『精霊建築』
はたから見ていて、俺が考え込んでいるのがわかったらしい。
シャリアとランフェスは、気を使って静かに見守っていてくれた様だ。
「随分と熱心に考えていたようだが……?」
「……帰りの馬車で話します。ちょっと長くなるので」
「わかった……とりあえずは、君の家だな」
ランフェスの呟きに合わせて、丁度馬車が停止した。
コンッコンッと、騎手側の窓が叩かれ、到着が知らされる。
「ランフェスの旦那、到着しましたよ!」
「わかった……降りよう」
ぞろぞろと降りると、
「おお〜!!」
綺麗な平原が広がっていた。未開拓の意味がわかる。本当に何もない。真っさらだ。
(地質が悪いってだけで放置されてたのか……勿体無いなぁ)
支流の橋の北側、川沿いから少し離れた場所。
今馬車が走ってきたのは、北西見張り塔に繋がる道だったようだ。
「広いな〜…………おっ! あそこに俺の家が建つんですか?」
見回すと、資材が山積みになっている所が目に入った。
「そうだ、早速向おう。基礎を済ませてしまいたい」
「おっしゃ〜〜!!」
晴天の空の下、何も無い平原を走り抜ける。
……行動が完全に子供だが、興奮せずにいられない。
(俺の家〜、いぇ〜い!)
《ふふふ、ほんとに子供みたいよ。あんた》
ナスタに揶揄われつつ、程なく資材の前に到着する。
(…………甘かった……)
呆然。
――『デカイ』。
地面に描かれた紋章陣が、家の大きさになるのだと考えれば……、
(なんだあれ、50Mくらい? いやそれ以上か?)
平面の広すぎる奥行きで、目測が効かない。
「……アーリス様〜、速すぎです」
「ソシエの設計だよな⁉︎ あの図面数字書いてなかったけど、大きすぎない⁉︎」
「え? そうでしょうか? 個室の数を考えると、これぐらいになると思いますけど……」
「……妥当な大きさだろう。仮にも騎士団長の邸宅だ。あまり小さ過ぎても困る」
追いついたランフェスも、この大きさが適当であると評する。
(……土地面積って、まじで価値観変わるんだなぁ)
領民、ないし国民の裕福度は、その国の内政もさる事ながら、土地面積が占める割合も大きい。
広いとは、可能性と生産力だ。
農場、牧場や工場、邸宅など、施設の規模はどうあがいても土地面積に左右される。
だから、前の世界では戦争がなくならない。
より豊かになりたければ、土地を奪うのが一番手っ取り早いからだ。
(……まあ、思想のズレとかもあるみたいだけど)
隣憎しは、国家間でやるようなものじゃ無いと思うが、為政者の才覚と民度が問われる議題だろう。
……そういえば、俺の前の母国は、とある国に毛虫以下の如く嫌われていて、事あるごとに槍玉に上げられていた。
あんな島国で、資源も土地も期待出来ない様な場所に、何故あれほどに執着していたのか……、
(……ま、どうでもいいか)
考え始めるとキリがない。
方向が逸れたが、要は土地が余っていると、建築物は総じて大きくなるという話だ。小さく構える必要がなくなる。
蟻塚もかくや……な、集合住宅を基本で考えてしまう俺の頭では、眼前の建設規模に目眩しかしない。
家賃、住宅ローンの単語が脳裏を巡っても、致し方ない事だろう。……そんな心配不要だけど。
「……ナスタ嬢、本当に大丈夫か?」
心配よりも、純粋な疑問と言った感じだ。
そのランフェスの問いに、先程俺の中から出たナスタが、片手を振って応える。
「平気平気、始めるわよ〜」
超軽い。余裕すぎる。
《……ここね》
「……ナスタ嬢が手を置いた位置が、あの紋章陣の起点だ。紋章陣の起動は2種。あの様な『起点起動』と、陣の何処でもマナを受け付ける『陣発動』がある。部屋の結界などが、陣発動だ」
……そう言えば、見ながら説明してくれるんだっけ。しっかり忘れてた。
「起動しろ、発動しろ、などと言い分ける者も居る。覚えていた方が良いだろう……と、始まったな」
ランフェスが顎をしゃくるので、ナスタの方を見てみると、紋章陣が光っていた。
「起点からマナを送り、紋章陣の上の資材を動かして建造するのが、精霊建築だ。…………驚いたな」
「……何がですか、って、ええ⁉︎」
資材の壁が『立ち上がった』。
「早過ぎる……もう2枚目だ」
「うそん⁉︎」
見ている間に、次々と壁なり板なりが組み上がっていく。俺の目にも、ナスタがとんでもない事をしているのがわかった。
何かの冗談の様に壁が立ち上がり、スーッと滑ると、外壁らしき位置で止まる。
〈ガンッ! カンッ!〉
石材と木材がぶつかり合って、心地の良い音が鳴り響く。
見ていると、この邸宅の外壁は外側が石材、内側が木材の様だ。
(別にそれは良いけど、間に緩衝材みたいなのないの?)
石材と木材。材質の違うそれを、問答無用で二枚重ねにして外壁にしている。絶対おかしい。
そうこうしている間に、1階の外壁部分が完成した。
「…………本気で検討すべきか? いや、この為だけではやはり弱いな……」
ランフェスが何か小声で言っているが、ナスタの方から意識が反らせない。
(……すげー、嘘だろ?)
『柱が石壁を持って立ち上がり、テラスになる』。
『板がくるくる折り重なって、階段になる』。
『壁が空を飛んで、屋根になる』。
ド派手なポルターガイスト。
豪快でホラーな光景が、北西未開拓地の一画で繰り広げられていた。周囲に人が居なくて、本当に良かったと思う。
「……段取りが滅茶苦茶なのだが……」
「……段取り?」
「精霊建築は1階の基礎だけだ。2階から上は職人が担う……アーリス」
「……はい?」
至極真面目な表情で、ランフェスが言った。
「普通、壁は飛ばないんだ」
「大丈夫です。その常識は知ってます」
真顔で返した。
……その事前も十分埒外だったけど。
「………………もう完成しそうですね」
「…………だな」
30分もたってない。ものの20分程度で作業完了。
……俺の家が、屋根を除いてあっさり完成した。
「いや〜、良い汗かいたわ〜」
「どこにだよ⁉︎」
余裕綽々でナスタが戻ってきた。
「フロードの資材職人は優秀ね。積み方とか配置とかがわかりやすかったし、動かす時二度手間になら無かったもの……でも、屋根の分が無かったんだけど?」
「2階から上の部分は、後日の工程だ。流石に本日全ての基礎が完了するなど、考慮されていない」
「後で持ってくる予定だったのね……私は風で飛ばせるから、関係なかったのに」
けらけら笑いながら、ナスタが言い切った。予定組んで仕切ってるランフェスに、土下座すべきでは無かろうか。
「アーリスの追加分って、いつ頃になりそう?」
「……ああ、向こうの兵舎が完了すれば、資材が少し余るだろう。それを流用する予定だが……」
「ふ〜ん……ま、いいわ。これで内装にかかれるわよね?」
得意満面のナスタ。その笑顔が言外に語る。「急げ」、と。
「……急ぎ手配しよう」
呻くような返答。
想定外の建築速度に、頭を抱えていた。




