『洗礼』
3人の漫談を、笑いを堪えて見ていたシャリアに、ランフェスが5色の棒みたいな物を渡した。
「……ソシエ、これを」
「……よろしいのですか?」
「許可は出ている。全て使って構わない、頼む」
「……わかりました。必ず」
……何か意味深な会話してる。
「何ですか、あれ?」
側に居るマークスに聞いてみる。
「……おそらく『精霊杖』でしょう」
「杖? 短いですよ?」
30cmも無いだろう。
「長い物もあります。精霊を扱う貴族の使用するものです。我々のような前線兵士には無用の長物ですよ」
成る程。
前線志望のレーゼルが興味を抱くような物では無い。知らん訳だ。
「内部の圧縮されたマナで、より精度の高い精霊の行使が可能となります」
……貴族が知らないのは、やばそうな代物なんですが。
そー、とランフェスを見てみる。
……うん、いい笑顔だ。逃げたい。
「しかも、あの精霊杖は……いえ、急ぎましょう」
スタスタと足を早めるマークス。
子供の徒歩では追いつかないので、置いて行かれないように駆け足で頑張る。
街壁の上には既に弓兵が並んで配置しており、門の前にはフロードの所属腕章を着けただけの、装備の疎らな集団が見えた。外部登録者達だろう。
「レドルは下を頼む。ソシエ嬢は私と上に参りましょう。アーリス様、御武運を」
「アーリス様、無理は決してなさらないで下さいね」
敬礼と共に、2人は街壁の登り階段へ向かった。
「私は見張り塔へ向かう。アーリス、後で必ず会おう」
ランフェスが南西の見張り塔へ歩みを変える。
俺とレドルはこのまま直進だ。
(あれ? ジーグさんしか居ない……)
門の開閉は2人で行う。
この西街壁門はソギルとジーグの担当だ。
どうしたんだろう? と、ジーグを見ていると、
……目が合った。
ーー『恐怖の混じった驚愕の表情』。
直ぐに取り繕って、ぎこちない笑みを浮かべた。
『あんたは今領民に会うべきじゃない』
……そう言うことか。我ながら鈍い。
遺体は西街壁門の道を通過した筈だ。
この周辺の住民と、領主館の一部の者は知っているだろう。
『レーゼルは死んだ』と。
その事実を知る者が、俺を見たらどう思うか。
『不気味』、
『気味が悪い』、
『異質』、
『異様』、
『異常』。
……その視線が、俺の負担になるだろうと思われたから、執拗に匿われた。
……保たなかったかも知れない。
あの3連コンビネーションで叩かれて、打ちのめされていなければ、俺はここで折れていたかも知れない。
苦笑を下に捨てる。
顔を上げて、軽く手を振って笑みを返す。
ジーグが目を見張った。先程とは異なる驚き。
……ちょっと爽快だ。してやった感がある。
《……ランフェスに同意するわ。あんたって時々想像越える》
(そうか?)
俺は、もう『アーリス』だ。
やる事は多い。
いちいち戻って、同じ事を繰り返す暇など無い。
可愛い嫁さんを2人もゲットした。
専属の大蔵省付きだが、資産もある。
領主公認の地位も用意された。
世界救済なんぞと言う、途方も無い指標があるが、出来れば手を回す程度の認識だ。
将来の展望は、相応に明るい。
これで領民の視線如きに屈する程、俺は恵まれた生き方はしてこなかった。
(……あの3人組の方が、よっぽどたちが悪かったしな)
ここで折れてやる訳にはいかない。
「紹介は省くぞ、このまま街を抜ける。オマエらは先に行け! 配置に着いて待機してろ!!……行くぞ?」
「はい!」
……遠かった。ようやく外だ。
街を出る門の前で、ジーグを見上げる。
「ジーグ。『俺』が抜けたら、門を閉じて下さい」
「え⁉︎ あ、はい! 了解しました!」
「お願いします」
「………………」
そのままそそくさ進む。
ジーグの呆然とした顔がちょっと面白かった。
……揶揄いすぎたかな?
機会があれば後でフォローしよう。
街壁の門を抜けて、初めて『外』に出た。
「………………。」
ーーーー『圧巻』。
改めて思い知らされる。
ここは俺の知る世界ではないと。
世界が広い。
世界が遠い。
見渡せば、見渡すだけ望める。
何もかもが開いていた。
……両腕を広げて受け留める。
ーーーー異世界の洗礼を。
《……何してんの?》
(やる気がないとか思って、すみませんでした)
《はぁ?》
(すごいよ、アスガンティアさん……っぱないっす)
「……アーリス様? 何してんだ?」
「世界を感じています」
「………………本当に変わった子だな」
一身にそよ風を浴びていると、
〈ピイーーーーッ!〉
見張り塔から警笛が鳴った。
「構えろッ!」
レドルの発破が響く。
弓を持つ全員が矢を番える。
俺は逃走準備だ。
腰を落とすと同時に、耳に何か冷たい感触がして、スルリと中に入った。
(ひぇっ⁉︎ ゾクッとした!)
《シャリアの精霊ね。この距離を届かせるのに、杖が必要だったんでしょ》
そっか、精霊の有効射程まで考えて無かった。
そして、対策済みな辺りがランフェスである。
「見えました!」
「ナウゼルグバーグです!」
次々と報告が上がる。
……俺にも見えた。
まだ遠いが、森から出てくる黒い靄が見える。
逃走ルートを頭の中でなぞっていると……、
《ーーッ⁉︎ 逃げてッ!!》
(え⁉︎ まだ合図が《ダメッ! 早くッ!!》)
ナスタの慌て方が尋常じゃないが、まだ遠すぎる。
囮は作戦の要だ。
逃げるだけとはいえ、勝手気儘に動き回ればいいというものではない。
充分に引きつけてからでないと……、
《ーーーーッ、無理ッ!『持っていかれる』ッ!》
(ナスタ⁉︎)
《あんたとアイツ、相性が最悪だわ!》
(何で⁉︎ どうし《マナが吸い取られるの!!》)
「ーーッ⁉︎」
俺のマナは、ほぼ『無尽蔵』だ。
「逃げろーーーーッ!!!」
張り上げた俺の声を合図に、黒い靄が『爆発』した。




