『レーゼル』
19/07/23 段落 修正
20/02/01 統合&修正
エレベーターで感じるような浮遊感の後、青い光が遠ざかり、俺はそのまま吸い込まれるように身体へ落ちた。
(……? 転生完了しぃっ――ッ――痛ってぇ!)
転生を自覚するより先、身体に入ってから最初に知覚したのは、激しい頭痛と嘔吐感の渦だった。
ガンガンと鳴り響き、押し寄せる不快感に悲鳴をあげる。
「……レーゼル?」
「何だ?……どうし……!」
身を捩って耐えていると、周囲で自分を呼ぶ複数の声が聞こえた。
「レーゼル!」
「カールネス! 医師を呼び戻せ! レーゼルが息を吹き返した!!」
嗚咽混じりの女性の声。指示を撃つ男性の声。
それらが、この身体『レーゼル・フロード』の両親のものであると頭の片隅で認識する。
……が、そこまでだ。それ以上の事を考える余裕が無い。
「畏まりました!」
バタンッ! とドアを開け放つ音と、慌しい靴音が大気に響く。
――そこで、初めて、薄く眼を開いた。
「レーゼル……!」
涙声で覗き込み、俺の手を握る人が居た。
その後ろに心配そうに様子を伺う男の人が見えた。
(…………知ってる)
既に頭痛と嘔吐感の波は嘘のように引いていた。が、今度は全身の随所へ筋肉痛の様な鋭い痛みと、強い虚脱感が襲ってきた。真っ当に動けるとはとても言えない状態だ。
何故自分はこれ程に衰弱しているのだろうか?
その疑問を無視して、目の前の両親を見つめる。
(……ナーシャルとアゼスター)
当たり前の様に自然にその名が浮かんだ。
……不思議な感覚だった。他者の知識というか、記憶がある。それは、怒涛のように今の記憶へ一気に流れ込んで来るようなものではなく、ドラマや映画の俳優を見て、役名と実名が自然と思い浮かぶのに近い。
思えば、当然の事だ。人間の脳は一度に全てを並べて思い浮かべるような、そんな無駄な挙動はしない。
認識して初めて「それは?」と観測の対象になる。
その観測の起点を記憶の中から「照合し、そこから「連想」が始まる。
記憶の引き出しや書き込みの最初は点なのだ。
其処から枝分かれるように線が広がっていくもので、よくある『全てが一度に流れ込んで思い浮かぶ』なんてものは異常だ。
転生だとしても、あり得る事ではないのだろう。
(いや、どうでもいいよそんなの……)
ふと思い描いた疑問を、経験から当て嵌め解消する。そんなのは後回しだ。今考えるような事じゃない。
探れば出てくる別の知識、別の記憶。
……全て知らないものだ。
――『でも、知っている』。
それらを裏付ける経験は俺には無いが、身体にはまだ残っている。
伝記を読むように、
誰かの日記を暴くように、
俺は知らない……しかし、この身体の経験として残っている『レーゼル・フロード』の僅かな人生を、一つ一つを思い返しては引き出していく。
家族構成、交友関係、周囲環境……、
感じた事、思った事、願った事……。
無関係の俺が、
何も知らない俺が、
そんな権利を持たない俺が、
無遠慮に全てを暴いていく。
ーーその中で、悟った。
(……甘かったな、俺)
他者の身体に入り、その人生を請け負う。それを簡単に考え過ぎていた。
レーゼルの年齢は10才。目標も将来も考え、兄と同じ騎士になる事を目指して行動している少年。
その最期の記憶は、近所の友人らと共に狩の最中、ナウゼルグバーグと呼ばれる魔獣に襲われる所からだった。
この魔獣は獲物を一体定め、その獲物に『印』を付けて嬲り殺す。レーゼルは騎士の絡む冒険譚を収集し、暗記出来る程に読み耽っていたので、この特徴を知っていた。
友人を守る為に自ら前に出て囮となり、『印』を受けると今度は友人達と逆方向へ走り出した。
幸か不幸か崖のような高台から落ちたレーゼルは、ナウゼルグバーグからは逃れたが、この落下で重傷を負ったらしい。
(レーゼルの記憶にあるのはここまで。現状から考えると、救助はされたけどそのまま……って感じかな)
俯いて嘆息する。
(根性入った良い子じゃん……階段から落っこって死んだ俺と比べものにならんな)
自己犠牲は褒められたものじゃない。俺も、こんな子供がそれを行う事を良いとは思わない。
が、今回は別カウントだ。当人のレーゼルに死ぬつもりは一切無かった。
……とはいえ、無謀ではあっただろうし、そのように評する人が殆どだろう。でも、違うのだ。
(……友達を助けたかっただけなんだよ)
その時の心情と覚悟を、俺はレーゼルの記憶から鮮明に手繰れる。無謀とか蛮勇とか、そんな次元の行動では無かったのだ。……絶対に。
そんな彼の生き方を、何も考慮せず、漫然と怠慢に生きるのは不実に過ぎるだろう。
(……それに)
身体を起こして、レーゼルの両親の顔を見た。
「ダメよ。まだ寝ていなさい」
「いや待て。せっかくだ、水を飲んでおけ。ランフェス、頼む」
アゼスターが部屋の壁際で様子を伺っていたレーゼルの兄、ランフェス・フロードに指示を飛ばす。
(……居たんだ)
俺の視界から丁度外れるような位置に居たので、今まで気付かなかった。
ランフェスは水差しからカップに水を注ぎ、すぐさま持ってきて、こちらに手渡してくれた。
「……腕はどうだ? 一人で飲めるかい?」
レーゼルの身体の容体を、起きたばかりの俺以上に熟知しているのだろう。軽く両腕を上げて試してみると、激痛が走った。
「――〜〜ッ、……左は駄目だけど、右なら平気そうです」
「わかった」
カップに添えた手を離さないまま、こっちの右手に持たせる。
……気遣いがわかる。いや、知っている。この家族の情愛は、元の世界の家族から向けられていたものと差異がない。
(…………冒涜だよなぁ)
何も語らずレーゼルの身体で生きるのは、この家族を欺くことになる。それは、許容出来そうにもなかった。
開き直れない。
打ち捨てられない。
踏みにじれない。
無視出来ない。
(…………)
ゆっくりと水を喉に通す。
(……美味い)
渇いた口と喉に、清涼な水が流れていった。
ゴクゴクとカップの水を飲み干すと、周りから安堵の息が漏れる。
同時に、複数の足音がこの部屋に近づくのが聞こえた。
「アゼスター様、ハウゼ医師をお連れしました」
執事長のカールネスだ。その後ろに、急いで駆けつけた所為で息の上がったハウゼ医師の姿が見えた。
「ひっ……はっ……驚きましたっ……本当に……起き上がってらっしゃる……」
「前を失礼します」と、ハウゼ医師がレーゼルの家族の前を通り、少し屈むと、こちらの手を取った。
「…………ふむ、首筋に触れますが、宜しいですかな?」
視診と脈拍を済ませると、今度は首の動脈への触診を求めてきた。
コクリと頷いて了承を返す。
「では、《指診》」
ハウゼ医師が、精霊に命じた。右手の甲に付いた紋章が、淡く水色に輝く。そして、次に指先に白い光が灯った。その指で、こちらの首筋に触れる。当てられた指のじんわりとした暖かさに身を任せ、目を伏せた。
ーー『精霊術』ーー
自身のマナを代償に、契約した精霊の力を行使する術だ。
(レーゼルも詳しくは知らない……か)
物語を読んで知っている程度で、まだ正式には習っていないらしい。
こっちの世界『アスガンティア』では日常的に使用される力で、俺から見たら魔法に近い。
是非覚えたいと思うが、10歳で行う『成前式』で、『紋章』を授からないとダメらしい。
「…………これは?」
訝しむハウゼ医師の声に、再び目を開く。
見上げると、強張った表情でこちらを見つめるハウゼ医師の顔があった。
「いや、大丈夫でしょう! 正直信じられませんが、回復していらっしゃる! 身体の外傷はともかく、体内のマナに異常は見られません。いやはや、本当に驚きました。一体何があったのです?」
当然の問いだろう。
おそらく……いや間違いなく、ハウゼ医師はレーゼルの死亡を確認した筈だ。
「………………」
ハウゼ医師の問いに答えられる者はおらず、居心地の悪い沈黙が続く。
「……ハウゼ医師、失礼ですが隣室で待機して頂けますか?」
ランフェスが丁寧な口調で、しかし有無を言わせぬ態度で、ハウゼ医師を威圧した。
「……わかりました。領主の御家族に頼られておきながら、誤診などという失態をお見せしたのです。覚悟は出来ております」
姿勢を正して、ハウゼ医師が応じる。
(俺の所為でハウゼさんが処罰される⁈)
生きている人間を死んだと誤診すれば確かに失態だろうが、今回は例外中の例外だ。イレギュラーにすぎる。死んだ人間の身体に、別の世界の魂が入って蘇生するなんて、想像出来る筈も無い。
自分の血の気が引く音を初めて聞いた。
「あの!」
とりあえず何か言おうと口を開くと、ランフェスに遮られた。
「いいえ、ハウゼ医師を罰するつもりは有りません。今後についてお話ししておきたいのですが、レーゼルとの話しを先に済ませて、休ませたいのです。ハウゼ医師をお待たせすることになりますが、了承いただけますか?」
処罰される訳では無いらしい事にホッとする。
(……ん? 俺に話?)
聞き間違いでなければ、レーゼルと先に話したいと言った気がする。
「そうですか……わかりました。私にも幾つかご報告が有りますので、その時に致しましょう」
ハウゼ医師が了承する。アゼスターがカールネスに案内を指示し、二人は退室した。
「……さて」
そう呟いて、ランフェスが何かを確認するかのように、室内をぐるりと見回す。
「《結界》」
そう思えば、今度は右手を床につけて、『紋章術』を行使した。部屋の四隅に埋め込まれた結界石が反応し、キンッと硬質な音を立てて、強固な密室が形成される。
紋章術も精霊術と同じように、マナを用いて不思議現象を発動させる術だ。
……やっぱりレーゼルは詳しく知らないらしい。
「ランフェス?」
両親の訝しむ呟きを黙殺して、ランフェスは立ち上がり、俺に向き直った。
「君は誰だ?」
「…………?」
その言葉の意味を理解するのに、若干の時間を要した。
(……あれ? バレた……のか?)
既にレーゼルとして生きるのは不可能だと結論づけていたので、正体が暴かれる事に思うほどの抵抗は無かった。
……が、早すぎる。病床の上で碌に動きも話しもしていない。中にいるのがレーゼルでは無いと、一体どこで確信に至ったのか。
(凄いな……身体はレーゼルで間違い無いのに、中身が違うって気付くのか)
喜悦に似た感覚が仄かに灯った。
その情感が俺の物なのか、レーゼルの記憶から発せられた物なのか区別が付かない。
元の世界に根付く名称を全て失った俺の意識は、完全にこちらの世界、レーゼルの側に傾いていると、その時に自覚した。
(……それでも、レーゼルになるのは無理だ)
傾いているだけだ。レーゼル本人ではない。
「申し訳ありませんが、今の私に告げる名前はありません」
貴族の応対など知らない……が、出来るだけ丁寧な言葉を紡ぐ。
目の前にいるのはレーゼルの家族だ。俺の家族ではない。一角の領の運営を任された、為政者への礼を払うべきだろう。
「なんだ……何の話をしている⁈」
声を荒げるアゼスターを軽く一瞥して収めて、ランフェスは問いを重ねた。
「告げる名が無いというのは?」
「俺……いや、私は」
「無理に言葉を整える必要は無いよ。好きに話して貰って構わない」
苦笑混じりに言われた。余程ぎこちなく映ったらしい。
(敬語とかあんまり使わなかったし、レーゼルも年相応だし……)
丁寧語と謙譲語の区別すら微妙な俺だ。
無理に取り繕って無様を晒すよりは、申し出を素直に受けた方が礼に叶うだろう。
「すいません。では、遠慮なく」
見抜かれた以上、迷う必要は無い。
――この世界にとって、俺は闖入者であり、
――この身体にとって、ただの異物だ。
裁を仰ぎ、判を任せるのは道理に適っている。
……一切合切、全部話してしまえ。
「俺が元々居た世界での名前……固有の名称なんかは、転生の時に邪魔になるので、全部消すそうです。俺が名乗れないのは、それが原因です。頭の中に残ってないんですよ、自分の名前」
口調に気を遣うなと言われたが、すっぱりと意識を変えるのは難しい。思いのほか他人行儀な感じになった。
(と言うか、難しいな……)
記憶喪失と言う訳では無いが、前の世界の固有名称だけすっぽり抜け落ちている。この状態での説明は、明示性を欠いた曖昧なものになってしまう。
ふわふわとした俺の発言から、同じ懸念に至ったのだろうか? ランフェスが眉を顰め、
「……これは、長引きそうだな」
と言って、部屋にあった椅子を二つ、寝台の横まで運んできた。
「二人も掛けた方がいい」
「私は要らぬ」
アゼスターが勧めを辞し、ナーシャルとランフェスが腰掛けた。一拍の後、俺への尋問が始まる。
「わからない事が多い。体調に不安が有るが、色々と聞かせて欲しい」
「……はい」
一口に貴族と言っても色々とある。レーゼルは最上位権力保持者の息子だ。子供とは言え、その動向は生死を含め、各方面へ少なくない影響を及ぼすだろう。
その子供の中身がすり替わったなど、洒落にならない。放置や解放などは論外。
……簡単には済まない。おそらく、既に『処分』が視野に入っている筈だ。
(…………しゃー無し、かな……)
困った事に、生存意欲が湧かない。
この世界での今後に、明るい展望が描けない。
……成り行きに任せよう。
「さて、何から聞こうか……」
「「「………………」」」
顎に手を当てて思案するランフェス。
俺を含む残りの三人が、固唾を呑んでそれを見守る。
「……レーゼルは死んだのかい?」
「…………はい」
ナーシャルが顔を覆い、アゼスターがきつく目を結んだ。
少し迷ったが、隠してもしょうがない。
――《転生先の身体に宿る魂は既に消滅しています》――
レーゼルの死は確定している。蘇る事は無い。
「……では次だ。君が元々いた世界とは何処かな?」
前の世界について言及された……が、
(え〜と……)
『Q:名前、住所、家族、友人、知人、地名、国名。
これらを用いず、前の世界について説明せよ。』
……難問すぎる。
「どうかしたかい?」
「いえ……さっき話したように、元の世界で使ってた固有の名称とかが全て記憶に無いので、説明が難しいです」
そもそも、どこから説明すればいいかわからない。
(……というか『世界について説明せよ』、なんて設問自体が難題じゃね?)
俺がどうしたものかと悩んでいると、
「……成る程、固有の名称とはそういう意味か」
「え?」
視線を上げた先には、何故か渋面を貼り付けたランフェスが居た。
「……ランフェス、どういう事だ?」
「おそらくですが、『元の世界で使用していた名称』とは、自分の名前だけに留まらないのでしょう……どうかな?」
「あ、合ってます。自分の名前、家族の名前、国名とか地名とか……向こうで使ってたのは何も残って無いです」
流石だ。察しが良くて助かる。
一部の合意が得られた事に安堵していると、「何だそれは!」とアゼスターが声を荒げた。
見ると、隣のナーシャルも口元を隠して、驚いた表情で俺を見ている。
(……へ? 何で?)
怒る理由がわからない……って、
(ああ! 確かにこれじゃあ「何の説明も出来ない」って言ってるようなもんか!)
「……すいません」
「――ッ⁉︎ 何故レーゼ、……いや、君が謝るのだ」
(……あれ?)
なんか間違った?
「ハウゼ医師を待たせているんだ。深く追求するのは後にしよう。転生とは何かな?」
(そっか、ハウゼさん待たせてんのか。……なるべく簡潔に説明したいけど、俺もよくわかってないんだよなぁ)
「死んだ人間の魂を、別の……死亡した身体に移す事……だと思います。俺がやったのでは無く、自分もやられた側なので、正確かどうかはわかりませんけど……」
何通りかの手法が説明された気がするけど、今回合致するのは多分これで合っている筈だ。
「……死んだ人間の魂と言ったね? ならば、君は……どのように死んだ?」
それまで淀みなく話していたランフェスが、初めて明確に言葉を濁した。
そりゃ聞き辛いだろう。俺もあんまり言いたくないけど、
「…………成人式に、その……多分ですけど、突き飛ばされて、階段に落ちまして……」
確証は無いが、直前の記憶から推量すると、これが死因としか思えない。
比較するような事ではないが、友達の為に身を投げたレーゼルに比べると、随分と間抜けに聞こえてしまうだろう。
思わず顔を伏せる……が、
「『成人式に階段に落ちた』⁉︎」
「……まさか!」
「へ?」
周囲の反応は、予想した範疇の外だった。
「詳しく聞きたい。説明出来るかね?」
ズズッと迫るアゼスター。その食いつき具合に若干引く。
「父さん!」
答える前に、ランフェスがアゼスターを留めた。
「…………そうか、いや……すまない」
見れば、焦りのようなものを感じられるのはランフェスとアゼスターだけで、ナーシャルは俺と同じように、両者の変貌を図りかねている感じだった。
「……君は転生は自身の意思では無い、と主張していた。間違いは無いね?」
「はい」
これは即答出来る。転生が実際に起こるなんて、生きている内は想像もしなかった。
……その手の創作物は読み漁ってたけど。
「では、君を転生させたのは誰だ?」
「創造神です」
「……そうぞうしん?」
疑問符付きで返された。然もあらん。
「この世界を創った神様だと思います」
ガタッとランフェスが椅子を倒して立ち上がり、俺を見下ろす。
「君の転生は神の所業だと⁉︎」
「……はい」
まぁ、驚くだろう。
(実際、信用されるのかこれ? 俺なら信じないぞ)
見極めるような強い視線を四方から感じる。
とはいえ、信用を得られるだけのソースを持っていない。居心地の悪い時間を只管に耐える。
他人の身体を貰う事を安易に考えていた罰だろう。想像の上ではもっと上手く成り代われると思っていた。でも、実際は別物だ。
成り代わるには『壊す』必要がある。
――自分か、
(自分を殺して、レーゼルになるか)
――成り代る相手か、
(周囲が死んだレーゼルの代わりとして、別人の俺を受け入れるか)
――周囲の環境を。
(全てを捨てて、俺だけで生きるか)
……俺は、どの選択肢も選べない。そこまで割り切れない。
家族を捨てて俺だけで生きていく事は、経済的には可能だ。あの神様がくれた特性の『素力変換』は、この世界で見ると、とんでもないチートだった。金に困ることはまず無い。しかし、レーゼルが領主の子というのがネックになる。
(領主一族の体裁がある。俺がレーゼルの身体で何らかの失態を犯せば、その責は領主のアゼスターにも及ぶ。俺が何するかわからないのに、自由を許す訳が無い)
そんな事になる前に……と処分を考えるだろう。そして、その選択に異をとなえるつもりも無い。
……室内は完全に沈黙した。時計の音がやけに大きく聞こえる。
「……その神の名は?」
たっぷりと数分の時間を黙考して、絞り出したランフェスの問いは、残念ながら答えられるものでは無かった。
「すいません、知りません」
「その神の目的は? 本当に神の御業に因るものならば、そこには何某かの意図があるはずだ。何か思い当たるものはないかい?」
「すいません、わからないです」
十の権利で聴く機会はあった……が、神の思惑に巻き込まれたく無いと拒んだのは俺だ。
(権利使って聞くべきだったか? でも、あの時は……あ!)
と、そこで気付いた。いや、思い出した。
「……世界の管理と言っていました」
「世界の管理?」
「はい。詳細については聞いていませんが、目的は世界の管理です。あと、俺を含め6人が転生していて、それぞれが世界を導くことを期待されています」
「6人? いや、少し待ってくれ」
情報過多だろう。整理させてくれと言わんばかりに、片手で頭を抑えつつ、ランフェスが訴えてくる。
(時間の無駄だったな。つーか何諦めてんの俺?)
レーゼル側に寄りすぎた弊害か、家族の意思を尊重するような思考に呑まれていた。
「すいません、覚えているだけ先に説明します」
俺が話せる内容は限られている。ディスカッションでは埒が明かない。
この場の主導はランフェスではなく、俺が持つべきだ。
「…………わかった」
着席し、姿勢を改めるランフェス。それを視界の端で眺めながら、思考をシフトしていく。
最初はヤケになって全部話すつもりでいたが、『特性』だけは伏せたほうがいいだろう。
(『素力変換』は俺の価値が文字通り劇的に変わる。切り札にした方がいい。『身代わり』は俺自身がよくわかってないし、字面が悪い)
レーゼルが俺の身代わりとなった……としか解釈されないだろう。それは好ましくない。
(本当に情に流されすぎてたな……ここで諦めて死ぬのは違うだろ?)
神様サイドにどのような思惑があれ、本来なら絶対に有り得ない機会が与えられたのだ。
レーゼルは最後まで諦めなかった。10歳の子供が、魔獣を相手に引かずに戦ったのだ。
20歳を越えた俺が安易に諦めてどうする?
――『足掻け』。
レーゼルはまだ此処に居る。俺が諦めれば、この子は本当に死ぬ。
(ほんと冗談じゃないぞ? まだ全部残ってるのに)
俺が勝手に諦めてはいけない。
記憶も、その意志も飲み込んで、
『俺がレーゼルと共に生きればいい』。
この局面を乗り越えて、平穏無事な人生を手に入れてやる!