『婚姻約定』
なんやかんやで邸宅の視察を終えて外に出ると、ユーシャとベインとニック、3人の副団長候補達が勢揃いしていた。
(何でここに居るの⁉︎)
思うと同時、ユーシャが新居を見上げながら、俺の胸中の疑問に答える。
「やっぱアーリスだったか、見張り塔から家が出来上がるのが見えてたぞ」
(見張り塔に居たのか……って言うか、気にしてなさそう……?)
領主館に置いて行ったから、怒られたり拗ねられたりするかと思っていたが、そんな気配がない。
「……みんな見張り塔に居たのか、おはよう」
「ああ、おはようアーリス。随分長く寝てたみたいだけど、大丈夫そうだな」
「おはようございます! 団長」
「おはようございます、就任おめでとうございます!」
「うぇっ⁉︎」
ビックリだ。
こっちの2人に会えば、レーゼル云々の遣り取りは避けられないだろうと警戒していたのだが、そんな素振りも無く当然のように敬礼してくる。
「オレが説明して周ったから、みんな知ってるぞ」
(……ああ、なるほど)
事前にユーシャの説明を聞いて、彼らの中で既に決着が付いているらしい。
……ならば、わざわざ不用意に混ぜっ返す必要も無い。普段通りに行こう。
「……おはよう、2人とも。いつも通りでいいよ?……何か副団長お願いする事になったけど、大丈夫?」
畏まった礼節は、俺が面倒い。気楽に話しかけてみる。
「だから言ったじゃないか。今まで通りでいいって」
「……そうみたいだな」
「階級の関係は重要だぞ? いざという時に部下が混乱する」
「わかってるよ、部下の前ではちゃんとやるさ。……副団長の業務は聞いてる。俺もニックの奴も問題は無い。願ったりだからな」
「10歳でこの収入は破格です。断る理由がありません。団長こそ、本当に良いんですか? 俺たちが副団長で……」
ベインは素に戻ったが、ニックはまだ固い。……でも、当人の理念があるみたいだし、無理に正す必要もなさそうだ。
「2人は長く班長を務めていたから、能力に疑問は無いよ。今も引き継ぎしてるって聞いてたし……ん? あれ? 何で今まで見張り塔に居たの?」
今更気付いた。子供が立ち入る施設じゃない。
「北西見張り塔の管理を、騎士団に振るつもりだ」
ランフェスが加わってきた。
「「「おはようございます!」」」
おおぅ、元気。たった3人でも、揃うと中々に迫力がある。
「おはよう諸君。済まないが、君達の団長は暫くの間、政務に注力してもらう事になる」
「……そうなのか?」
「さいです。金策に奔走します」
「……新設の組織だからな。地盤がまだ無いのか」
(ベイン凄え! 子供の発想じゃないぞ、それ)
「要求された業務の内容から、自分の班で出せる余剰人員は居ません。手伝いは難しいですけど……」
(ニックも頼もしいな⁉︎ 即座に配分考えるのかよ⁉︎)
アスガンティア・チルドレン、高性能すぎる。
「大丈夫。予算はこっちで捻り出すから、暫く団の維持をお願い」
「「了解です!」」
この2人は使えるな。
……優秀すぎて、そのうち俺の方が見放されるんじゃなかろうか?
「アーリス、狩りは行けそうか?」
ユーシャからお誘いを受けるが……、
「……暫くは無理かな、頼める?」
ちょっと難しいだろう。
アスガンティアは乳牛と養鶏は認めているが、屠殺を目的とした家畜は認めていない。
食材の中で、唯一余裕の無いのが、肉だ。
狩人や商人から購入する事も出来るが、基本的に各地区の代表や、子供が獲りに行く必要がある。
北西は未開拓で、今まで誰も居なかった地区だ。新たな代表を立てなければ、肉の確保が高くついてしまう。
「いいぜ。何人分?」
「今は2人。リリアが合流したら……」
「「「「4人」」」」
リリアを知る者の声がハモった。ランフェスとシャリアが、「え?」と目を見開いている。
「あははは! アーリスの嫁さんになるって聞いてたけど、本当なんだな!」
「……凄く大変そうですけど、頑張って下さい」
「アーリスの好きなおっぱいが付いてくるから、大丈夫じゃないか?」
「……ミルクが出れば、乳牛の替わりになるな」
「それだ!」
「絞れ! 団長!」
「……団長の政務って、まさか⁉︎」
「ちげーよバカ!!!」
優秀に見えても、やっぱり子供だった。際どい話題に、手加減がない。
聞いていたシャリアの顔が真っ赤だ。ランフェスも頭を抱えている。
「そう言えば、リリアはいま嫁入りの準備してるんだっけ?」
「……嫁入りの準備って、何するんだ?」
「俺の姉ちゃんの時と同じなら、婚礼装と、私室家具と……」
ユーシャの疑問に、ベインが自身の姉を例にあげて、指折り数えながら答えようとする。
「いや、アーリス卿とリリア嬢は、まだ未成人だ。ベインの姉君の例は、当て嵌まらないな」
その発言を、途中でランフェスが遮った。
……って、敬称に『卿』があるのか。今度から使おう。
「違うんですか?」
「ああ、成人済みの者が嫁ぐのであれば、ベインの言った通りの準備になるが、未成人は転居の扱いになる」
「……?」
「大きく異なるのは婚礼装だ。これは、成人を迎えた者でなければ、作ってはならない」
「何でですか?」
「……ふむ、いい機会ではあるか。少し婚姻の法について語ろう。上に立つ者の無知は、下の不幸を招く。それは戦場に限った話では無い」
ランフェスは、ここにいる者を『上』と判じているらしい。
……当然か。団長と副団長、子供とは言え組織の中枢に位置する役職だ。将来の婚姻は絶対で、場合によっては強要される事もあるだろう。早めに意識しておいた方がいい。
「婚礼装は夫のマナで構成された衣装で、暴漢から身を守る為ものだ」
……へ〜、そんなのなのか。俺もいずれ作る事になるのかな? しっかり聞いておこう。
「この装束を纏った娘は、夫以外と子を成せなくなる」
「――ブッ⁉︎」
何だその不倫防止機構は⁉︎ そんな事も出来んのかよ⁉︎
「女性の扱いは、昔はかなり酷いものだったらしい。今の制度を作り出した当時の『リンリャス』は、それを許せなかったようだ」
「あっ! リンリャス様は知ってます!」
「……と言うか、知らない奴居るのか?」
「色んな本に出てくるからな〜」
『ニストレータ・リンリャス』
俺も名前は知っている。教本の体裁を整えた人だ。
文字の勉強で使った文献の著者には、軒並みこの人の名前がある。
「リンリャスが定め、王家を通した約定は多い。婚礼に関するものも多岐に及ぶが、
『5歳以上離れた者を相手とした婚姻を禁ずる』
『女児は婚姻まで深紋を刻む事を義務とする』
『婚姻は成人を迎えた者同士でなければならない』
『婚礼装は男性の側に、婚姻式は女性の側に責を置くものとする』
『複数婚は多数の側に離婚の優先権利を与える』
『婚礼装の作成と着用は、成人の男女にのみ許される』
『婚礼式より7日を婚休と定める』
……と、以上の7つが注目されるな」
「……へえ……」
結構面白い人みたいだ。ちょっと追っかけてみたい。
(ナスタ、深紋って何?)
《お腹に描く紋章術の事。成前式の後、女の子はそのまま付与されるわ。深淫を防ぐものよ》
(防ぐって、どんな感じでか聞いてもいい?)
《……紋章の力で、自身と異なるマナの侵入を防ぐの。行為自体が出来なくなるわ。婚礼装も同じよ》
(ほ〜、……徹底してんな、解除は?)
《描く時に、龍脈のマナが使われる……神殿所で申請すれば外してくれるわ》
国に解除申請しなければ、子供は作れない訳だ。つまり、突発的な暴力や強制、本人の意思に反した交合は起こり得なくなる。
(……すげえ法律だ)
地位や、財ある者の無法を赦さない約定。よく通せたな、これ。
『5歳以上離れた者を相手とした婚姻を禁ずる』
ジジイが若い娘を手篭めにするなんて、ダメでしょ?
『女児は婚姻まで深紋を刻む事を義務とする』
強姦なんかさせねえよ?
『婚姻は成人を迎えた者同士でなければならない』
未成年騙すとか、あり得ないから。
『婚礼装は男性の側に、婚姻式は女性の側に責を置くものとする』
式の場所も費用も女性持ち。逃げ場塞いで強要とかないし?
『複数婚は、妻に離婚の優先権利を与える』
当たり前だよなぁ?
『婚礼装の作成と着用は、成人にのみ許される』
未成人の内に騙して着せてそのまま……とか、浅はかだろ?
『婚礼式より7日を婚休と定める』
結婚しといて放置とか許さんよ?
(……やばい、本気すぎる)
一気にこの人好きになったわ。……解釈違うかも知れないけど。
「作法の認識の差異は、致命に繋がる事もある。君達はまだ子供だ。ある程度の失敗が、本来なら許される……が、『長』の肩書きを担う者に、その油断は禁物だ」
(あらやだ、おっかねえ)
着地点そこかよ。
この話のターゲットは俺だったようだ。




