『初戦・その後』
「…………終わった……」
まるで自身が靄そのものだったかのように、ナウゼルグバーグは掻き消えてしまった。
(何も残らないのか……)
魔獣の死を見て思う。
生物とは思えない。幽霊とか亡霊とか、そっちに近い『何か』なんじゃないかと。
(……何なんだろうな、これ)
その疑問は、たった今、目の当たりにしたナウゼルグバーグの在り方と、自身の中にある寂寥感についてのものだ。
――『殺してしまった』。
……後悔しかない。
状況的に……正解だった筈だ。
間違ってはいなかった筈だ。
……なのに、晴れない。歓迎できない。よかったと思えない。
(……俺、こっちでやってけるのかね……)
明確な『敵』の死で、ここまで動揺するとは……自分で思うほど、生物の死を割り切る事は出来ないらしい。
前の世界で植え込まれた倫理観は、転生しても根強く残ったままで、消化しきれなかった。
(……もっと簡単だと思ってたんだけどな〜)
俺には、レーゼルの狩りの記憶がある。
――肉を穿ち、
――四肢を落とし、
――腹を開いて、
――殺した経験。
俺に経験が無くても、レーゼルにはある。
……必須の行い。中傷も罵倒も許されない、生きる為の殺生。
多くの動物は、自身だけで生存に必要な栄養素を賄うことが出来ない。
外部から、他の生き物を殺して摂取しなければ、生きていけない。
人間である以上、それは絶対だ。
前の世界でも、俺は食べてた。
(……何かの本で読んだな。生存=殺生だって……)
表現は極端だが、真理だろう。
……今まで、最後の過程だけを享受してきた。それが許される環境だった。
この世界では……アスガンティアでは、そんな甘えは許されない。
『食べる』という理由だけでは無い。
『守る』という理由で殺す必要のある世界。
(マジで平和だったんだなぁ……あっちの世界)
今更だ。
本当に今更、あっちの『当然』の貴重さを思い知る。
先人達が作り上げた、あの社会構造に至るまでにかけた時間、犠牲、情念……、
今はもう、名前も思い出せないけど、彼らの辿った軌跡は、頭の中にまだ一部残っている。
「戦争ばっかしかしてねーじゃん」とか、友人達と散々なじった記憶があるけど、彼らの位置からは予想すら出来なかったであろう『現代』に、最終的には繋がった。
危険の無い土地で、安全に稼いで、永く、多くの人が生きていける社会構造。
(……こっちで同じ様な事出来るかな?)
外敵を排し、物資の供給を安定させ、民衆の生活を保全する――ッ⁉︎
「嘘だろ⁉︎……ひょっとして、これか⁉︎」
――『俺が転生させられた理由』。
このアスガンティアで、前の世界の社会構造を知っているのは、其処から転生してきた俺だけだ。
(いや待て、「英雄的に主導し、先駆者となる事を強要するものでは無い」とか言ってたじゃん⁉︎)
他にも何か言ってた筈だ、え〜と、
《世界の導き手となってもらいたい》
《貴方の場合『救済』と考えていただいて良いかと》
《前の世界で行なっていたような事でも十分ですよ》
(……………………)
そっちじゃね〜よ、何を要らん事まで思い出してんだ俺は。
「いや、無理だよ? 無理ですよ神様?」
《今回は貴方を含め、6つの魂が転生の対象となりました》
「そうだよ! そうだった! 俺以外にあと5人も居るじゃん!!」
ナイスです。
きっと、凡人の私より遥かに優秀な方々でしょう。間違いないです。ええ。
《目的が共通するとは限らず、敵対の可能性も否定出来ない、と述べておきましょうか》
(ぬおおおぉぉぉ…………)
頭を抱えて苦悩する。
どうしろと。
(…………また今度考えよう)
片手間に考えていた世界救済に、ビジョンが見えてしまった。
あまりにも壮大すぎるので、落ち着いてからゆっくり考えたい。
(……追悼するか)
他の人に見られるのは、色々とまずそうだが、今ならまだ、靄に隠れて手を合わせられる。
「……南無阿弥【「ならぬ」】……ん?」
ふと、ナウゼルグバーグの消えた場所を見ると、沢山の矢の中にキラリと光るものが見えた。
目を凝らして見てみると、ビー玉くらいの大きさのガラス玉が、ころんと転がっている。
(……魔獣の核かな?)
レーゼルの本で知っているだけで、実物は初めて見る。あんな物が魔獣になるとは、異世界のミステリーだ。
《アーリス! 生きてる⁉︎》
(……ナスタか、お久しぶり)
本気でそんな感じだ。随分久々な気がする。
《ナウゼルグバーグは⁉︎ 終わったの⁉︎》
(片付いたぞ〜、何か、ガラス玉になった)
《……ガラス玉? 待って、ちょっと出るから》
ナスタが抜け出た。
「――ッ⁉︎ ぼろぼろじゃないの!」
「頑張ったよ、そっちもお疲れ様。ナウゼルグバーグにマナ渡さないようにぐるぐる回してたんだろ?」
効果があったのかどうかはよく判らんが、会話すら出来ないほど、一心不乱に臨んでいたのだ。労っておこう。
「…………あんた、何したの?」
「……何が?」
「――ッ!「何が?」じゃないわよ!…………ああ、もういいわ、何か特別な事した?」
何か気色ばんでるが、心当たりがない。
「…………すまん、判らん」
「30秒ぐらいかしら? いえ、もっとかも……」
「30秒?……ああ、1分じゃないか?」
「何したの?」
「瞑想だと思うけど、やるつもりでやった訳じゃ「二度とやらないで!」」
「……はい?」
「約束して。私の許可無しで、今後勝手に瞑想しないで」
「……構わないぞ、別にやらなくても困らないし」
よく判らんが、事情がありそうだ。
疲れ過ぎて頭が回らないから、聞き出すのは後にしよう。
「……ならいいわ、絶対よ!」
「はいはい」
「……何であんなのが、あんたの中にあるのよ……」
「……?」
何かぶつくさ言っとる。
……まあ、いい。何もかも全部後回しだ。
「お、晴れてきた」
靄が晴れて、周りが見えるようになってきた。
(……あれ、居ない?)
後でお礼を言おうと思って、射手の位置に当たりをつけて置いたのだが、誰も居ない。
(……誰だ?)
外部登録者達とは逆方向。つまり、彼等では無い。
「……まあ、いいか。それも後回しだ」
本当に疲れた。そのまま草原にぶっ倒れる。
「……何よこれ、何でこんな物がここにあるの……」
(……ナスタ?)
声を出すのも億劫になってきた。
震えるように呟くナスタに、念話で問いかける。
「魔獣の核なんかじゃ無い……たぶん『空核』だわ、これ」
(……くうかく?)
何だそれは?
「…………あんたが創ったの?」
(…………へ?)
「答えて」
(いや……知らんぞ。その、『くうかく』とやらか? ナウゼルグバーグのいた場所に転がってたんだ)
「…………そう、わかったわ。あんたはもう寝なさい」
(はい?)
「ぼろぼろだし、マナもだいぶ減ったわ。回復の為にとっとと寝ろ。後の事は私が処理するから」
……感動だ。
ナスタが、面倒事を全部引き受けてくれるらしい。
(是非頼む。俺はぶっ倒れるぞ)
《ええ、起きたら説明するから、口裏合わせなさいよ。……それと、この玉の事は決して口外しないで》
(お〜け〜)
《……随分と軽いわね? 気にならないの?》
(気になるけど、後でいい。疲れてる割に頭の中ごちゃごちゃしてるから、抜いちゃってくれ。とっとと寝たい)
《……わかったわ。お休み》




