『フローゼル』
泣きながらお説教するシャリアを懸命に宥め、ようやく一息ついた所で、丁度お昼になった。
「いま何か作りますね♡」
好きなだけ説教して、スッキリしたのだろう。
一転してシャリアの機嫌がとても良くなった。なんか語尾にハートが付いてる。
「ふんふふ〜ん♫」
鼻歌まで聴こえる……相当に溜め込んでいたらしい。
(……考え甘いな〜、俺)
あの時の精霊耳栓は、己の役割を果たすという責任感ではなく、他に何も出来ないという無力感の発露だったようだ。
(存分に慰撫せねば……!)
俺の渾身の力作、展望露天風呂で喜んで貰おうと思う。
「シャリア〜?」
隣室のシャリアに声を掛ける。
「もうちょっと待って下さいね〜」
「……はい」
間が悪かった。料理が出来るまで待とう。
そんな感じで、大人しくシャリアの手料理を待っていると、
「お邪魔するよ……と、起きていたのか。おはよう、アーリス」
ランフェスが来訪した。
「おはようございます。御迷惑をお掛けしました」
「……その様子だと、ナスタ嬢にしっかりと絞られたようだな」
「私じゃ無いわよ?」
「……?」
「ソシエに全部任せたから」
ランフェスが笑う。
「成る程、我々が行うよりも、遥かに効果がありそうだ」
「猛省してますので、勘弁して下さい」
「ならばいい……寧ろ、私の方からも謝辞を述べたい」
ランフェスが頭を下げた。
「本当に済まなかった。私の見通しの甘さが、君を死地に追いやるところだった」
「あ、いえ⁉︎ 違いますから! 大丈夫です」
「そうよ、マークスも言っていたでしょう? あの状況を予測出来た者は居ないし、出来ても対処が難しかったのだから、犠牲無く討伐出来た事実で満足なさいな」
俺とナスタでフォローしまくる。
(原因俺だし!)
ナウゼルグバーグの想定外のパワーアップは、俺のマナによるものだ。
保身から暴露する訳にもいかず、ランフェスの誤解を是正出来ない。
発端も原因も俺なのに、謝罪とか本気で居た堪れない。
「過去のあれこれより、次の住まいの方がよっぽど気になるわ。資材はどう?」
ナスタがスパッと話題を移す。ナイスだ、便乗しよう。
「なんか、予定では今日かららしいですけど、どうなんですか?」
俺からも不安げに問いかけると、ランフェスも意識を切り替えたらしい。
対面の椅子に座って、こちらの懸念を払拭する様に、進捗を語り出した。
「順当だ。紋章陣の設置も完了している」
「アーリスの希望の分、追加があるの」
「……規模によるが、賄えると思う。どこだ?」
ランフェスに問われ、得意満面に説明する。こう言うとなんだが、まるで童心に返ったようだ……子供だけに。
「……この程度であれば、問題はないが……興味深いな」
「やっぱり、外の入浴って無いんですか?」
「……聞いたことが無いな。特に女性は、自身の夫以外に肌を晒すことを嫌う……が、2階のこの位置で、この手法なら見られる事は無い……か、……ふむ、興味深いな」
ランフェスが何か悩み始めた。アスガンティアの風習で考えると、やはり難しいだろうか?
「アーリス様、お待たせ致しました。遅ればせながら、ランフェス様、いらっしゃいませ」
「……ああ、先程は世話になった」
「……? 先程?」
シャリアが配膳しながら答えた。
「はい、昼食の買い出しの合間に、アーリス様の時計の購入をお手伝いしました」
「時計?」
「これだ」
ランフェスが懐から包みを出して、配膳を避けてテーブルに置いた。
「開けてみるといい」
「………………」
サプライズなプレゼントに、ちょっとドキドキする。
紙で包まれただけの簡素なものだが、折り方が丁寧なので、ずっと上品に見えた。
その紙を破かないように、慎重に剥いていく。
「……おお!」
思わず声を上げてしまう程、微細な装飾の施された懐中時計。
銀色で、彫りが深い。指でなぞると感触が楽しい。
「貰っちゃてもいいんですか?」
「受け取って貰えないと困るな。裏に名前が彫ってある」
言われて、くるりと裏返して確認してみる。
「…………え?」
裏面は平たく、黒一色だ。
アスガンティアの時計は、マナで駆動する。ネジ巻き式とかは無い。
部屋の調度品とかに付いてる時計は、マナ石より小さい『クズ石』に入れたマナで動いているが、個人で携帯するものは、紋章をこの黒い部分に刻んで、固有登録みたいな事をして、自身のマナで動かすらしい。
この黒一色は当然の仕様で、不思議ではない。問題は、その下側の名前。
『フローゼル・アーリス』
(……誰?)
とても可愛らしい『女の子』の名前が金字で彫ってあった。
「……昨日、レーゼルの領葬が行われた」
「……え?」
「レーゼルは男児なので、太葬は12時となる。領民への公布も既に完了していた為、日程の変更は業務の妨げにしかならない。……君の目覚めを待つ事は出来なかったんだ」
「………………」
そんな重要なところで、俺は寝過ごしたらしい。
《……私がやったわ》
(……ナスタ?)
《あんたは、たぶん参加したかったんでしょうけど、レーゼルの領葬に『その身体』のあんたが加われる訳がないでしょ?》
(………………そうだな)
レーゼルの葬儀に、『レーゼル』が参加する訳にはいかないだろう。例えそれが、上辺のものであっても、だ。
《……ごめんなさい》
(……? どうした?)
《「どうした」って……私が勝手にやったのよ? 怒らないの?》
(……ナスタがやったのは、意地悪じゃなくて、気遣いだろ? 怒るような筋合いが無いぞ?)
《――ッ! あんたって、本っっ当に誑し! 信じらんない!!》
(なにゆえ⁉︎)
なんか、いきなり顔を真っ赤にしてプリプリ怒り出した。
《あんたが気にしてないならいいわ! いいわね⁉︎》
(なんだよ⁉︎ 構わんから、落ち着け)
《もう! もう!!》
……ナスタが壊れた。
「……アーリス? ナスタ嬢と何か?」
「気にしないで下さい。俺にもよくわかんないので」
放っておこう……暫くすれば、元に戻るだろう。
「……ならばいいが、続けるぞ? 領葬は終了した、君の幼名も改めなければならない」
「……はい」
ちょっと寂しいが、確かに、レーゼルの幼名を使い続ける訳にはいかないだろう。
「その幼名は、『現フロード領妃』に願い出て、考えて頂いた名だ」
(……おぉう……)
内心で呻く。
幼名は母親の担当だからと、ナーシャルにわざわざ考えてもらったらしい。不満など訴えられよう筈も無い。
「私から見ても、素晴らしい幼名だと思うが、どうだ?」
ランフェスがいい顔でのたまう。
「……はい、いい名前だと思います」
見れば判る。
これは『フロードとレーゼル』を合わせた幼名だ。
単体で見れば、俺も気に入ったと思う。
……問題は、これにアーリスの成名を加えると、どこからどう見ても『女姓名』にしかならない事だ。
「そうか! 気に入ってもらえて良かった。まさか、『領妃より直接賜った幼名』を、『無下にする様な者』は居ないと思うが……それでも少し不安があったのでね。私の杞憂に過ぎなかったようだ」
「ははは……」
こやつめ。
要所でわざとらしく、アクセントを変えて言い放つランフェス。
懐中時計の裏面に彫り込んで、トドメとばかりに退路を絶っておきながら、良くも吐かしおるわ。
「さあ、冷めてしまう前に、ソシエの料理を堪能しようか」
「……いただきます」
こんな感じで、俺は男でありながら、異世界で女性名を使う羽目になってしまった。




