぁ……と仮宿の前で見送っていると、
「では、私は夕食の買い出しに行って参ります。よろしいでしょうか?」
シャリアが買い出しを申し出てきた。
「買いたい物があるから一緒に行くよ」
「……お申し付けくだされば、わたしが「いいからいいから」」
困惑するシャリアの背中を押して、北の商店街の方に向かう。
(久し振りの外だし、なんか見て回りたいんだよね〜)
異世界の街である。レーゼルの記憶にはあるが、それでも自分で見て回りたくなるのが人情というものであろう。
《……会計はシャリアに任せなさいよ?》
(おっけー)
俺が寝ている間に、かなりの予算をシャリアに渡してあるらしい。
(シャリアの面目もあるだろうし、大人しくしときます)
《……そう思うなら、同行しなければいいのに》
(今度からは、ちゃんと全部任せるよ)
実際、主人同伴の買い出しとか、シャリアからしたらやり辛いかも知れないが、ちょっと懸念がある。
ナスタやランフェスが言ったように、シャリアの外見は確かに珍しい部類に入る。妙な視線に晒されていないか心配なのだ。
(……割とよくある話だし、俺の知らない所で……とか、許容出来ないし)
確認の意味を込めて、ちょっと様子を見ておきたい。
「ソシエちゃん、ご主人様起きたみたいだなぁ! 良かったじゃねぇか」
「あら、ソシエさん。この間はどうもありがとう」
「お〜、ソシエの嬢ちゃん。いい野菜が今入った所だ、寄って見ていきなよ!」
……超人気者だった。
(考えてみれば、フロードで異種族差別が表在化した事件って記憶に無いな……)
差別蔑視の懸念は俺の杞憂に過ぎなかったらしい。
「後ほどお伺いします……アーリス様? ご購入を予定されている物は、一体何なのでしょうか? 嵩張るようでしたら、そちらを先にした方が良いかと思いますが……」
シャリアが俺の目当てが何なのか尋ねてきた。
「俺が欲しいのは、『紋章板』と『屑石』。ジャグジーを1回作ってみたいから」
紋章板は紋章陣を試作するのに適した大きさとされる、1辺30cmくらいの四角い木の板だそうだ。購入層は精霊と契約出来る者……貴族に限られるが、物が単純なだけに普通の木材屋でも扱っている、とランフェスが言っていた。
そして屑石は、マナ石のより小さい物だ。マナの貯蔵量が少なく、黄〜緑までしか入らないやつで、主な用途は調度品や街灯など、簡易な道具の動力源。乾電池のようなものだと思えば間違いないだろう。
「紋章板と屑石ですね。でしたら、あちらに店舗があります」
シャリアの案内のもと、目的地への移動を開始した。
石畳で舗装された道を程なく歩いて、思う。
(見る所無えなぁ……)
異世界シティーの観光を堪能したかったが、前の世界の建造物とさほど違いが無く、二階建ての制限がある為、見上げるような大きさで驚くような事もない。
壁に彫刻の施された家もあるが、龍脈塔には劣る。
俺が最初にいた領主館の印象が強すぎる所為で、建造物にはいまいち目新しさが無く、関心が湧かない。
建物より領民を眺めている方がずっと楽しかったりする。……のだが、
(通行人をあんまりジロジロ見るわけにもいかんよなぁ)
……と、思いながらも我慢出来ず、盗み見るようにチラチラと観賞する俺。
アスガンティアの服装は洋服から和服、民族衣装っぽいのもあって、バラエティー豊かで見応えがある。
一体どんな文化を辿って来たんだか。
(お、獣人のおっさんだ……あっちはエルフか)
人種も選り取りだ。うむ、異世界っぽい。
「……あの、アーリス様?」
「うぃえ⁉︎ はい!」
「あちらの方に何か?」
視線を合わせないように小声で聞いてくるシャリア。なんか勘違いさせたようだ。
「違う違う! フロードは本当に異種族が多いなぁと思っただけだよ」
「……そうですか。何かありましたら、お申し付けくださいませ」
「大丈夫、ごめん警戒させた?」
「? 周囲の警戒でしたら、常にしていますけど?」
「………………」
そういやこの娘『護衛』も兼任出来るんだっけ。
(まだ12歳なんだから、もうちょっと肩の力抜かせてあげたいけど……野暮だよなぁ)
やはり買い物同行は失敗だったかも知れない。次からは自重しよう。
そう思う間に、程なくしてシャリアが立ち止まった。
「アーリス様、着きました。こちらの店舗で紋章板の購入が叶うかと思われます」
見ると、木造の建物の入り口に、『ネウデー木材店』と看板を掲げた店があった。
「よし、入ろうか」
「はい」
シャリアが先導する。キィ……と蝶番の音と共に、ドアが開いた。
中に入って一番最初に感じたのは、濃密な木の匂いだ。思わず、「おお!」とか声を上げてしまう。
「いらっしゃい……どうした? 妙な声あげて?」
「いや、凄くいい匂いだったんで……」
「ははは! そりゃどうも、うちは北東地区に自前の植林場持ってるからな。資材倉庫に行かず、一部は直でこっちに引っ張ってこれる。香りも鮮度も他より良質だぞ」
受け付けの向こうにいる店主らしき男が、自慢気に語った。
「……貴族の坊ちゃんかな? 何がご入用で?」
軽くシャリアに目をやって、すぐさま俺に戻す。関係性に当たりを付けたのだろう。話をするなら主人の方だと判断したのか、俺に注文を聞いてきた。
「紋章板を《5枚》……5枚程お願いします」
店主がカウンターから出てきて、店内の棚に移動。区分けされた商品の山から、木板を取り出して俺に見せた。
「標準的な規格がこいつだ。どうだ?」
「アーリス様? 如何ですか?」
30cm程度の板、問題ないだろう。頷こうとしたその時、店主の呟きが耳に入った。
「……アーリス?」
「……はい?」
「あんたがアーリス様か! めんこい顔してるから判らなかったよ。いや〜、不慮の死神を1人で相手にしたようには見えんなぁ」
じろじろと見ながら、喜色で顔を染める店主。
「礼を言わせてくれ、よくやってくれた! 戒厳令が厳しくてなぁ……商売あがったりで困ってたんだよ。3日も続いてたら干上がってた所だ」
「いや、俺1人で倒した訳じゃ……「いいんだよ、細かい事は!」」
……大雑把な人らしい。
「よっしゃ! 勇者殿にはサービスしなきゃなぁ……1枚8葉なんだが……そうだな、5枚まとめて3枝でいいぞ」
「いえ! そんな、ちゃんと払いますよ!」
「気にすんな、会計は侍女の嬢ちゃんでいいか?」
「はい、お願い致します」
遠慮する俺を尻目に、シャリアが会計に赴いてしまう。
(ああ〜〜、山程あるから値引きなんか要らんのに……)
《シャリアにはあんたのマナについて話してないから、今のフロードの台所事情考えて独断したんでしょうね……やっぱいいわ、この娘♡》
シャリアを押し退けるのも、店主の好意を無下にするのも、なんか違う。
モヤモヤしつつも、そのまま行われる会計をぼけーっと眺めるしかなかった。
アスガンティアの売買の遣り取りは、俺から見るとかなりアバウトなものだ。
それもそのはず。通貨として運用されるマナは質量が無い為、明確に数値化する事が出来ない。
なので、『測量盤』と呼ばれる中央に窪みの付いた、目盛り付きの円盤を用いてのやり取りになる。
マナ石での取り引きに使われる単語は、『色』『石』『枝』『葉』の4種だ。
『色』はそのままマナ石の色を示す。
『石』は「緑2石」みたいな感じで、黄以上のマナ量で使用する。
黄色を10分割したのが『枝』。
枝を更に10分割したものが『葉』となる。
黄のマナ石をMAXで10000とした時、1枝が1000、1葉が100に相当すると考えれば解りやすいか?……とゆーか、そうでもしないと理解出来ん。
(板切れ1枚800円?……というか1葉100円で考えて通じるか?)
100以下の通貨が存在しないので、最小単位が大きすぎて使いづらい。
前の世界の金銭感覚が残っているせいで、異世界の物価の相場をすんなり受け止められない。意識の差異を埋めるのに、相当苦労しそうだ。
(無尽蔵予算で豪遊しすぎれば、目ざとい奴に補足されて利用されるかもだし、慣れないとな……)
シャリアが青のマナ石を取り出して、測量盤の窪みに置いた。
置かれたマナ石から、ゆっくりと測量盤にマナが引き出される。
円形の盤の縁に刻まれた目盛りをなぞるように、黄色がズズッと増加していく。スピードメーターに近い感じだ。
「……よし、そこまでだ」
店主が声を上げると同時、シャリアがマナ石を回収した。
円盤には色が残ったままだ。このマナを売手側が回収すれば、取り引き完了となる。
「紙袋と縄、どっちがいい?」
測量盤のマナを石で吸い出す店主に、商品の梱包について尋ねられた。
「縄で大丈夫です。まとめちゃって下さい」
「あいよ」
店主が手早く木板の端を揃えて、縄で結い始めた。
(屑石はどれぐらいいる?)
《認証も試したいから、10個くらいは欲しいわね》
(石の認証か……)
やる事、学ぶ事が多い。パンクしそうだ。
「ほい、お待たせ。他にはもう無いのか?」
「後は屑石ですね」
「なら、2軒隣に石屋がある。何するか知らんが、頑張れよ」
「はい」
「毎度あり」
店主に見送られて、店外に出る。
「2軒隣って……あれか」
「はい。参りましょう」
…………その後、順当に屑石と夕食の買い出しを終えて、何事も無く仮宿に戻った。




