『支流の橋』
街に出ると、外気が更に冷たくなった。シャリアが通用口から外套を出してくれたが、手を上げて遠慮する。慣れておかないと、動く時に困りそうだ。
俺の意識では初めての街だが、悠長に見て回る余裕など無い。
こんな時間だ。軽く見回して、人っ子1人居ないのを確認してから、馬車に乗り込む。
騎手は、なんとカールネスだった。
「宜しくお願い致します。アーリス様」
柔和に、にっこりと笑って会釈するカールネス。
……紳士笑みだ。カッコいい。なんて素敵。
「こちらこそ、お願いします」
シャリアに不満がある訳では無いが、やっぱり執事もいいな〜、とか考えながら中に入ると、内部は詰めれば両側で合わせて6人程座れそうなスペースがあって、奥の方に剣と弓、矢筒が置いてあった。
「……これか」
入っている矢は10本。
走って逃げる役に、多く持たせてもしょうがないのだろう。たかが矢とは言え、束になると嵩張って、結構重くなるのだ。
剣は前の物と同じ大きさ。子供用の長剣だ。
(……新品か)
《……新品の方が良いんじゃないの?》
(握りが滑るんだよ)
子供の握力だと、余計に保持が難しい。
「……当て布が欲しいな」
色々見分していると、シャリアが隣、ランフェスが対面に乗り込んだ。
「閉めるぞ、……出してくれ!」
ガタガタという音と共に馬車が走り出す。
……結構揺れるなぁ。
俺が馬車に乗るのは初めてだが、レーゼルの記憶にはある。
……まあ、今は急ぎの進行だ。過去のそれと異なるのは当然だろう。速度と状況が違う。
「……ここまで来れば、後は乗り切ったも同然だな」
ランフェスが安堵の息をついた。
「2時を過ぎた頃に、物見から連絡が入った」
「物見……見張り塔ですか?」
「いや、発見は森の巡回だ。そこから見張り塔へ警笛矢が飛んだらしい」
警笛矢は、文字通り警笛の付いた矢で、何かの大事を知らせる時や、合図で使う。
結構コツが要るもので、下手くそがやると「ピヒョッ」とか情けない音がして終わる。ユーシャが初めて挑戦した時がそんなだった。
本人の名誉の為に補足するが、今は一番上手い。3つくらいの位階の違う音を、狙って出せるようになった。努力の子だ。
「巡回の人は大丈夫だったんですか?」
そんなデカイ音を立てて、襲われなかったんだろうか?
「ああ、見向きもされなかったそうだ。……既に居るからだろう」
……ナウゼルグバーグが付ける印は1人。俺が居る限り、他の人の危険は薄い。
「……なら良かったです。あ、そうだ。要らない布有りませんか? 接近戦するつもりはありませんけど、柄がなんか不安なんです」
「包帯で良ければこちらにありますよ?」
「お、ナイス! ありがとうソシエ。貰える?」
「どうぞ」
貰った包帯を鍔に絡めながら、ギュッギュッと柄に格子に巻く。ぐるぐる。
「ギルドの方々は?」
「そのまま待機だ。街壁を出る君の護衛に付ける」
予定では15人のギルドの要員に同行して貰って、ナウゼルグバーグを街まで釣り上げる手筈だった。
あちらさんからいらっしゃったので、マナが勿体ないとか言って帰すのかと思ったが、しっかり働いて貰うようだ。
「15人分は俺が出します」
(いけるよな?)
「……助かるが、いいのか?」
《言う前に聞きなさいよ。構わないわ》
「はい。自分の護衛ですし」
「いや、ナスタ嬢の仲介が必要だろう?」
「大丈夫です。今承諾されました」
「…………己の中の精霊……いや、すまない。……妖精と会話出来るのか?」
「へ? 出来ますけど……」
(普通出来ないの?)
「……そうか、了承を得ているのならば良い。頼む」
《精霊は喋れないの》
「へ〜……あ、はい」
不思議そうな顔された。妙な返事になったからだろう。
……俺に10人は無理だ。処理速度が足りない。
「揺れます! お気をつけ下さい!」
カールネスの警告。
ガタゴトする馬車が、傾斜のある道を乗り上げたようだ。大きく車体が跳ねた。
「んなっ⁉︎」
子供だという認識がまだ足りない。踏ん張りが効かず、軽い身体があっさり吹っ飛んだ。
「アーリス様!」
シャリアが血相を変えて俺をキャッチする。
救いを求めるように俺もシャリアにしがみついた。
ドンッ! と、シャリアの胸に顔を埋める感じでしがみついてしまう。
「わわっ⁉︎ ごめん「離れないで下さい!」」
慌てて離れようとする俺を、がっちりホールドして離してくれない。
(む〜! む〜〜っ!!)
ふにふにして、いい匂いがするダメな空間だ。興奮ゲージがぐんぐん上がっていく。
(やばい! ちょっ、シャリア離して!)
懸命にもがいて外そうとすると、「んっ///」と艶っぽい声が聞こえた。
「あんっ/// ダメです、アーリス様。まだ……」
(ナニがまだ⁉︎)
こんな所でシャリアに火が付いてしまったのかと思いきや、また車体が跳ね上がった。
(うお⁉︎)
むにゅっ、とクッションが働く。無茶苦茶柔らかい。……じゃなくて!
(支流の橋か!)
この街の西側に、北から南にかけて川が一本流れている。
途中で枝分かれて、また合流するような川で、その分かれた部分に、ゆるいアーチ型の橋が2つ架かっているのだ。
頭の中で街の地図を描く。
この双子橋の向こうは、区画が少し下がる。
(……もう一回段差がくる)
それほど大きな高低差では無かったと思うが、この速度の馬車で通過して、どうなるか予想出来無い。
囮の俺が、ここで変に足を挫いたりしたら、計画が頓挫する。
遠慮せずギュッとしがみつく。
更に深く抱え直された。
(……やっぱりシャリアって結構あるな)
《あんた、すごい役得ね》
(うん、開き直った。変に抵抗すると返ってマズイ)
脳に固定された欲求は我慢せず、そのまま任せた方が良さそうだ。無理に止めようとして、制御出来なくなる方が困る。
(……むにむにってしてる〜。弾力あるな〜あったかくて、気持ちいいです。安らぎます。うりうり)
《……見えるとダメで、触るのは平気とか逆じゃ無いの?》
(視覚から得られる情報って、精神に多大な影響を与えるものなんですね……実感します。見えないと割と平気)
《今度から解消する時は、目隠しして触らせて貰えば?》
(……いや、それはちょっと……高度なプレイで刺激が強すぎるかと……うおっ⁉︎)
ガクンッと再び揺れる。
区画の段差だろう。ここからはもう大丈夫な筈だ。
「……プハッ、ありがとうソシエ。助かっ……た?」
「……///」
真っ赤になったシャリアがいた。
《……あんだけぐりぐりしてバレない訳ないでしょ?》
「あっ……」
「……1日と経たずに随分と仲良くなったようだね。成人が楽しみだ」
揶揄うような笑いの混じったランフェスの声。
「あの、ごめんソシ…「謝らないで下さいっ///」」
「エ?」
(何で?)
《……「わざとやりました」って自分で言ってどうするのよ》
(………………)
とても気まずい。自業自得だった。
カーテンのような遮蔽を軽く捲って、ランフェスが外を覗く。
「……間も無く、だな」
支流と区画を抜けた。
街壁はすぐそこだ。




