ナスタ『事後処理 2』
「ナスタ、出て来て下さい」
シャリアの控えめな声が、アーリスの耳に届いた。
主人を起こさないように、と精霊の耳栓まで用いて配慮している。
(すごい入れ込みようね……ちょっとまずいかしら?)
情愛は好ましいが、2人とも若すぎる。何か手立てが必要かも知れない。
そんな事を思いながら、アーリスの外に出た。
――見張り塔の医療室。
……もっと粗野な印象があったが、思いのほか清潔感がある。
部屋の四角に据えられた4つの寝台。使っているのはその内の1つだが、室内にはソシエとランフェスの姿しかない。
「ナスタ、おはようございます」
「おはよう、ソシエ……と言っても、別に寝てないわよ?」
「ふふっ、気分の問題ですから」
アーリスの無事が確認出来たせいか、少しはしゃぎ気味だ。
(実際、馬鹿みたいに回復早いわね、こいつ)
呼吸でマナを回復する、なんて離れ業の所為で、寝台の上のアーリスはもう全快していた。
「……本当に回復が早いな。色々と処理に奔走してから来たとはいえ、まだ2時間程度なのだが……」
「ナウゼルグバーグから『奪ったマナ』で、私が治癒を早めたわ」
すかさずアピール。
「ソシエが外傷を治してくれたから、大分楽な仕事だったわ……ありがとう、ソシエ」
次いで矛先変更。
「いえ、ご無事で本当に良かったです」
喜色で頰を染めて、アーリスの寝顔を見ながら嬉しそうに笑うシャリア。
(……まずいわね、本当に)
シャリアは12歳。アーリスより早く成人を迎える上に、異種族は早熟だ。性欲の発現は早い。
加えて、情愛は身体を求める。シャリアにとって、アーリスは最早無二の存在に等しいだろう。伴侶の相手でもある。……おそらく、その欲求は強い。
……でも、アーリスはまだそれに応えられない。中途半端な解消は、返って欲求を育てる。
(やっちゃったかしら? ……まあ、いいわ。後で考えましょう)
当面の問題は、今後のアーリスの扱いだ。ランフェスの考えを確認して、場合によっては『脱領』も視野に入れる。
「今後のアーリスの動きを聞かせて貰える?」
「ああ、少し待ってくれ」
やおら、ランフェスが床に手を当てて、結界を張った。
「……待たせたね、始めようか」
室内の椅子に腰掛けて、ランフェスが予定を語る。
「まず、アーリスには、今暫く身を隠してもらう」
「……妥当ね、『挿げ替える』んでしょ?」
「その通りだ。領民への広布が完了してから、騎士団としての活動を開始する」
「広布の内容は?」
「明日の正午、ナウゼルグバーグで『戦死』したレーゼルの領葬、太葬を実施する、と」
「……戦死、ね」
「領民の情報操作は、可能な限り徹底した。レーゼルを直接知る者は、西側に集中している。警戒配備を理由に流通も遮断したから、他の地区が知るのは信号弾の色だけだ」
「西側はどうするの?」
「取り込む」
「………………」
「直接面識のある子供達は騎士団の末端に組み込み、それを理由に保護者を黙らせる」
「……未成人が大きく稼ぐ機会を、領主が保証する、か……ここの領主は領民の信が厚い。反発されるような理由も無い……わね。子供達の動きも見やすいし」
悪く言えば、保護者の口を報酬で縛り、子供を監視下に置くという事だ。
「……ナスタ嬢は話が早いな、好ましい」
「世辞はいいわ。それで? 事情を知るそれ以外の大人たちはどうするの?」
「真摯に説明して、御理解頂いたよ」
「………………」
「………………」
「え、マジ? もっと黒く無いの?」
「……ナスタ嬢は、私の事を誤解しているように思えるが……」
ランフェスが不満気にぼやくが、
「いいから、説明なさいな」
先を促す。こいつに『真摯』とか本気で似合わない。
「……調べて判った事だが、レーゼルの行動範囲はとても限られたものだった。商店街の一部店舗と西街門の近郊。それらに繋がる通りくらいだ。今のアーリスを見て、レーゼルを連想する者は、思いの外少なそうだったのでね、『領主勅命の依頼状』を持たせて使いを回らせた」
「………………」
脅迫と変わらないじゃないの。
「……その依頼状の内容は、……いえ、やっぱりいいわ」
きっと碌でもない内容だろう。
「聡明だね。以上から、レーゼルとアーリスの切り替えに懸念は不要だ。アーリスを受け入れる体制は整えた。仮に問題が発生しても小事なものだろう。領主の権限でどうにでもなる」
誰よ……こいつに権力持たせたのは。
「次に移ろう。ナウゼルグバーグ討伐の功績として、アーリスにフロード領主の勅命で、自由騎士団の設立を認可する」
「……件の弓兵は見つかったの?」
「ああ、予想通りだったね。確認すればすぐだったよ。早速見つけ出し、交渉しておいた」
「……誰なの?」
「残念だが、口止めされている」
「……あんたがしたんじゃ無くて、されたの?」
「ああ、条件が他言無用だったのでね。名を明かすことは出来ない」
「……ふ〜〜ん」
――弓を得意とする子供。
――ランフェスの予想の範囲内に居る人物。
――2時間以内。すぐに確認がとれる場所に居て、
――ランフェス相手に交渉で条件を突きつけそうな子。
(……ユーシャね)
周囲の素力を流して睡眠を長引かせる事は出来る。
……が、眠っていない者を眠らせる事は出来ない。
ユーシャは本を被っていた。寝ているかどうかはわからない。それは、起きている可能性が否定出来ないのと同じだ。
「……ナスタ嬢「わからないから安心なさいな」」
プッと、笑いながら「わからない者の台詞では無いな」とかランフェスがぼやく。
(何でこんなに楽しそうなのかしら?)
子供のような無邪気さを感じる。
「ランフェス様、備え付けの物で宜しければ、どうぞ」
いつの間にか、シャリアが紅茶を用意していた。
「ああ、いただこう…………美味いな、此処には大した銘柄は置いていなかったと思うが……」
「淹れた娘が優秀なのよ」
「……ふむ、なるほど。これは一本取られたな。思えばメルシアが侍従として鍛えた娘だ。……アーリスには勿体無かったかな?」
「――――ッ!!」
……シャリアが身体を強張らせた。
(わざと言ったわね、こいつ)
紅茶を運んで来たトレーを、指が白くなる程に強く握り締めて、沈黙に堪えるシャリア。
その沈黙を澄まし顔で流して、紅茶を愉しむランフェス。実に小憎たらしい。
(……堪えて来たのね、いままで)
彼女が望み、得たものは少ないのだろう。自身の欲の発露は、周囲への依存の度合いで上下する。
ランフェスは『測っている』。
いま、シャリアがどの位置にアーリスを置いているかを。
「……ダメよ、ソシエはアーリスに必要な娘なの。幾らマナを積まれても譲らないわ」
「――ナスタ⁉︎」
――『好都合』。
この娘の信頼は欲しい。餌に食い付いた感はあるけど、使わせて貰うわ。
「私はフロード領とは関係無いもの。主人が最優先」
「……いい答えだな、それでいい。……ふむ、ナスタ嬢に任せた方が良さそうだな、ソシエ?」
「は、はい⁉︎」
「君の主人はアーリスだ。以降、我等領主一族に尽くす必要は無い。主人の品格を落とさぬように、客人を持て成す程度の意識に収める事だ」
「……はい」
「気落ちする必要は無い。これは、私の意地の悪さとお節介だ。君の淹れた紅茶を咎めるものではないよ。……ご馳走さま」
ランフェスが飲み干したカップをソシエに返す。
「はい、私の主人はアーリス様の他にありません。生涯を賭してお仕えします。……ナスタ、ありがとうございます。あの、嬉しかったです///」
「……いいのよ、ただの事実なんだから」
(まずい。信頼は得られたっぽいけど、シャリアの覚悟完了しちゃった?)
アーリスだけでなく、シャリアの欲求の方も考えなくちゃ……。




