『正体不明』
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俺の瞑想は、一点凝視瞑想に独自のアレンジを加えたものだ。
『瞑想する自分を後ろから見る』。
思えば、俺の瞑想のやり方とさっきの弓のコツは、確かに酷似している。
的を『焦点』に、
自分の『後ろ』に線を引っ張って、
その先から的を『見る』。
(……酷似どころか、まんまじゃねーか)
当然だが、本当に自分の後ろ姿が見える何て事は無い。
意識のズレ、たった1分しか保たない自分の客観視が、俺の瞑想の正体だ。
――俺は今、そのズレた場所にいる。
(……色が無くなるのは初めてだな。異世界効果?)
降って湧いた貴重な経験。
だが、それを堪能する時間も無いまま、ナウゼルグバーグが動き出した。
(間に合わなかったか……)
左肩のダメージは大きいが、足はまだ動く。
(……次は躱してやる)
意識がズレているとはいえ、身体との繋がりが切れている訳じゃ無い。
指示すれば動かせる。
(まずは立て)
立つ [――]
(腰を落として構えろ)
腰を落とす [――?]
(……? 待て、何か遅い)
待つ [――――?]
(さっきと違う?)
…… [――――――?]
(…………狙えるな)
…… [――――?]
(剣を抜け)
剣を抜く [――――――?]
(奴の右目を狙え。そのまま貫く)
…… [――――?]
(……鈍いな? 水平に剣を上げて、右目を狙え)
…… [――――――ッ⁉︎]
(――ッ、早く!)
…… [――――ッ!]
(構えろ! 間に合わなくなる!)
剣を構える [――――ッ!]
(水平に上げろ! 斜めに持つな!)
水平に持つ [――――ッ!!]
(ズレてる! 右目を狙え!)
右目を狙う [――――ッ!!!]
(両手で持て! 動かすな!)
両手で持つ[――ッ!――ッ!!]
(やれ![――――――――ッ!!!!!!]
「嫌だ[――――ッ⁉︎]」
〈ドンッ!!!〉
バラバラになるような衝撃と共に、世界に色が戻った。
俺が右目を狙って構えた剣は、体当たりをしてきたナウゼルグバーグの『眉間』に刺さった。
「ぐふッ!」
右半身にモロに喰らう。
数メートル吹っ飛んで、そのまま地面に叩きつけらた。
「――ゲホッ!」
回避を諦めて狙った一撃は、身体の反応の鈍さで失敗した。
「……なんだ、これ」
仰向けに空を見上げて、ポツリと呟く。
――泣いていた。
全身が痛いが、痛みの涙じゃ無い。
ぼろぼろと溢れる涙の理由がわからない。
「いや、泣いてる場合じゃないだろ」
矢を20も30も打ち込まなきゃ倒せない相手だ。
(……まだ、終わっていない)
無理矢理立ち上がる。
振り返ると、眉間に剣を刺したまま倒れ伏せるナウゼルグバーグが居た。
(……普通の動物なら絶対死んでるけど、たぶん奴はまだ生きてる。『リスク』で立てないだけだ。回復する前に倒せないと、俺がもうヤバイ)
身体を引き摺るように近づいて、柄を両手で握りしめる。
体重を込めて、刺さった剣で地面に抑え込む。
「……〜〜ッ! さっきからなんなんだよっ、これ!」
涙が止まらない。
こんこんと溢れてこぼれていく。
意味がわからない。
何で俺は泣いている?
痛いからか?
怖いからか?
泣く理由はどこにある?
(……殺したくないのか?)
唐突な自問に喘ぐ。
馬鹿馬鹿しい、殺らなきゃ殺られる。
今まで喧嘩もした事が無いくらい、闘争とは縁遠い俺だが、この状況で慈悲をかけるほど間抜けじゃない。
「……有り得ないだろ? おかしいだろ?」
止まらない。
理性は冷えてる。感情も静かだ。
なのに、全然止まらない。
「――ッ、……知らない。ここでトドメだ!」
剣で地面に縫い付ける。
体重を落としてグリグリと突き刺していく。
「……痛い、やだ」
深さが足りない。もっとだ。
「やだ、……うぁ、……ひっく……うぅぅぅっ」
駄目だ。まだ足りない。
「やだぁぁぁぁぁっ!!!」
何処かで俺が泣く。
子供のように駄々を捏ねる。
泣き叫びながら抉っていく。
「うわあああぁぁぁんっ!!」
生き物を殺す苦痛か、別の何かか。
……忌避する。殺害を。殺生を。
『殺してはいけないと』。
「――ッ⁉︎ ――うぅっ、ふざけんなッ!」
涙声を怒鳴って散らす。
――レーゼルを殺した奴だ。
――レーゼルに託された敵だ。
――ここで必ず始末する。
正体不明の涙で歪んだ俺の瞳が、睨むように獲物を見据える。その先で、
――奴の右目が『黄色』く光るのを確認した。
(――ッ! コイツッ!!)
『回復した』。
「ひっく、くっそぉぉぉ!!」
抑え込む。柄に覆い被さるように体重を乗せる。
(やばっ、強いッ! 返される⁉︎)
跳ねるように暴れる魔獣を抑えきれない。
刺さった剣が徐々に傾く。
(――ッ⁉︎ マズイッ! 抜けるッ!)
立ち上がりつつあるナウゼルグバーグを、止める手立てがない。
(ぐぅぅぅっ!!)
力を込めて押す事しか出来ない。
――そこに、
(――え?)
矢が飛んできた。
魔獣の前脚を貫く。
ナウゼルグバーグの体勢が崩れて、巻き込まれる。
「わわっ⁉︎」
ガクンッと落ちたと同時に、靄が噴き出した。
「んなっ⁉︎」
その靄を切り裂くように、二矢、三矢と突き刺さる。
(なんだ⁉︎ 誰だ⁉︎ 脚だけ正確に射ち抜いてる!)
今までと靄の濃度がまるで違う。レーゼルの時のような視界を遮る濃さだ。
その所為で何も見えない。それは射手も同じだろう。なのに、迷う事なくナウゼルグバーグだけを正確に射抜いていく。
……この靄の濃さでは、誤射の可能性も出てくる。『離れる』という選択肢が頭を擡げる……が、
(……この射手の腕を信じる!)
ナウゼルグバーグを剣で縫い止めるのを優先する。
耳栓はまだ効力を発揮している。射手が「退け」と言っても、俺にはわからない。
……だから、
「――やれッ!」
意志を告げた。
応じるように淀みない連射が始まる。
(……マジかよ、とんでもねぇ)
脚、腹、肩、頭、関節、と、急所部位をまるで見えているかのように、俺を避けて射抜いていく。
囮の俺が、ナウゼルグバーグの動きを封じる。
弓兵が遠距離から矢衾に射止める。
当初から計画されていた、ナウゼルグバーグ討伐の陣形が整った。
……今までの苦戦が嘘のように、呆気なく勝敗は決した。
【「残り4つ」】




